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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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60/80

儀式

皆様のおかげでローファンタジー部門にて日間1位をいただくことが出来ました。

本当にありがとうございます!

朝、私は昨夜の馬車でお祖父様とお祖母様に付き添われて教会の門をくぐります。


正門の先には既に猊下がお待ちになっていました。


「お帰りなさいませ、スピカ嬢。本日より此処が貴女のもう一つの寄辺となりましょう」



「お迎えいただきありがとうございます。本日より神の御許へと旅立つその時までどうぞよろしくお願いします」


私は一礼の後、猊下の寂しげな微笑みに静かについて行く。



猊下は最後にお会いした頃よりもお年を感じさせる佇まいでした。

間も無く迎える娘さんとの時間を少しでも私は長く過ごして欲しいと願うばかりです…


結界の乙女はその任を解かれてから最後の眠りに就くまでの時間は長くはないと聞いています


それが数日なのか、はたまた数ヶ月先なのかは神のみぞ知る領域


私に出来る事はその時が少しでも長くなる事を祈る事だけなのです



「貴女は頑張られましたね、良く耐えました…さぞお辛かったでしょう。しかし貴女は何も罪など犯していない我が国の宝だ。お嘆き召されるな…」


前を歩く猊下にかけられた言葉は一緒に暮らしていた家族でもくれなかった言葉でした。

私が欲しかった言葉…かけて欲しかった言葉を私は家族以外の人々から貰ってばかりだと今更ながらに実感する



「ありがとうございます、猊下」

また熱くなる目頭をそっと拭いつつ私は答えるも先を行く猊下は何処か遠い日の父の面差しに似ていた




通された部屋は昨年の夏に大公領で通された部屋に似ている。


教会らしい白い壁と白いカーテンがそよぐ室内

窓辺のテーブルには淡い聖力の光を放つ聖水入りの水差しが置かれ、レースのカバーがかけられたソファーとローテーブルのセットがある

奥に続く扉はおそらく寝室への扉だろうと作りから推測する



そしてローテーブルには1枚の羊皮紙とガラスペンが置かれている


私は祖父母に挟まれる形で猊下と対面の席に座るように促されました。



「就任の儀は準備ができ次第直ぐに行いますか?それとも数日の猶予を持ちますか?」


猊下は私の目を真っ直ぐに見つめて問い掛ける


「直ぐにでもお願い致します。別れは済ませて来ております」


私は躊躇わなかった。左右から握られた手が同じくらい握りしめられているが2人も私を止める事はない。



「ではこちらの誓約書へとサインをお願いします。この書類をもって貴女は人としての籍を抜け神の末席に名を連ねる者へと昇華するでしょう」



私はガラスペンへと伸ばした手を一度戻してから猊下へと向き直る

「私がお願いしていた手配は出来ていますでしょうか?」


「魔眼の摘出の件ですね…既にエメンタール家の主治医殿とその師は到着しておりますよ。それに教会からも腕のたつ治癒師と医者を集めました。

儀式の前の清めが終わり次第取り出す運びとなります。輸送の魔道具もスピカ嬢が手配くださっていたので滞りなく…」


猊下の視線がスーッと外される

何故そこまでするのかと言いたげな程に物悲しく見える



「心遣い感謝致します。それであればもう、思い残す事は御座いませんわ」


そう言って私はガラスペンを走らせる


名前を書き終えると紙はサラサラと金の砂になりました。


これは制約と契約と選定の(うけひ)

私が清い身である事の証明であり、私が結界の乙女として務める事の宣誓であり、私が人としての籍から抜けた事の証…



猊下は祝詞を唱えるとその砂は猊下が懐から取り出した水晶の中へと吸い込まれる


そしてそれは金の砂の砂時計となった



そのまま私は湯殿へと案内される

広い湯船は恐ろしい事に並々と聖水が注がれている


私はその淡い輝きを放つ湯に浸り、全身をくまなく磨き上げてもらう



人の手を借りて身支度するなどいつぶりだろうか…

いつの間にか1人で身支度する事にばかり慣れてしまっていた自分に驚かされる





湯殿から上がれば魔法で清められた純白のドレスに今一度袖を通す。

そしてルカという少女に渡したネックレスを仕立てた工房に急ぎで石つけをお願いしていた首飾りをかけてもらった。


それは愛しい人の聖石が嵌め込まれた一品

聖石は肌に触れれば乙女の力となり得てしまう…


だから私は彼の心と共に眠るために敢えて肌に触れないようにとこれを仕立てたのです。



本来、婚約の解消があった際にはお返しするのが礼儀ですが、彼は「返さなくていい…返さないでくれ。君さえ良ければ僕だと思って側に置いてくれ」と私に託して下さった御心です。



