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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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口約束の行方

帝城への呼び出しを受けて私は1人帝城へと向かいました。

いつも帝城へ行く時には着いて行くと駄々を捏ねるお姉様も今日は静かに私を見送ってくださいました。


流石に皇族からの呼び出しでしたので家から馬車は借り、ドレスは手紙と共に贈られた物を纏いました。


アーサー様の髪色のドレスはいつもより飾りが少なくシンプルと言うよりも簡素な物でしたが私はこのくらいの方が実は好みです。

彼も分かっていてくれた事が嬉しい反面、今回の呼び出しに件の噂が無いはずも無いと心は重くなるばかりです。




指定され案内された部屋は執務室の様な重厚さを感じさせる部屋でした。

私はあまり通された事のない室内を横目にして暫くの間殿下の来訪を待ちました。


いつもであれば約束の時間を違えるはずの無い彼にしては珍しく、指定の時間は疾うに過ぎています。



不安と心細さでいっぱいになりながら待てば、彼と直接会うのが去年の夏以来で随分と久しくなってしまっていた事に気まずくなります。手紙のやり取りは続いていましたが直接お会いしたら何と声をかけるべきなのか今更になって悩み始める始末です。昨夜はお会いできる事にばかり気を取られていたと自分を恥いり始めた辺りで扉が開きました。



部屋へ入って来たのは幾分か怒りを讃えたアーサー様と憔悴しきったコロイド卿の2人でした。




私はカーテシーで2人を迎えるとアーサー様に制され席へと促されました。


そして席に着くなり挨拶もそこそこにコロイド卿が私の目の前で片膝をつき頭を下げられました

「この度は私の失態により御身に多大なるご迷惑をおかけした事誠に申し訳ない!」

あぁ、噂の謝罪かと私は納得する


「コロイド卿、頭をお上げください。卿が自ら噂の払拭の為に動かれていた事はマール辺境伯令嬢からも聞き及んでいます。それでも払われない噂は私の不得の致すところです。卿は感謝こそすれ非難するなどございませんわ」

私の微笑みに卿は戸惑いと自分の無力さを嘆く様な表情のままでしたがアーサー様が「気は済んだか?卿。出来ればこれからは2人で話がしたい」と退室を促されました。


卿は静かに頷き扉の外へ出て行きましたが少しだけ扉が開いているのは若い未婚の男女の話し合いの場でのマナーです。

私は気にしていませんでしたがアーサー様はその隙間すら恨めしそうにされています。


「君は…君は私の求婚を受けてくれたのではなかったのかい?」

ややあってから、組んだ指を弄びながら殿下は言葉を紡ぎました


「はい、私は殿下のお心に私の誠意をもってお応えしました。ここに殿下の聖石があるのが何よりの証拠で御座います。」


そう言って私は自分の胸元から皮袋に入った聖石を取り出して見せた。

未だ加工していないのはお父様からの許可がおりていない為です。


「では何故こんな書状が来るんだい?」


そう言って殿下が懐から取り出されたのは白地に青い封蝋の押された書状でした。封蝋の印はケルピーに帆船の我が家の家門…つまりは当主であるお父様からのものです。


机の上に置かれたそれを私は一言

「私が拝見しても?」と問えば然りと頷かれました。


私はその書状を手に取り読み始めれば、内容に驚き書状を取りこぼしそうになりました。

震えた手でその書状から目を離し、殿下の顔を見れば悲しげな彼と目が合ってしまい胸が締め付けられます


「これは…本当なんですのね…?」

震える声を必死で制して声を掛ければ殿下も苦しそうに答えてくださいます。


「あぁ、君との正式な婚約は認めてもらえなかった」




そう、この書状には殿下とエメンタール家の婚姻に関する取り決めが記されていたのです




書状には要約するとこう書かれていました。


我がエメンタール家の娘を皇室に送るのは誠に誉高い事であり、目出度い事です。


しかしながらご指名頂きました娘は現在不当な噂で苦しんでいる身と心身の不調などの問題がある為正妃として送り出すのは難しくあります。

よって長女であるステラ・フォン・エメンタールとの婚約であれば謹んでお受け致します。


そしてその婚姻後3年の猶予を持ったのちに第二夫人として次女スピカ・フォン・エメンタールを送り出す準備があります。


その際の取り決めとしまして、殿下には長女ステラを公の妃として遇していただく存じます。


3年の猶予の内に次女スピカには長女ステラの補佐を任せ、長女が子宝に恵まれた際には親権と養育権は長女に、養育と教育は次女に任せる事をお約束下さい。


この条件以外で婚姻を認める事は当家としては難しい事をご理解下さい。





他にも言い訳や美麗辞句で飾り立ててはあったけれど内容としてはこれだ…




私が殿下と結ばれるとしてもそれはお姉様と殿下の婚姻後…


それも表の公務や社交でのパートナーは絶対的にお姉様をと念押しされているので私が殿下の隣に並び立つ事は出来ない…


それなのに女主人としての業務はお姉様が輿入れした後は私が取り仕切らねばならないなど何の嫌がらせでしょう

お姉様の現在の振る舞いと思想から下級貴族の家庭であれば回せても皇族に連なる家は難しいとの判断なのは察せられますが、それをよりにもよって私にと言うのは勝手が過ぎます…


