B級の壁を越えろ。白熱の第二ヒート ~筑波サーキット~
光は後で綾華を起こしてから合流すると言い、律と清川は先に観客ゾーン側へと向かった。
すでにB級の第二ヒートは始まっている。
タイムレコードを見ると現在もトップタイムはNSR250RRの龍野選手が出したものであり、B級はそこに102%で追いついている者が一名いた。
その者が乗るバイクはGSX-R1000であり、戦闘力的には最上位となる。
A級を目指して本腰を入れて挑んでいるライダーと思われた。
そして綾華の少し前を走るZRX1100のライダーはタイムを少し縮めただけで107%を更新できず終了。
B級1位は101%のGSX-R1000であり、2位に土屋とは別のB級ランクライダーのDR-Z400SMが102%でランクイン、3位は同じく102%だがタイムがDR-Z400SMより劣るGSX-R750のライダーが陣取っている。
この時点で仮に105%未満を達成したとしても綾華にA級昇格に必要な表彰台は届かないことになった。
「初めて見たが思ったより速いな……筑波サーキットのコーナーならCBはGSX-R750未満のSSにすら劣ることはないんだが……」
ジムカーナの様子を見た清川が呟く。
その視線の先に広がるものから、彼らが自身に負けず劣らずの凄まじいライディングテクニックを保持するライダーばかりということが理解できるのと同時に、CBだとあそこまで素早く小回りできないことを理解していた清川だからこそ、その口から出た発言であった。
「まぁ、綾華は今回表彰台を狙うというよりかは、自分の力を出し切ってCBが出せる限界までのタイムを狙うみたいですし……あとは清川さんが持ってきたパーツがどれだけタイムを縮めるのか……うちらは見守るしかありませんね」
律は結局綾華に対して声をかけることも出来なかった。
出来たのはあくまでCB400を提供したにとどまる。
必死に栄誉を求めてもがく綾華に何1つ出来ていなかったことに悔しい思いをしつつも、彼女もそこまで弱い子ではないと知っているため、今できる事は試合中にエールを送ることだけ。
気持ちを切り替え、そしてただひたすらに彼女と自分のCBが登場するまで待った。
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しばらくして、第一ヒートにて綾華の前に走ったライダーが完走した。
CBR1000RRのライダーは第一ヒートより記録タイムは伸びなかったものの、トップとの差は104%と105%未満をクリアしてきている。
それでも表彰台には立てない。
割と厳しい世界がそこに広がっていた。
「さぁ、今日最後のタイムアタックに音羽綾華選手が挑むぞぉ! なんだかホイールが変わってるじゃねぇか! そのタイヤパターンはもしかしてダンロップα14かぁ!? それだけじゃなくなんかシフトペダルにも変な棒が1本増えてるぞ! クイックシフターか!? この短時間でそんなにカスタマイズしてきたってぇのかぁぁぁぁ!」
落ち着いた様子を見せる綾華に対し、軽い乗りの実況は見事にCB400の変貌ぶりを見抜いていた。
やはり彼もライダー。
そういう変化には鋭く見抜くことができる。
「さすがCB400……400cc未満サーキットで大暴れしてるマシンは玉数も多い分カスタマイズパーツも多く、こういう事が平然とできてしまうんですね……なまじジムカーナだけで強いマシンとは違う。試合中にタイヤ交換でパワーアップするケースは聞いたことがありますが、クイックシフターを入れてくるとは……」
真面目なタイプの解説並びに実況者である男も軽いノリの体育系の男に同調する。
やはり普通では出来ない芸当。
CB400と光、そして光の人脈がそれを可能としていた。
「さぁ、ミスしなけりゃ間違いなくタイムは縮むはず……俺もプレッシャーを彼女にかけたくは無いが期待してしまう! かつてジムカーナ大会で必死に奮闘してきて今や虫の息となった四気筒ネイキッドの意地を見せてくれ! 頼んだぞ! それじゃスタートと同時にタイム計測です! どうぞっ!」
