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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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業の夢


「お姉様、今日はお庭でお茶でもしませんか?」


昼下がりの優しい日の光の中、スピカがわたしに聞いてくる。


「うん!もちろん!」

わたしは元気に返事をする。


「もう、お姉様ったら…もう少し淑女らしく淑やかにお返事をして下さいな」



スピカは困り顔で苦言を言ってくるけど、わたしは「えへへ」と誤魔化し笑をする。


「だって嬉しいんだもん!お兄ちゃんやお母さんは誘ったの?」


「まだですわ。お姉様、一緒に誘いに行きましょう?」

優しい笑みのスピカに手を引かれて私は家族の部屋を順に回る

優しい彼女の手をわたしはぎゅっと握れば彼女も握り返してくれる。

それが嬉しくて何度もやって笑い合った。


声をかければ、みんな手を止めて私達と賑やかに庭に出て、午後の日差しの中でティータイムを始める


たわいもない談笑に美味しいお菓子、優しく伸びる手に向けられる温かな眼差し…


しばらくしてお父さんも合流する。


みんな揃ってるのが狡いと言わんばかりにしょぼくれて。



そんなお父さんを私とスピカが迎えに行って席を勧める。



そしてまた笑顔になるのだ。



幸せ…

幸せだな…

こんな幸せがずっと続けばいいのに…




わたしは目覚める…

これは夢…

あり得たかも知れないはずの…夢…


わたしが奪い取った未来だった過去…



何度目の夢だろうか…

心が喜んで手を伸ばすのに届かない虚無感…


自分が決してその輪に入れないのだと思い知る孤独感…


そしてあの笑顔達を奪った罪悪感…


あの時からもう何年も経っている。


わたしはもうステラじゃない。

今の私は「ファルシータ」(ニセモノ)


こんな夢を見るのは決まって教会の人間として勤労奉仕者の慰問をした後に見る…


鉱山夫や炭鉱夫は怪我が多い。教会からは定期的に癒し手と呼ばれる医療に精通した人達が派遣される。

善良な領主と聖職者ならばまともに手当をし、薬を渡す程度の慰問で済む。

しかし、無良の領主と聖職者の時には色欲の咎で教会入りした者を中心に肉体労働者の捌け口として体を差し出す事となる…

その際の賄賂は聖職者にとって貴重な財源となる為秘密裏に横行しているのが実情だった。


そして私はその慰問には毎度のように駆り出される。国外に出ている教会関係者は多くはないし、その中では何をしても良いと私は思われているのだろう…


三日三晩寝る間も与えられず男達に犯され、輪姦され、陵辱される…

下の病をうつされる事も度々あった…


今はその慰問奉仕が終わって帰りの馬車だ…


私の身元引受人はフランソワ…あのエセ神父のジルなのだから誰も助けてはくれない。

もとより、彼の指示でこの任についている…


この他にも私は国の意思を他国に伝える外交官であるフランソワの側仕えとして行動を共にし、常に監視下にある。


時には私の忌々しい力を使って諸外国の外交官との交渉を優位に進める仕事をしている…


その際にも私の力が最大限に発揮されるようにと体を使う事は日常的に強要される…


誰の子とも分からない子は5人流れた…


子供を孕んで流れて…初めて親の気持ちが分かった…




最初の子が流れた時に私は死にたくなって暖炉に飛び込んだ。でも死ななかった…


酷い火傷はしても体が生きる事を望んだ…


一命を取り留めたわたしをジルはそれでも側に置いた。そして自決出来ないようにと、より強力な魔法契約をさせられた…



今の私に死の尊厳すらないのだ。



初めは「何でわたしが……」って、被害者意識しかなかった。

でもさ…世間を知って、世界を知って、そして…スピカを知った。



スピカはあの家の本当の娘でわたしが偽者だった…

わたしはあの子が憎らしくて


そしてわたしは求めすぎた…

与えられた愛を、優しさを、幸運を享受出来なかった…


そして使ってはいけない力を使った。わたしに居場所をくれた、家族と言ってくれたあの場所を崩壊させてしまった…


わたしは嬉しかったのに信じきれずに両親に過剰に「ステラだけをみて、ステラだけを愛さなければいけない。ステラだけを信じなければいけない。ステラが正しい。だってステラこそ真実の娘なのだから」と力を使い続けた…


