105%の壁とA級の走り。~筑波サーキット~
綾華がスタートするためにCB400を伴ってスタート地点の受付場所に向かうと律も光に誘われて観客ゾーンに向かった。
そこではすでにB級第一ヒートが開始されていたのだった。
B級。
実は選手によってはA級と大差がないドライビングテクニックであると言われるのが現在のB級である。
B級昇格のためにはその試合で出したベストラップの105%未満をコンスタンスに出すようになってから昇格できるようになり、A級は105%未満+表彰台などの成績が条件となる。
どちらも降格という概念は存在しないとされている。
現在のB級においては、A級のメンバーがもっぱら使うマシンに1歩劣るもので103%程度出す者ならA級と同等以上と言われるが、この105%の壁という部分だけでいえばよほどおかしなマシンでない限り、自身の鍛えた腕によって昇格できうるというわけだ。
A級メンバーが多少弄られたジムカーナマシンを使うと殆どの者が105%を達成できることからも、マシン性能差というものが存在しない真のジムカーナ的なランクはB級であり、雑誌でもB級昇格までがコンスタンスに楽しめるアマチュアスポーツであるとして近年では宣伝するようになっている。
綾華の場合、VTRにおけるタイムは最大で100.5%、これまでの成績では大体平均が103%未満で何度か表彰台に立ち、次に表彰台に立てば昇格といわれていたがそこから調子を落としていた。
今日は気分一新も含めたCBでの戦いと綾華は考えていた一方、律はB級の走りを見て衝撃がほとばしる。
「これがB級ライダーの動きだって?!…じゃあ俺は一体なんだ!?」
カーブの姿勢はリーンアウト気味の者もいるが基本はリーンウィズ。
まるで見たことのないような角度でバイクを傾け、見たことがないような小回りでコーンを一周するその姿に「何が一体どうなっているのかまるでわからない」といったような状態となった。
律の目の前ではカワサキの大型バイクの花形、水冷四気筒1100ccのZRX1100がすさまじい快走を見せ付けている。
「まぁ今のお前じゃD級すら遠いな。ジムカーナのクラスは基本としてD、C2、C1、B、Aとあるが、今のBは昔のBとはまるで違う。一昔前のAと今のBは変わらなくなってきた。今走ってる選手もマシンがZRX1100だからワンランク落ちるだけ。タイム的にゃAと変わらんよ」
「あれでベストタイムとの差はどれぐらいなの?」
ゴール後に1分39秒44とアナウンスされたことで律はそれが速いのか遅いのかわからず、光に伺う。
光は律の質問に対し、目を少し細めた。
「まだベストラップは出ていない。A級はこの後走るからな。ただ、俺の予想だが106%~107%ってとこだろう……105%の壁は厚い」
「むー厳しいな…」
誰がどう見ても速いとわかる速度とタイムですら105%以上だという光の発言から、文字通りA級は異次元なのだと律も思い知らされる。
特徴的な軽いノリの実況解説が拡声器によってこだまする中、第一ヒートでもB級の選手達は物怖じせず攻める走りを見せる。
ある時はコーンの間をスラロームし、ある時はコーンの周囲を一周し、ある時はコーンをすり抜ける。
それはまさに教習所のバイク教習を高速で走りぬけるかのようなものであり、約2分未満の間、縦横無尽に鉄の塊を操縦して魅せるパフォーマンスは車のジムカーナとはまるで別物であった。
車のジムカーナといえば「小回転のために滑らせる」のが基本。
そのため車を曲げるテクニックなどはジムカーナ独自のものとなり、巷で言われるように「ジムカーナで上手い=車の運転が上手い」とは結びつかないといわれるようになっている。
例えばオフロードタイムアタックが速い人間が車のジムカーナに参加しても速いことは速いが突出した速さにならないというような「完全に別ジャンル」となってしまったことが実は初代D1誕生の遠因ともなっているほどだ。(現在のドリフトキングダムに通ずるような高速で車を制御するというよりかはいかに車を滑らせて回転させるかにかかっている事について競技性としての疑問符が出てきたため)