周囲からは「がんばれー」といった言葉がこだまする。
雰囲気は完全に彼女を支えられるものとなっていた。
「集中だ集中! 本気のお前の走りを見せてくれッ!!!」
その一際大きな声の大きさは周囲で観戦する者の中に振り向く人間が現れるほどであり、清川すらさきほどまでのキャライメージと違う二面性すら感じる律の大声であった。
片手を添えてメガホンのようにし、綾華に間違いなく届くよう声を張り上げる。
その声に綾華は左手サムズアップで応え、そしてスタートの合図を待って一気にスタートをかけた。
「加速したままだ、加速したまま、アクセル入れたままクラッチ使わずギアチェンジしてくれ……大急ぎでノーマルのNC42の燃調に合わせたセッティングにサブコンピューターを弄ったが、アクセルは閉じなくていい……よしッ!」
清川はまるで祈るように綾華に正しい後付式クイックシフターの使い方を実践するよう促す。
その祈りが通じたのか、銀の翼を纏うCB400SBは一切の隙がなく凄まじい勢いでエンジン回転数を上げてシフトアップした。
「うおおおっ、すげえぇぞ!」
律らの周囲にいた者が叫ぶほどのエンジンフィール。
いつシフトチェンジしたのかもわからないほどであった。
そのまま最初のセクションであるスラロームに突入していく。
「速ェ! 第一セクションタイムだけでベストタイムの103%ペースだ! このまま行けるか音羽選手!?」
ヒラリヒラリとコーンを攻略するCB400はタイヤのグリップ力を生かし、先ほどとは比較にならないほどの傾きを見せる。
コーンに当たりかけないほどギリギリの状況にタイムは跳ね上がる。
そのままスラロームを攻略すると一気に加速、加速した後にターン、CB400はA級第一走者にも負けない凄まじいペースでそのまま第二セクションへと突入。
このあたりはターンやパイロンの高速通過などであり、加速と急減速と急カーブが連続する。
するとその時であった。
ターンの際、ギリギリの所でコーンに触れた。
周囲からは「あーッ」といった声が漏れる。
「まだ挽回できる! 104%ペースだ! このまま最後まで踏ん張れ!」
すでにそれは実況ではなかった。
ただの「応援」である。
若さ、今おかれた状況、そして「1歩劣るマシン」が周囲の雰囲気を同調させ、そのような空気にさせた。
綾華はその後も集中を切らすことなく走破し、最後のターンを高速で攻略、そしてゴールした。
「ゴォォォル!!! 惜しかった! パイロンとの接触さえなければ……速報値! タイムは……減点1秒で1分37秒862! パイロンのミスがなけりゃ1分36秒862、トップと約5秒差だ! 急造マシンのタイムじゃねぇ! 皆さん拍手拍手ぅ!!!」
周囲からは盛大な拍手が沸き起こり、綾華は右手を振り上げてその声援に応える。
「いやーCB400にしちゃものすごく速かったですねー。昔のジムカーナの姿を若すぎる彼女を通して一瞬垣間見ましたよ。ハッキリかつてA級でCB750Fで闘ってた懐かしの女性ライダーの幻が見えた。あの人みたいな走りでしたよー。もう30年前の話なんですがね」
真面目なタイプの実況者の話に周囲には笑いが起こる。
律は「そんな人がいたのか」と思ったが、割と有名な選手だったのかワイワイと観戦ゾーンが盛り上がりを見せた。
その後、綾華の後の選手もタイムは振るわず、A級選手の第二ヒートへと移る。
第二ヒートの問題はただ1つ。
「これ以上記録が更新されてほしくない」ということだけ。
律はそれは正しい意味でのスポーツ観戦の姿勢ではないことはわかっているが、綾華のためにもこれ以上の更新はやめてくれーと思わずにはいられなかった。
清川は綾華のタイムとCBの状態に満足していたが、律は「せめて105%で終わってほしい」と願わずにはいられない。
一方で土屋の状況が気になっていた。
彼がどういう走りをしていたかいまいちボーッと見ていたので覚えていなかった。
DE-Z400SMは現在入手困難だが非常に速い一方、かつてのジムカーナではポツポツとしかいなかった車両。
現在のジムカーナの方が割と数が多いぐらいである。