本当の娘に対する罪悪感や引け目のあった両親は直ぐにわたしの力に堕ちた。


わたしは力を使いすぎると反動で良く無い事が起きるのを知っていた。それが私の力の制約の一つなのだと神父は言っていた。

だから使いすぎない範囲で慎重に重ね掛けを両親にはしていた。


私の力が影響しやすい人も中にはいて、単純な思考回路の人程力を行使しなくても誘導されてくれた。


ここぞと言う時には流石に力を使った。

デビュタントの時や婚約式の時なんかがそうだった。



力を使わなくても勝手に味方になってくれる人もいた。

それでもわたしはスピカが目障りで…酷い事を沢山した…


賊にも襲わせたし不名誉な噂も流した。喰い供養も強要したし、婚約者も奪った。


そうやって希望と未来を奪って、過去を奪われたわたしの苦しみを知らしめてやっているつもりだった。


でも…全部違ったんだ…


スピカが結界の乙女として眠りについてから、わたしの世界はまた一変した。


スピカの話を最初に聞いた時には正直ざまぁみろと思った。

家族にも好きな人にも会う事なくひたすら力を奪われて孤独に眠るなんて、私から家族を奪っていた罪の代償だと思ったものだ…



でも結果として家族も婚約者もいなくなったのは私だった。

罪人としてステラは死んだ。帝国にわたし(ステラ)はもう居ない。


やっと出来た優しく温かな家族は彼女のもので、わたしの家族も婚約者も、もう私を見る事は無い。




わたしが帝国の外で地獄の生活を始めてしばらくして、エメンタールのあの優しく善良で愚かな家族は崩壊した…



話を聞かされた時には理解が追いつかなかった。

お母さんは重傷でアレク兄ちゃんは失明、フレット兄ちゃんは神罰が下り島流しされ、お父さんは引退、カイン兄ちゃんはエメンタールの籍を抜けたと聞かされる。



特にフレット兄ちゃんの話は衝撃的だった…

不死の神罰って何?

わたしと一緒になってスピカを苦しめて鼻の下伸ばしてたあの人が裁かれたのなら、わたしにもきっといつか沙汰が下ると恐怖した。



「ファルシータの能力はとても国の役にたつ。精々家族達と同じような末路とならないように罪滅ぼしをなさい。


今の境遇、それはお前が力を使って招いた不幸の呪いだ。

お前を許すことなど無いだろう。


一つ一つは小さくても招いた不幸の分だけお前の身には禍が降り掛かるのだ。それがファルシータ、お前の力の対価なのだよ。

幸せを願った分だけ、愛を求めた分だけ絶望と孤独がやってくる。



大切な娘を失ったエメンタール一家の恨みは私には想像もつかない。


私はファルシータに感謝をしているくらいなのだがね…お前のおかげで我が天使は至高の頂へと昇られたのだからね」


その上司の言葉にも私は絶望した。


私は幸せを願ってはいけなかったのだろうか…

愛を求めてはいけなかったのだろうか…


その頃からわたしは自分の行いをやっと顧みるようになった。

それまでは自分はやはり被害者であって加害者ではなかった…

そんな傲慢で強欲な考えで生きていた…



辛い奉仕も何でわたしがと思っていた。




ファルシータになってからも実は度々帝国には出入りしていた。


任務の報告とエメンタールのスピカに会いに行くフランソワに連れられる形でだった。


毎回フランソワは聖域へと飛ぶ部屋で阻まれていた。


奴は「あぁ、未だに私は貴方様のお側にて御尊顔を拝する事は出来ない程に修行が足りていないのですね、我が天使よ‼︎また貴方様のために私は働きます!」と言って気持ち悪く泣く。