一方のバイク版ジムカーナは元々が「教習項目をいかにすばやく走り抜けるか」から始まっているので、クランクやスラローム、S字に相当するコースを高速で突破していく。
これはつまり「バイクの基本的技能」がきわめて重要であって、10代だとここで鍛えられた者が他のレースへと階段を登っていくなんてことも普通にある。
そしてオフロードレーサーなどなら二輪ジムカーナでも普通にすさまじいタイムを出せるなど、他でも速いことがここでも生きるような競技であるのだ。
違いはパイロンという狭い間隔に配置された空間をいかに素早く通り抜けるかということだけ。
いかに小回りで回るか、いかに加速させるか。
バイクの基本として最も重要な重心移動がカギとなってくる。
B級選手達の熱い走りを見ていた律もなんだかテンションがあがってきてしまうのだった。
そして、いよいよその時は訪れた――
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「ゼッケン、青の21番! 音羽ぁぁぁぁ、綾華選手の登場ンデス! なんと今日は名前だけじゃなくマシンまで羽が生えているぞおおお! そんなタンクのCB見たことないぞおお!」
綾華がスタート地点に到着すると、先ほどまで他の選手に向けて実況解説していた者が綾華の説明を行いだした。
とても軽い。
アマチュアスポーツといわんばかりの軽いノリである。
「アレ限定車種のCBのタンク積んでんですかね。VTRが死んでしまって急遽代車を用意したらしいですが、テストアタック的に今日は105%未満クリアが目標とみられるか?」
やや真面目な声色でもう一人の解説者が冷静な分析を行った。
周囲からは「誰のCBなん?」「なんかフレームの下部に巻いてんな」といった声が囁かれる。
「ははっ。いやあわからないっスよ。CB速いですから。アレ弄ると0-100ならギリ4秒切れますし。代車といっても随分手が入ってそうじゃないすか」
軽ノリの実況者は何気に律のCBにそこそこの評価を下していた。
律はなんだか恥ずかしくなってしまった。
自身がまだビギナーだけにとても「俺のCBです」などと言えない雰囲気である。
ただ、そのCBが羽だけでなく何か異様な雰囲気を漂わすことだけは周囲も感じ取っていた様子であった。
「それでは、スタートの合図と同時にタイム計測です! どうぞっ!」
ヴォンヴォンと普段よりやや静かな音を奏でる綾華が乗った律のCBは少しばかりタイミングを待った後、信号のスタート音が鳴り響くと同時に一気にスパートをかけるがごとく加速してコースへ入っていった。
第一ヒートの開始だ。
なにやらカチカチと音がしたので律が光に目を向けると、彼が何気にストップウォッチを持っていることに今更気づく。
どうやら父親としてそれなりに娘を支えるべく、各セクションのタイムを現在のベストと比較して車両の状態をさらに詰めようと考えているのだと律は周囲の状況やこれまでの自走組の人たちとの会話などから理解した。
律が再びコースへ目を向けると、律はここで始めて普段周囲から自分がどういう姿で走っているのか理解することができた。
カスタムペイントによって翼の生えたCB400SBだが、見た目は殆ど純正である。
しかしその純正マシンはコーンで車体を傾けると太陽光が銀色を反射し、翼が煌くのだ。
シールではとてもそんな状態にはならない。
周囲もその優雅な反射光を見て「おおっ」と声をあげる者もいた。
「おおっと、思ったより随分速いぞ。 CBってあんなキビキビギアチェンジできるマシンだったかー? 俺が教習所で乗ったマシンはガッチャンガッチャンうるさかったのにまるでそれが無い! なんだんだこの代車はぁぁぁ!」
「0-100の加速がVTRと殆ど変わらないというから戦闘力的には不利と言われるCBでがんばってますねー」
第一セクションをかなりの高速で突破したことで、やや真面目な実況者もさすがにCBの戦闘力を再評価する。
実際、かつてCBもジムカーナでは十分戦えるマシンとされていた。