NSR250Rが数を年々減らすのとはまるで違う不思議な状況。
それでも今回、A級では1台しかエントリーしていない。
その走りをもう一度確かめてみたい、そう思わざるを得なかった。
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赤のゼッケンを身に付けたA級は、1番手のNSR250Rの龍野選手は転倒、その後に続くNSR250Rの選手も記録は振るわず。
一方、CRF450Xの宮村選手は先ほどとは打って変わって1分32秒118とタイムを少しだけ更新した。
宮村選手は一気に1位に躍り出て、龍野選手は2位に後退した。
「うおおお、やってくれたぜぇ! さすがにパイロンミスのないCB400と同格タイムなんて競技マシンの恥だけにCRF450Xが宮村選手に力を与えたか!」
わははという観客席の笑いに対し、宮村選手は手をブンブン振って「違う違う!」と主張し、すぐ後に自分を何度も指差し、「俺だから、俺!」とマシンではなく自身の技量で勝ち取ったのだとジェスチャーにて主張した。
そのひょうきんな姿に再び笑いが起こる。
律もいつの間にかその輪に混ざっていたが、そういうキャラがいないとアマチュアスポーツも成り立たないなと改めて思い知らされた。
そんなこんなで様々な選手が走行するものの、タイム的には105%程度が限界といったような状況で、何人かは110%を超えてしまっていた。
しばらくそんなこう着状態が続くと、いよいよ土屋の順番となる。
「さぁさぁやって参りました。土屋選手の登場ンデス! 走る前にコメント頂いたら、このマシンが壊れたら次のマシンは決まってるそう。次に何に乗りたいか何も言わないが、みんな多分知ってるよ。でも、アンタはそのマシンのが似合ってる。ミドル級こそ華、ずっとそう言って闘ってきたし今更重量級マシンにチェンジは早計だ! 出て来い化け物DR-Z400SM!」
律は実況者の言葉の意図が読めていなかったが、周囲はウンウンとうなづく壮年の男性などもあり、第二ヒートになってみると土屋もそれなりに有名で老練な選手であることが理解できた。
インパルス400から律が直感的に読み取ったものはあたっていたことになる。
そういうオーラがインパルス400から滲み出ていたのだ。
そして、いざ彼が登場するとなぜかパチパチと小さな拍手が沸きあがる。
誰がそんなことをしたのか知らないが、男気というもので人を惹きつけそうな顔つきをしていた土屋の様子から、土屋に魅せられた者がいるのだろうと律は予測した。
彼も立派なA級ライダー。
かつてはインパルスで奮闘したが、限界にきてDR-Z400SMにチェンジした者。
テクニックでは負けていない。
現在順位は1つ落ちて4位。
表彰台に上がるためには1秒近く縮めなければならない。
そんな彼は人差し指と中指を伸ばした状態で敬礼のような状態をつくり頭頂部に手を当てた後、それを振りかぶって腕を伸ばした状態で静止させた独自のポーズをとる。
米国で戦闘機乗りが似たようなポーズを出撃前にやるが、相対する整備士などが「GOOD LCUK」的なサインを送る時に応対するものに似ていた。
「それじゃ参りましょう! 今日はなぜか唯一のDR-Z400SMの走りです! ご堪能アレ!」
「なんだ実況者は鈴菌に侵されてんのか……?」
律は第一ヒートでも似たような実況を確認していたが、スズキ優遇のような表現が多い実況者に対し、清川は素直な評価を下す。
別にそれを軽蔑視しているわけではないが、言葉の節々から伝わる「スズキ愛」を読み取り、ホンダ党として一言言わずにはいられなかったのだった。
土屋は少し間があった後でスタートの合図が鳴り響きスタート。
加速は素早く、CBより圧倒的に速い速度でスラロームを攻略。
「おおっと、第一セクションは100%上回ってきたぞ!? これはタイムに期待できそうだ!」
「いいペースですね。これなら1位いけるか?」
実況者の実況解説がこだまする中、黄色いDR-Z400SMはスラスラと筆で文字を描くようなラインでもって駆け回って行った。
