道化
ステラは建国祭の後から皇城の一室へと通されている
調度品は豪華で景色も良い。
何も不自由なく過ごせる空間ではあるが、そこから出歩く事は禁じられており自由のない事にステラは苛立ちを感じていた。
家族との連絡も出来ず、更には自身の婚約者である皇子は一度も顔を見せには来てくれない。
女としての矜持さえ踏み躙られたような心地に苛立ちは募るばかりで有る
それに付けられた侍女はステラの声に反応を示さない。「私を出しなさいよ」と命じてみても動じない。「出来ません。貴女をこの部屋から出す事は禁止されています」と機械的に筆談で返される始末だった。
自分の思い通りに事が運ばない事にステラは腹を立て近くの物に当たり散らしたが、侍女は静かに眉根を寄せるのみだった。
誰も訪れる人が居ないし、話す相手が居ないのはとても暇だ。
貴族令嬢であれば部屋にある詩集を読んだり、刺繍を刺したりと時間を使っていたかも知れない
差し入れられた教養の本も開かれる事なくそのまま机に積読となっている。
そんな部屋に夜会から数日後に訪れる人がいた。
「お久しぶりですね、ピス」
「やめて!その名前で呼ばないでよねジル神父」
「あぁ、今はステラでしたか」
そう、ステラが保護された教会の司祭である。
彼はステラの苦言など聞こえなかったかのように茶を啜る。
「さて、本題ですが預けてある物をお返し下さい」
神父は右手を対峙するステラへと伸ばす。
「いやよ‼︎これはもうあたしのだわ!第一あんたには使えないんでしょ⁈だったらいいじゃない!」
ステラは駄々っ子のように首をふり、胸元にある何かを服の上から握りしめて取られまいとする。
しかしそんなステラの努力も虚しく、神父が呪文を唱えれば差し出された神父の掌の上に、銀のネックレスに小さな宝石がはめられた十字架が姿を現す。
引き取られた際には養母の最後の形見でこれだけは手放せなかったとステラが言った十字架である。
磨かれず貧相なそれは貴族から見たら何の価値も見出せないだろう。故に見落とされたそれは平民の…それも農夫の妻が持つには不相応な品だった。
「あまり駄々をこねるものではないですよ。これはとても大切な神代からの宝具なのですから差し上げるはずは無いでしょ?」
ステラはキッと睨み付けるが司祭はやはり動じる事なく手の中の品をケースへと移した。
「さて、君は自覚しているかな?君はやり過ぎた。私はスピカ様を教会へ送るまですれば良いと再三言ってきたはずだ。
そのためにこちらも色々と便宜をはかり君に手を貸したと言うのに…」
「?…私はちゃんとやったわよ!今回の件で流石にお父さんに泣きつけばあいつは今度こそ教会送りだわ!婚約者だってわたしのものだし、あいつは勘当されたけど帰る場所なんてあの家しかないもの!」
「貴女は本当に愚かな娘だ。その力があるというのに…」
司祭はやれやれと頭を振る
「何よ!あんたこそわたしの魔法使いじゃなかったの⁈
わたしを助けてわたしが幸せになる手助けをしてくれるって言ったじゃない!このエセ神父‼︎」
ステラは椅子から腰を浮かせ地団駄を踏む
「まったく、偽者はどちらですか…私は一応ちゃんと教会所属の司祭ですよ。それにしばらくしたら私は貴女の上司だ。口の利き方は学び直しなさい」
ステラは訳がわからないと眉根を寄せる
「はぁ?何言ってんの?あんた頭大丈夫?私は皇子様のお妃になるのよ?
あんたが上司な訳ないじゃない!」
そうかと何かに気付いた様子で神父は続ける
「貴女はまだ知らされていなかったのですね、貴女は死にました」
その発言に益々ステラは困惑する
「はぁ?やっぱりあんたおかしいわよ!私は生きてるわ!目の前にいるじゃない‼︎」
本気でステラは訳がわからずにいる。
「まったく、貴女が貴族社会の中でいつまでもそんなんだからこんな結果になったんですよ。
貴女が大人しく上手に力を使っていれば、貴族になろうとしていれば…
あぁ、貴女が皇子にしている力の行使は無駄だからやめた方がいい。今更ですがね…皇帝一家は神の末裔。故に直系皇族は神の加護が強いのですよ」
そう言って今度は司祭は茶菓子を口にする。
「はぁぁぁ〜〜⁈本気で意味分かんない!私だって一生懸命やってるし、皇子の事だってなんで知らせてくれないのよ!無駄な力使ったじゃない‼︎」
「そこの迂闊さですよ。皇族に力を使うなど思っても見ませんでしたからね。
それに貴女、皇帝陛下や皇后陛下にまで力を使ってたでしょ?立派な犯罪ですよ。まぁ、それで無くとも犯罪でしょうけれど…
おかげで私まで皇太后様にバレてお叱りを受けてしまったではないですか…」
そして茶のお代わりを自分で勝手に注ぎ寛ぐ
「貴女は皇子の元に嫁ぐ前に病死します。エメンタール家は1度に2人の娘に旅立たれる哀れな一族になるでしょうね…まぁ彼等がスピカ様にしていた事を思えば当然の報いでしょう。
そして貴女は折角手に入れた家族に見送られる事なくこの国を去るのです。顔も名前も来歴すら変えて私と共に…取り敢えず名前は仮名でファルシータとでもお呼びしましょう。貴女にはとてもピッタリな名前だと思いませんか?」
「ふざけないで!何であんたと国外なのよ!私はお姫様になるの!邪魔者のいなくなったこの国で幸せに暮らすのよ‼︎」
ステラの癇癪は激しさを増しますがやはり司祭は動じない。
「それは無理ですね。スピカ様のお力でこの国の結界は書き直されました。貴女の力はこの国に仇なす物と定義されました。私の目が語っています。
流石は私が見込んだ神の使徒だけ在らせられる!」
司祭は恍惚とした表情を浮かべる。
「貴女もあの方の姉を名乗った人なのだから引き際くらい弁えて下さいね、ファルシータ。そして死人にこの様な部屋は勿体無い。道化はもう退場の時間だ」
司祭のその言葉と同時にステラの意識は刈り取られる。
その後皇城でステラの姿を見た者は居ない。
ステラの死が公表されたのは建国祭から半年
エメンタール家の惨劇と呼ばれる事件から2ヶ月経った頃の事だった。
ステラ・フォン・エメンタールの名がこの後歴史の表舞台に出ることは無かった。
そしてエメンタール家の墓石の何処にも彼女の名前は刻まれていない。
これは歴史の大きな謎として後の世の人々を悩ませるのだった…