それを何度も何度も…


わたしは初めの頃は何でこんな所に危険を犯してまで来なければいけないのかと不遜な態度だったと思う。



当然わたしも聖域に飛ぶ事は無かった。

彼女を傷つけた本人なのだから…



しかし、数年後私だけ聖域に招かれた。


その頃にはスピカ様に対してわたしの中での認識が変わっていたのだろう。



もう彼女はわたしの憎むべき義妹では無かった。

敬愛し尊ぶ存在で、そしてわたしの罪の塊だった…

申し訳なさばかりの懺悔を紡いで祈っていたら、一緒にいたはずのフランソワの姿は見えず、目の前には薄暗い石室が見えた…


恐る恐る近づけば、石造りの2つの棺がその存在感を異様に放っている。


片方は空で、もう片方には思い出のままの美しく、優しく儚げな女性が眠っている…



わたしは声にならない懺悔をひたすらにした…

伝わらなくてもいい…

ごめんなさい…わたしは貴女にとんでもないことをしつづけて…

今でもそれを貴女は…


わたしは愚か者だから自分の身に返ってやっと気付いたの…


貴女はどんなにわたしが酷い事をしてもわたしを気遣ってくれる、そんな優しい人だったのに…



許されたなどとは驕っていない。


わたしの贖罪は今世だけのものではない。

多くの人の人生を狂わせたのだから…



泣き崩れるわたしは温かな何かに抱き締められた気がした。





何時間もわたしはそこに居た。


そして誰かが入ってくる気配がして、わたしは慌てて隠れた。

空の棺の裏に寝そべる様にして息を殺した。


わたしはいるはずの無い人間で罪人で忍び込んでいるのだ。見つかってはならないと…



幸運にも入ってきた人はわたしには気付かない。

真っ直ぐスピカ様の棺の前に行きゆっくりと語り始める。



それは懐かしいお父さんの声だった…

最近はこんな事があった、あんな事があったと語る声。自分にもかつて向けられていた声音は時間の経過を感じる程に歳を取っていた。


長い時間彼は祈り、話しかけていた。


「スピカ…母さんも、カインもアレクも…フレットもステラもきっとお前の目覚めを待ち侘びているよ。また家族全員で食卓を囲みたいね…叶わぬ夢でも夢でくらい見てみたいものだ…また来るよスピカ」


そう最後に言い残して彼は聖域を後にした。


私は嗚咽を飲み込むのに必死だった…

お父さんは未だにわたしを家族と思って居てくれる事が嬉しかった…

あんな事をしたのに…全てをめちゃくちゃにしたのに…



なのにわたしはなんて愚かなのだろう…



しばらくしてから私はスピカ様に今一度懺悔と感謝の祈りを捧げて聖域を後にした。


怒り狂ったフランソワによってその後あの場に連れて行ってもらう事は2度と無かった。








あれから、わたしの顔にも火傷以外の皺が多く刻まれる程の時が経った。



フランソワ…最後はまたジル枢機卿と呼ばれた男が死んだ。


わたしの魔法契約も切れた。


わたしはその男の骸を斬り刻み、最期に自分の喉元に切先を当てた。



自決した者の魂は地獄に堕ちると言われている。

わたしはわたしをまだ許してない。





わたしの魂の堕ちた先、そこは何も無い砂漠の荒野だった。

この孤独地獄で1人、わたしはその荒野を歩き彷徨い続ける。

わたしの刑期は500年程だという…

誰にも出逢う事もなく、孤独と向き合う。己と向き合う。

真面目に真摯に罪に向き合えばその後の魂は転生出来るらしい。



願わくばまたあの優しい人達と共に…

今一度会って懺悔と感謝と愛を伝えたい


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― 新着の感想 ―
確かに酷いことをしたんだけど一家族への仕打ちにしちゃ500年はかえって子供っぽいと思う。だって今の世の中ですら戦争で軍を動かして何万人の人の命を奪ってる人が実在してるぐらいなので。
ステラも被害者ではあると思うんだよねぇ。クソ神官が悲惨な末路になってないと納得いかないなぁ。諸悪の根源が恍惚としてんのほんとイラっとなる。
ステラ、反省する機能とかあったんだ…。 まぁ、やったことの罰は受けるのね 『死後の罰』概念があるということは元凶は…?
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