律が見るのは二度目だが、その動きは非常にしなやかでとてもやわらかい。
本人の性格とは打って変わってとても丁寧で、マシンに一切無理をさせない豪快という言葉とは正反対のスタイル。
昔から軽量ミドル級バイクにこだわり続けた土屋だからこそ可能な走りであり、その走りで記録を伸ばせるDR-Z400SMだからこそ魅せる。
それは羽毛を撫でるかのような走行ラインであり、しなやかに動くサスペンションによって体重移動はゆったりしており、一見すると速そうに見えないが、記録だけではベストタイムと遜色ない走りを魅せていた。
ターンなども非常に小回り。
ゆったりしているが高速。
第一ヒートでもその姿は見ていたが、その時はあくまでヘルメットを被ったどういう性格の人物かもわからない人間がやってる競技姿。
今でこそハッキリとその走る姿を目にした律もそのギャップに魅了される。
土屋は自分のペースで周囲をかき回す性格ではあったが、それは「不均衡」な乱れたペースではない、彼の性格は同じペースについていける者なら理解できる。
決して「わがまま」であったり「傲慢」なわけではなく、単純に行動が早く思考回転も速い、その上で「どうせ万人に好かれるわけじゃないんだ。俺について来れる人間だけついてこい」というスタイルであり、ついて来ようとする者ならその者に合わせて減速もできる。
清川と土屋は光を通して面識があり、何度かマスツー経験すらあったが、清川からすると「この一定の土屋ペース」というものに相性が悪く、付き合い辛いと感じていた。
光と土屋の場合、光はまだこの人間的なコミュニケーションや各種行動におけるペース感覚に対応できたが、清川は律よりもマイルドな性格をしているので噛み合わなかったのだ。
しかしそんな清川をしても「普段の峠走りもそうだが、魅せるな……土屋のオッサン」と一言言わざるを得ないほど競技姿勢は真面目かつ丁寧。
伊達にこの競技に10年以上振り向きあっていたわけではなかった。
いわゆる「おやっさんタイプ」な職人気質な性格を持つ人間なのであった。
本業は重トレーラーの運転手であり、地元の採石場などで働く傍らライダーとして腕を磨いてきた。
しかしそれは彼なりの理論と能力に基づいた合理的なものであり、決して表面的なイメージである「ハイペースでものを言わす」ようなパワーに頼った走りではなかった。
そんなものでA級で闘い続けることは出来ないのだ。
カーブにおける姿勢、目線、腕の感覚、全てを研ぎ澄ませ、丁寧にバイクを傾ける。
そんな走りが出来るからこそファンもいる。
律は第二ヒートの彼の姿を見ながら清川の様子を見ていると、清川も多少なりとも土屋に対する目線が変わったことをなんとなく感じとったのだった。
そのまま最終ターンを終えて競技終了。
終始安定した走りであった。
「ゴォォォル! タイムはどうだ!? すげぇ速かったような気がしたが? 速報値は……1分32秒226ゥ!? 土屋選手、DR-Z400SMを見事に振り回すことに成功して2位に浮上したッ! さすがベテラン勢だぁ!」
「見事ですね。いつ見ても土屋選手の走りは無駄がなく美しい。マシンに負荷をかけない走りはお手本と言えます」
真面目な実況者が褒め称えると再び会場が「おぉぉ」と湧き上がり、先ほど拍手が聞こえたのと同じ位置からより大きな拍手の音が聞こえる。
律がそこに目を向けても誰がそんなことをしているのかは人影に隠れて見えなかったが、ファンか親類か何かだろうということだけはわかったのだった――
その後、WR450FやGSX-R1000といった強豪とされるマシンを操る選手も奮闘するものの、両者共に102%であり、競技はこのまま終わるかと思われた。
しかしラストから2番目の選手が最後に魅せる。
しかもなんとそれはGSX-S1000だった。
「さぁ、後二人、今日102%で第一ヒートを終えた坂田選手の登場だ。彼が乗るのはGSX-S1000。信じられないことに去年はこいつで何度もGSX-R1000を破って表彰台に立ってるんだぞ。俺が知る限り、恐らく今のジムカーナで唯一無二で戦える最強にして最安のストリートファイターだ。というか、まぁこの選手自体が規格外の化け物なんだが……キングオブジムカーナにしてカタナの再来に拘る坂田隆義選手の登場だぁぁぁあ!」