身支度も終わり、また先程の部屋へ通された後、私はお祖父様とお祖母様のお顔をしっかりと目に焼き付けます

この後待つのは私の目を取り出す施術…

次にお会いするときには私は盲目となっている事でしょう。

今生で最後に見る景色と共にその色を脳裏に刻みます。


「お祖父様、お祖母様、我儘ばかりの私にお付き合い頂いてありがとうございます…

お二人は私が決めた事を引き止めたりされませんでしたよね…愚かな娘だとお思いになっていないでしょうか…?」


不安が口をついて溢れるとお祖父様もお祖母様も首をゆっくりと振ってくださる


「お前が悩んで悩んで悩み尽くして決めたことだろ?それを誇りに思えど愚かしいなどと誰がいえよう…

それにスピカ、お前さんは昔から芯の強い子だった。一度決めたら頑なな面のあるそんな子供だった。だから儂等に出来る事はお前さんの背中を押す事だけだと思ったんだよ」


「えぇ、そうですよ。国のためにこれから務めに行く娘を誇らないはずが無いではありませんか!貴女を愚かだと罵る者がいるとするならばその者こそが愚か者です。胸を張りなさい、私達のスピカ…」



お二人は私の意思を何よりも尊重してくれたのが堪らなく嬉しかった。



でももう涙は流さない

溢れる感情を笑顔に変えて私はありがとうございますと笑顔を向ける



私以上に泣きそうな切ない面持ちの2人と向かい合っていると部屋の扉が叩かれた。



入って来たのは我が家の主治医であるカープ医師と、カープ先生よりも2回り程年上に見える白衣の人だった。

直接お会いするのは初めてですがこの方がカープ医師の師でモナザ病の権威、モルセゴ医師でしょう。


他にも数人の白衣姿の人々が入ってくる。


私は椅子に深く腰掛けるように指示され、それに従う。




「これから魔眼の摘出処置を行います。施術は魔法で行いますのでお嬢様には触れることは御座いません。魔眼は摘出後速やかに帝都のエメンタール邸まで運びアレク様へと移植されるでしょう。よろしければこちらにサインを…」


カープ先生は説明しながら一枚の紙を私に手渡されます。

それはこの魔眼提供に関する最終確認書


手順や方法などが記された書類の最後の欄に私は署名する


「本当にお嬢様がドナーだとお伝えしなくてよろしいのですか?」

カープ先生は気遣わし気に問われます。


「えぇ、お伝えしないで下さい……でも、もしも…もしも家族の誰かが気付いて問われたら…その時にはお答えして下さい」


先生は優しく「承知しました」と言って私から差し出された紙を手にする。


そして私の目の前には聖水に満たされた保存用の魔道具と水晶で出来た丸い義眼が置かれる。一見ではただの瓶とガラス玉にも見えるがそれが魔道具である事は用意した私がよく知っている。