初心者用のVTRの方が軽くて金がかからず速いからとVTRの方が人気だったが、各所のアマチュアサーキットレースで4サイクル部門だと非常に人気があるように、CBも十二分な戦闘力は有している。
有してはいるのだが……
「このままだと106%は突破できないな……」
ストップウォッチのタイムを見ていた光が独り言のように呟き、律にも光の緊張感が伝わってきた。
突然の発言に律も緊張が増す。
先ほどのZRX1100並に速い、そう見える。
しかしそれでは105%には到達できない。
光はそれを知っているため、綾華に「もっとインに詰めろ!」と鼓舞しながらも厳しい表情を崩さない。
「音羽選手、スラロームを難なく突破! このままターンしてゴールだ! タイムはどうなるか!?」
「中々速いんですがねぇー…チト厳しいか?」
綾華は終始安定した走りを見せ、最後のターンをすると、そのまま一気に加速してゴールした。
ゴール時に前ブレーキが強すぎてバランスを崩し、転倒しそうになるも係員などの手助けによって何とかバランスを保つことが出来たのだった。
「ゴォォォル! タイムはどうだ! 速報値! 1分39秒183! ZRXと並んで今日の四気筒ネイキッド勢は大健闘! 第一ヒートを見事に好タイムで終えました。これ代車だぞう! 急造仕様の代車なんだぞおお! 皆さん拍手ぅぅ!」
実況の言葉の後、周囲からは盛大な拍手が綾華に送られた。
律も両手が痛くなるほどに叩いてエールを称えるが、光は大きな拍手を送る一方、顔つきを緩ませることがなかった。
「じゃあ、俺ちょっと綾華とCBの再セッティングしにいくわ。綾華はラストの方だから、このすぐ後がA級の登場だ。良かったら見ててくれ」
「俺タイム計ろうか?」
律はA級との比較でセクションごとの数字が必要なのかと考え、光の手助けを申し出た。
「大丈夫だ。ベストタイムが詳細に出てから第二ヒートだから第一ヒートのセクションタイムだけ見ておきたかっただけなんだ。お前はこの後のA級を楽しんで来いよ。こっち来てもやることないだろうし、せっかくここまで来たんだから……」
光はやや申し訳なさそうな表情をしつつも、律をその場において一足先にパドックへと戻っていった。
律は(自分が、今変に声かけても邪魔なだけだし、第一ヒートだけ見て第二ヒートで走る前に綾華に声をかけるか)と考え、そのまま観戦を継続したのだった――。
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綾華の後に3名ほど走ると、ついにA級の出番となった。
A級はゼッケン番号が赤に変わり、いかにもトップクラスといった雰囲気を漂わせる。
しかし驚いたことに、赤ゼッケンの1番は旧車だった。
「赤の1番手。龍野選手の登場ンデス! NSR250Rで今日も戦い続ける猛者が来たぞぉ!」
実況者がコールすると、龍野と呼ばれる選手がNSRを伴って入場した。
龍野選手と呼ばれる男は会場を盛り上げんため、ニュートラル状態で独特のエンジン音を吹かせ、周囲を沸かせる。
「いやあ、2stっていいですね~。 龍野選手から走る前に一言頂戴したのですが、最近ホンダがNSRのパーツ再生産してくれた影響でパーツ大人買いしたので後10年保たせるらしいです」
実況者のコメントに周囲が「わはは」と沸きあがり、B級よりもさらに会場のテンションが上がった。
(これがA級か……でも、あの車両の古いイメージの意匠だからこそ、こんな雰囲気になってるんじゃないか)
周囲の様子を冷静に分析した律は、NSR250Rなんて懐かしいバイクが高い戦力を保持していると聞いて驚くと同時に、その昔2ストバイクに憧れたことを思い出す。
いまや絶滅種で現行車両だが、一時期バイクに心が揺れたとき、「NSR250RにCBR600RRのカウルを付ける」という方法を試みている者がおり、当時の律の懐事情からも十分維持できるので二輪免許獲得すら考えたほどだった。
しかしその話を光にしたところ「NSRなんて乗ってみ。きっとお前の乗り方じゃ山奥でオイル警告が点灯して頭抱えるか最悪エンジン焼いて不動車にするから」と言われ、その当時調べられる限りの情報を調べたところ「長距離には向いていない」と知り、諦めたという経緯がある。