こぶしを何度も前後にブンブン振って入ってきたのはGSX-S1000。
恐らく、この人こそ「GSX-S1000がカタナの再来なのである」と証明している存在はいない。
この道20年以上の大ベテランであり、ジムカーナ界では伝説。
彼は「GSX-Rでは闘えない」といって、なぜかGSX-S1000を引っ張りだしてきた。
それまで、ZRX1200など、ビッグバイクに拘ってきた男ではあるが、「GSXシリーズに乗る」といった時、誰しもが「坂田さんはGSX-R1000を選ぶのかあ」と思ったものだろう。
だが違った。
スズキ渾身のストリートファイター、カタナの再来、ヨーロッパで「現時点で史上最強のストリートファイターマシン」と言われたGSX-S1000を引っ張り出してきた彼は、GSX-Rなど取るに足りない凡庸な存在とばかりに圧倒的なタイムで周囲を魅了する。
GSX-S1000を選んだ最大の理由は「GSX-R1000より低速トルクが優れ、ECUまで再セッティングするとNSRに負けない加速だから」とのことだが、車体重量自体は重い。
その重さは持ち前の突出した技量だけで振り回し、昨年ですら何度も表彰台に立った生ける伝説。
実は、彼の存在こそ小早川美鈴がGSX-S1000Fを購入した理由の1つとなっているほどである。
加えていうなれば、土屋がDR-Z400SMを失った後に次に乗るマシンとして心に決めている者であり、GSX-S1000だけが今のところストリートファイターでA級でも闘えるマシンとして認知されているのだが、
そんなGSX-S1000はA級ライダーにも他に複数愛用者がいるのだ。
つまり、従来の「ストリートファイターでは闘えない」という話を唯一覆す存在なのである。
雑誌ではこう書かれた。
「GSX-R1000がベストタイムを出した時、彼のGSX-S1000は1秒先にいる」
それは誇張ではない。
実際そうなのだ。
CRF450XやWR450F、そしてNSR250Rなどが大暴れする戦場にて、「純粋ストリートファイター」として戦う彼にこそ「キングオブジムカーナ」の称号は相応しく、
恐らく、二輪ジムカーナが競技として破綻しない理由は、彼と彼のマシンという2つの存在によってではないだろうか。
律は第一ヒートを見た際は「なんかよくわからないけどキングとか言われて随分盛り上がったなー」といった印象しかなかったが、それは周囲のマシンの状況もまだよくわかっていない状況においてのもの。
第一ヒートが終わってから、彼の存在は明らかに「異次元」であることが再認識できる。
実況者は「唯一ストリートファイターで闘う猛者」と主張していたが、第一位ヒートが終わってみれば本当にそんな状況だった。
そんな彼のマシンはタイヤを極限にまで太くし、チェーンをギリギリまで詰め、ECUなどのセッティングを調整した通称SAKATA仕様と言われるマシンだが、エンジンに大きく手を入れていないというのが非常に有名かつ特徴的だった。
それはGSX-S1000がスズキの開発部をして「GSX-Rの劣化版ではない。必要ないものを削ぎ落として軽量化し、低速トルクを増加させ、ストリートファイター仕様にしただけなのだ」といった言葉を証明するもの。
カーブからの立ち上がりで立ち上がり最強と謳われたNSR250Rに唯一追随できるマシンなのだ。
「さぁ、超獣は今日も吼えるのか! 見せてくれ、キングの称号を持つ獣の姿をッ!!! それではスタートですッ」
周囲のボルテージが上がり、「今日も魅せてくれー」といったような言葉が飛ぶ。
キングの称号は伊達ではなかった。
スタート直前。律は何かオーラのようなものが見えた。
超獣GSX-S1000はその牙でもってコースを噛み砕かんばかりにコースを攻略しはじめる。
まず最初の加速が第一ヒートとまるで違う。
土屋と異なり坂田選手の走りは豪快そのもの。
すべての技量でもってヘビー級を制御するというのをまさに体現した走り。