今度はモルセゴ医師から目を瞑るように指示をされる

「お嬢さん、さぁゆっくりと目を閉じて力を抜いて下さいな。私が3つ数を数えたら魔眼と義眼を入れ替えます。いきますよ、3・2・1…」


ポチャン、ドプンと水に何かが二つほど入る音がすると同時に私の視界は光すらない虚空の闇となる。

直ぐ様治癒師と思われる人に気分や痛みについて聞かれるが問題はない


瞬きをしてみるが何も私には映らない。

そして私の目を覆うように柔らかな布が巻かれた。



立ち上がってみると思いの外バランスが取れない事に驚かされます。左右の手をあたたかい誰かの手に引かれます。


「さぁ、あまり当代様をお待たせするのも申し訳ないですわ。お務めに参りましょう」



そう言って一歩踏み出せば私の中に巣食う不安や恐怖は薄れて感じる。気丈に振る舞って自分を鼓舞しながら…でも誰かの温もりを手に感じながら私は聖域へと向かいました。



いくつもの階段を登り降りする行程は子供の頃を思い出させてくれます。

やがて空気が澄んだ物へと変わるのがわかり、扉が閉められた後で転送の間に着いたのだと察せられる。

猊下の声掛けの後私の鼻腔にはほのかに花の香を感じます。


五感のうちの一つがない事で他の感覚でそれを補おうとしているのでしょうか…


ぼんやりとした思考と共に手を引かれるがままに進めば、猊下は現実へと引き戻すように声をかけて下さいます。



「さぁ、こちらへあと3歩ほど前へどうぞ、そこが貴女の位置です」



一呼吸の後猊下の祝詞が始まると私の周囲は温かなもので包まれます。それはきっと昨年の夏に見た神々しい光なのでしょう。猊下は私へ決意の確認をされます


「スピカ・ルチアーナ、汝は国の礎としてその身を尽くし我らの安寧の守護者となる事を誓う者か?」


「はい。私スピカ・ルチアーナはこの身の限り帝国とそこに住まう人々の安寧を願う者に御座います」


猊下は私の名を洗礼名で呼んで下さる。家から勘当された私はもうエメンタールの名を名乗ることはない。


「何か言い残すことはありますか?」


「はい、まずは猊下に。この度はご尽力いただきありがとうございました。お目覚めになられたご当代様と良い光の日々をお過ごしくださいませ」


「えぇ、ありがとう」

少しばかりくぐもった声音で猊下は応えられる。


「次に、お祖父様、お祖母様、私の旅路にお付き合い頂いてありがとうございました。目覚めの時にお会い出来ないのは寂しくありますが心はお側にありますわ」


「スピカ…先に神の御下で貴女をお待ちしていますよ。

介添人、フランチェスカ・クラウス・フォン・エメンタールが次代の星へ輝きの満ちることをお祈りいたします」


お祖母様の祈りが心地よく響く


「あぁ、一足先に儂等は神へお前の自慢話をしながらお前を待っているよ。

前エメンタール伯爵領主にして当代エメンタール伯爵領主代理人エルバム・フォン・エメンタールがここに宣言する。スピカ・フォン・エメンタール改めスピカ・ルチアーナを当領地の守りの要の礎たる守護者として任ずる。

いってらっしゃい、夜明けの光の中で産まれた星よ…」



お祖父様は私もう名乗ることも聞くこともないと思っていた名前を呼んでくださる。その思いに救われる


「はい、行って参ります。皆様、良き旅路の先に良き光が差さんことをお祈り申し上げます。

今日まで誠にありがとうございました。良き旅の果てでお会いしましょう。皆様、さようなら」



一礼の後手を引かれる。これはきっとお祖母様の手



そのまま寝台へと横たわりアーサー様の聖石に触れてから胸の上で手を組む。

猊下の祝詞が耳に心地良い…

私も祝詞を口にする。そしてまた温かな何かに包まれるそしてそのまま私は眠りへと堕ちる












そして私は見知らぬ花園に立っていた

見えないはずの目は見えている



「いらっしゃい、スピカ様。貴女のお陰でこんなにも長く務めを果たすことが出来ました。後をよろしくね…」


後ろから優しく抱きしめられたかと思えばそこには既に人影はなかった…


あれはきっとアリシア様…


アリシア様、貴女の献身に感謝致します。今日までのお務めありがとうございました…



気配の去った方へと私は一礼する

そんな私はまた声を掛けられて振り返る。

それが私と初代様の初めての出会いであり会話であり契約となった。

スピカの半生は一度ここで幕を閉じます。


次回から残されたエメンタール家の後悔と懺悔の話となる予定です

引き続きよろしくお願いします

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― 新着の感想 ―
騙された。タイトルからしてざまぁ系のなろう小説だと思って読んでたのに。幼少期のエピソードが長すぎてなかなか消えないから文句も言ったのに。とりあえず消えるまで読もうと思ってここまできたらめっちゃ泣いた。…
。・゜・(ノД`)・゜・。
魔眼を移植されてチャームを受けずに済む様になるのかな それにしてもしんどいねぇ
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