あの頃、もし400ccでそれなりのパワーで納得するという考えがあればNinja400や今愛車のCB400やCBR400Rといった存在がいたので、冷静に考えれば光の話だけで二輪を諦めた自分が今となってはアホらしく思えたのだった。
そんなことをついつい思い出す懐かしの車種が今まさに目の前で初めて走る姿を見せようとしている。
「まー初見や若い方に言うとっすね、NSRっつーのはレーサーレプリカ、ようは競技車両の2ストデチューン車両ってことなんすよ。今はスーパースポーツなんて言われてるジャンルの先駆け。でも2ストって基本エンジンを回さないとパワーでないからジムカーナじゃ4ストVツインみたいなタイプの方が有利だったりね……VT250とか。その中でも唯一A級で戦えるのがNSRなんです」
「しかも龍野選手のNSRはその中で最もジムカーナに強いとされる最終型1つ手前の三代目MC21。車齢は堂々の30歳間近。本当に良く維持できているなあと脱帽ものです」
NSR250R。
かつて史上最強と言われた250cc2ストロークレーサーレプリカバイク。
最初の火付け役はスズキRG250Γだった。
これらはバイク漫画でも腐るほど話題に出るほどであり、大体この手の漫画では「NSR250Rが最も速く、そして最もブームで燃え上がったマシン」と言われる。
カタナと並び、ΓとNSR250Rは話題になりやすいことから、あえてこの作品では解説しないことにしよう。
ただ、一言言うならば実際には2stレプリカ勢にはRG500Γなど、「ただの競技車両」な連中も多数いたが、不思議なことにジムカーナで彼らが今日顔を出すことはない。
要因はただ1つ。
2ストロークバイクが持つ特性である。
これらはCB400のハイパーVTECと同様、ある一定の回転数以上でなければ真のパワーを発揮しないという特徴があった。
ジムカーナでは低速からバリバリ加速していくVTR(VT250)が有利。
そのため2st勢は基本厳しい状況なのは昔からであり、旧CBR250RRなどの四気筒レプリカ勢などのほうが速いといわれた。
その中でも唯一、今日の競技車両を公道走行可能にしたオフロード車両が蔓延るジムカーナで活躍しているのがホンダNSR250Rである。
NSR250Rはとにかく「パワーバンドが広く、カーブ終盤から直線までの加速力が抜群で反則級」と長い間言われ続けていたが、普通に競技車両の4ストロークオフロードマシンと対等に戦えていることを考えると実際問題反則級なのだろう。
ただし、本気で活躍するのは俗にいう「88年式」ではない。
88年式は各所で「最速」「60馬力出てる」「サーキットではこれしかない」などと言われるが、今日では某バイクギャグ漫画でも語られるように「後期型でもぜんぜん走れる」ようになってきた。
というか88年式は低速トルクが薄すぎるので、ジムカーナでは不利。
やるとしても相当改造しなければどうにもならない。
それでもどうにもできない部分をMC21だけが持っている。
ジムカーナでもっぱら活躍するのは、最もフレーム剛性が高いといわれる三代目のMC21だ。
エンジン自体が新造され、フレームも新規設計。
カーブ性能を最も高めたといわれるアルミツインチューブフレームを持つこれがジムカーナで最も暴れているNSR250Rである。
ホンダの当時の宣伝文句は「ピュアスポーツは私です」
MC21になる前のNSR250Rは、アルミフレームが硬すぎただめ、サーキットでこそ速いがジムカーナでは圧倒的というほどはないと言われた。(非常にナーバスな挙動をする)
VT250などの方がしなやかで速いといわれたほどだ。
しかしMC21は違う。
公道用に煮詰めなおしたと言われるフレームは、傾けてもしなやかに小回りできるような剛性感となり、ガルアームを装備させたことでホイールベースが短くなり、より回頭性が増した。
ならば「プロアーム装備したMC28は?」と言われるが、あっちは純正仕様をもって「曲がらない」と各所から酷評されるスイングアームであり、ガルアームを装備したNSR250RのMC21が最もジムカーナで戦闘力が高いといわれる。