最初のスラロームの時点で実況の声のトーンが跳ね上がる。
「だぁぁぁぁ!? なんだってぇ? 第一セクション98%!? マジかよ! キングはコースレコード更新する気だ!」
その言葉に会場中が異様な雰囲気に包まれる。
しかしヴォンという四気筒の音が響き渡ると、なぜかうって変わって会場全体が静かになっていった。
律は二度目の体験であったが、コースレコードを更新せんという勢いがある時、周囲はその空気を読み取って静かになる。
完全に見入っているともいえるが、それよりも「雑音が選手の邪魔にならないように」と日本人的感覚でもって黙ってしまうのだろう。
実況は最低限の情報だけを伝え、獣は荒ぶりながらコースを駆け回った。
それまで今日タイムを出してきたのは全て軽量級マシン。
つまり、今日唯一重量級にてトップクラスのタイムを出しているため、まるで走り方が違う。
カーブの終わりからの加速は遠心力によってアウト側に向かうが、加速力が圧倒的なので次のターンなどに合わせて見事に姿勢を制御して圧倒的な速さでもって攻略していく。
もし、前に軽量級で遅いマシンがいたら蹴散らして行きそうな図太い四気筒のエンジン音が会場中に響き渡り、王者の風格を超獣を制御して見せ付けた坂田選手はそのままスパッとゴールした。
「……間違いなくベストタイムが出た? 出たよな? ちょっと待ってくれ……」
実況者が戸惑うと、会場が「シーン」と静まり返り、ヒソヒソ声しか聞こえなくなる。
観戦している者は皆、記録がどうなったのか気になって仕方ないのだ。
「よし出た、速報値……1分31秒255!!!」
その瞬間、会場中でで歓声が響き渡り、坂田選手はこぶしを天に振り上げた。
「信じらんねぇえええええ! この後はもう1人しかいないぞ! 現時点で坂田選手と宮村選手は表彰台確定だ! 土屋選手は3位に後退! ラストランですべてが決まるぞぉぉ!」
「いやーさすが20年来のベテラン。凄い走りでした。GSX-R1000に今日も勝つとは……GSX-R1000って一体なんなんでしょうね?」
本来ならデチューンしていないマシンであるスーパースポーツGSX-R1000が霞むほどの走りによって、実況者すら首を傾げたくなるということを思わず口にしてしまい、笑いを誘う。
「まぁサーキットだとクッソ速いんだけどなぁ……GSX-R1000……」
「へー」
清川はこの状況について畑違いだしノーコメントと言いたいところだったが、実況者につられ思わず口走ってしまう。
律はとりあえず相槌を打つ形で同調した。
――そして最後の走者はZX-10Rだったが、タイムは第一ヒートから揮わず103%で終了。
その結果、土屋は3位で入賞し、綾華は105%で105%未満は達成できなかったが目標としていた105%は達成できた。
土屋の予想による最大2秒の短縮はなかったものの、ベストレコードは1秒短縮された形となる。
会場はキングオブジムカーナと呼ばれた坂田選手が優勝したことでテンションが高まり、そのまま一旦幕を閉じた。
「それでは、これから休憩の後練習走行タイム、そしてその後で表彰式になります。練習走行は自由参加です。皆さんドシドシ参加してくれッ!」
軽いノリの実況者は競技をそう締めくくり、律と清川は綾華達が待つパドックへと戻っていくのだった。
「いやー案外面白かったなー。ていうかテンション上がってきた。綾華ちゃんに負けないタイム目指して律くんのCB400でがんばらさせてもらおうかな」
清川はパドック内への帰り道で律の様子を伺いながら話しかける。
その目は普段筑波サーキットで走る前のような状態となっており、闘志に満ちている。
一方の律は――
「自分も恥ずかしくないように走りますよ。見ててください」
闘志というよりかは好奇心といったようなものに縛られた状態でテンションMAXとなっており、両者「どちらが先に走るか」――などと和気藹々と会話しながら光のトランポの停車された場所へと戻るのだった――。
「次回 伝説のZ」
律の運命を変えるカワサキの伝説の1台が舞い降りる。