MC28で戦う場合は、まずMC21に仕様を近づけることから始まると言われ、NSR250Rを愛機としながらプロアームを装備したままで参戦するA級ジムカーナ選手は確認できない。
いかにホイールベースが重要なのかということがよくわかる。
そんなMC21は馬力ダウンと引き換えに低速トルクを引き上げ、「公道を楽しくする」という設計コンセプトがそのままジムカーナ最強クラスの仕様となっていると評価されている。
人によっては20年近くNSRで戦う猛者もおり、いかにこのマシンが強力無比であるかがわかる。
そんな最強にして唯一の2ストマシンが律の前で今スタートを切らんと張り切っていた。
「さぁ、今日こそ表彰台が掴めるか! 龍野選手のスタートです!」
実況者による合図と共にスタートの合図が鳴り響き、旱魃入れずにNSR250Rは加速した。
律にとってはどこかで聞いたことがあるような、ないような、そんな独特のエンジン音を響かせるマシン。
律はその音を「チェーンソーのようだ」と認識した。
チェーンソーなどの農具が実際に今でも大半が2ストロークなのだからあながち間違いではない。
最初のスラロームの時点でそれは圧倒的だった。
速い。
とにかく速い。
速すぎるといっても過言ではない。
その走りは完全に次元が違っていた。
稀に大きなカーブではハングオンなどの技術を見せつけ、龍野と呼ばれるジムカーナ選手は圧巻の走りで競技の中盤以降、会場を静まり返らせるほどの力を見せ付け、そしてゴールした。
「タイムはどうだ……速報値…1分32秒287!」
実況者の言葉に会場はどわぁと沸いた。
最初に走った者がいきなりコースレコード級のベストラップを叩き出したのだった。
綾華との差は106%となる。
光の予想通りの数値が最初の走者にしていきなり出てしまったのだった。
「これがベストラップになる……わけがないよねぇ……」
律は綾華のことを考えるとこれ以上速いタイムが出てほしくないと考える一方、もっと速い人間を見てみたいという好奇心も同時に沸き、完全に見入ってしまっていた。
そして――次の走者もNSR250Rだったが、タイムは振るわず、その次の3番目の走者によってようやくCRF450Xが登場した。
「さーさーやって参りました。最近反則級とか言われてメーカーが小言を発したCRF450Xの登場だぁ! 俺はこいつがジムカーナで奮闘したせいでCRF450Lが出たって勝手に周囲に言いふらしているぞぉ! そこんどこのどうなの!? 宮村選手ぅぅぅ!」
実況者の言葉に会場中に笑いが起こる。
宮村と呼称される選手は「ちょっと、ちょっとちょっと」といったパフォーマンスを実況席に投げかけながらスタート地点に到着し、さらに会場の笑いを誘った。
手でジェスチャーを繰り出し、「そーいうことないだろー?」といったような三枚目のコメディアンのような立ち振る舞いをする。
律はその状況から「なるほど、こういう風に弄って周囲の受けを誘っても大丈夫なタイプの人か」と納得した。
割と真面目な綾華に対し、奮闘した後にエールを送ったことからも、多少なりとも弁えて実況している様子がある。
よくある「空気が読めるタイプの体育系」がこのようなノリで実況するが、「空気が読めない体育系」だと真面目な人間にもこのような調子で話しかけて顰蹙を買うので、割と紙一重なパフォーマンスであるが、今日の実況者はきちんとその後のフォローもしていた。
「CRF450X、DR-Z400SMがまともな状態で手に入らない今、WR450Rと並んでA級でまともに戦える、数少ない国産競技用モタードだぁ! こいつがいないとパリダカみたいにハスクとKTMで埋まっちまうもんなぁ!」
実際にはハスクバーナもKTMもまだそこまで数は多くは無いが、近年登場する両者のマシンは軽量ハイパワーで非常に戦闘力が高く、注目されているメーカーであった。
ジムカーナ競技としてはなるべく国産メーカーが奮闘してほしいのか、実況者はこの状況にある程度理解を示している様子がある。
「宮村選手はプレッシャーかかりますね。まさか龍野選手があんなタイム出すとは思わなかったでしょう。今頃、彼はNSR250Rを手放したことを後悔してそうですね」
再び会場に笑いがおこる。
どうやら彼はそういう弄られて笑いを取るタイプのひょうきんな性格をした者だったらしく、1つ前の車両が同じくNSRだった様子である。
そうこうしているうちに時間が過ぎていき、スタート時間となった。
やはりバイクに乗り込むと印象がうって変わり、闘気のようなものを宮村と呼ばれる男は漂わせ始め、スタート合図の電子サウンドが鳴り響くと同時にスタート。
CRF450X。
水冷単気筒4ストロークのオフローダー。
Rがエンデューロ、Xがモタードモデルとなる。
純然たる競技車両であり、本来は公道走行不可。
しかし、排ガス規定などを満たしているため、小規模改造で公道走行可能にできる。
これは、CRF450Lとしてこの車両がややデチューンされて販売されていることからも裏付けられる。
車両としてはダウンチューブ装備のアルミツインチューブフレームといったところで、ようはWR250Rと似たような内容の競技用マシンということである。
43馬力のこれは、近年の「マスの集中化」や「低重心化」が施されたマシンであり、車重は純正で116kg。
ジムカーナ仕様は120kg前後となっているが、バランス、加速、安定性、すべてにおいて高次元に纏まっており、ヤマハのWR450Rと並びA級ジムカーナ選手に愛用者が多くいる。
ジムカーナとの直接的関係はないはずではあるが、ホンダによるCRF450Lの販売の発表は多くの憶測を生んだ。
なぜCRF450Lを出す必要性があったのか、疑問な部分が多々あったからだ。
実はCRF450シリーズで最も待望されているのはCRF450Rallyという、CRF1000とCRF250Rallyのモデルとなったマシンなのだが、このCRF450RallyはCRF450Lとはまた別物。
これを出すために布石としてCRF450Lを出すというのも首を傾げたくなる。
ただ、ホンダの話を伺う限りはやはり2017年で生産終了となったWR250Rの存在が見え隠れする。
開発者をして「今、この世に輝く真のオフローダーともいえる公道用のマシンがない」という言葉から、450LはCRF250シリーズが逃したWR250Rなどを求める顧客に対してのアプローチ。
元々少数存在する需要にホンダは気づいていたので、CRF250シリーズを出すときにもフレームなどで揉めたことから、結局「出さざるを得ない」ということで出してしまったのだろう。
テーマは100万円ポッキリでレーサー車両のような夢の超高性能車両を提供するとのことだが、値段的にはギリギリ100万円を超えてくる程度だと思われる。
オイル交換1000km指定やエンジンオーバーホール約3万km指定といったようなものは上記少数ユーザーには関係ないらしいので、そういう者の存在を見過ごさなかったということなのだろう。
ようはトランポで山に持ち込んで乗るようなユーザーのためのマシン。
しかしジムカーナではCRF450Lでは駄目とばかりに450Xだけの独壇場となっていた。
必要なのはデチューンではないというのはSSシリーズなどに乗る者が主張する。
カウルは外してもいいが大人しいバイクでは駄目だ。
かつて、YZF-R1と遜色なかったFZ-1がジムカーナで活躍した時期もあったことから、やはり「最高性能」こそ重要なのだろう。
だが、最後は腕。
宮村選手は序盤勢いこそあったが、終盤にパイロンを倒してしまい減点がつき、タイムも1分37秒と伸び悩んだ。
いかに一番最初の者がすごかったかがわかる。
――その後も律はA級の第一ヒートを見続けたが、結局ベストラップは一番最初の龍野と呼ばれる選手が出したものとなった。
綾華は現在、このタイムの105%未満を最低限目指して戦わねばならない。
A級の魂の篭った走りに感嘆した律ではあったが、第一ヒートが終わると冷静な思考になり、綾華に声援を送るため、パドック内へと戻ることにした。
昼食もかねた休憩時間に何かできることをしよう、そう律は考えたのだった――