皇族とは言え殿下は第3皇子、皇太子殿下とは違い臣籍降下が濃厚な殿下が第二夫人を娶るのは愛人とそう変わりはないというのに…



心寄せる方の側で自分でない人が隣に並び立つのを只々見ているだなんて…

それも愛人の立場で正妻の子供を育てなければならないなど屈辱的でしか無いではないですか…



何より私には何の相談もなくこのような仕打ち、騙し討ちにも等しい対応には怒りを通り越して呆れ果てる他ございません。




「殿下は…こんな条件をお受けになるの?」


私の怯えを殿下は優しく抱き止めて下さいましたが答えは…

「君を娶る方法がそれしか無いのならば…やむを得ないのかも知れない…」


私を必要として下さるお気持ちはとても…とても嬉しいのですが私は素直に喜ぶ事は出来ません


「アーサー様、私がお父様を説得致します!ですから…ですからもう少しだけお待ち下さい」



「私も今一度伯に掛け合おう。今日は君の気持ちを確かめたくて呼び出したのだから」



その後は時間が許すまで殿下の腕の中で過ごしました。

そして別れ際に私はずっと温めていた自分の聖石を殿下に渡しました。



昔作った時よりも濃い青に雲のような白が夏の空のように見えるシーグラスに似た私の聖石を彼は愛おしそうにその手に仕舞い込みました。



「殿下…もしもお父様を説得出来なかったとしても、お父様の条件を受け入れないで下さいませ…

私の心はアーサー様と共にあります。ですから…お姉様を娶るのだけはどうかおやめ下さいませ。

その時には他の候補のご令嬢と殿下が結ばれる方がまだ私の心が救われます…」


何故こんな事を口にしてしまったのかは私自身分からないのですが素直な思いが口から溢れておりました。


「そんな可愛らしく無い事を言うのはこの口か?いっそふさいでしまおうか…

これからやろうと言う事が失敗するような言い方は関心しないよ。私も認めてもらえるように努力をするからね」



そう言って額に口付けを一度落として、また一度優しく抱擁を交わし私達は別れました。



帰路の馬車の中で私は何度もあの温もりを失いたくないと思いながら殿下の聖石を握りしめておりました。





そして、エメンタール邸に着いた私は直ぐ様お父様へと取り次ぎをお願いしました。


夕食後にお時間を頂けてホッと息を吐きました。


去年の夏の終わりに殿下から御心を賜ったとお話しした時にはあんなにも喜んでくださったお父様の心変わりに、私はしっかりと説得出来るのか不安を抱えながら時間を待ちました。









約束の時間、私はお父様の執務室のドアを叩きました。

ノックの音に気付いた年嵩の家令が私を中へと入れてくれます。


「お父様、今宵は私の為に貴重なお時間を頂き誠に感謝致します。早々では御座いますが本題に移らさせていただいてもよろしゅう御座いますか?」


私の問いにお父様は苦い物を食べた後のような顔で頷かれます。


「今日、アーサー様から私との婚約が了承されなかったとお話しをいただきました。そして私ではなくお姉様とであれば認めると…そして私がお姉様を助け数年先であれば第二夫人として送り出すとお聞きしました。ご説明頂いてもよろしいでしょうか?」



お父様はやはりこの話かと諦めたように口を開かれます。


「その通りだ。その条件以外でお前を嫁がせる事はない」


「何故ですか?!」


私はお父様の執務机にはしたなくも音が出るほど自分の掌を叩きつけました。

痺れた手のひらの痛みがこれが夢でない事を残酷にも知らせてくれます。


「理由はいくつかある」


お父様は席から立ち上がり私の顔を見ないようにか窓辺に立ち此方に背を向ける


「1番大きいのは皇室からの指示だ。皇后陛下より強く我が家からの輿入れをと…そして正妃には奇跡の令嬢を望まれているとな。しかしながらステラの元来の天真爛漫さは皇太后様には好意的には映らなかったそうでな…皇太后様からはお前をと望まれた。」


現皇后陛下と皇太后様は考え方が対立されているのは知っていました。革新的考えで新しい物事で情勢を作る皇后陛下と慣習と伝統を重んじる皇太后様の派閥争いはこの国では有名な話です。


私達はこの代理戦争に巻き込まれたようです。


「この話は前々からあったのだが、どちらを妃に出すのかで考えあぐねていた所でスピカ…お前が倒れた。出所不明の噂も一気に広がり皇室にまで届いてしまった。その様な不名誉な噂を立てられた娘を皇室へ正妃としておくる訳にもいかなくなったのだ」


「それであれば、お姉様だけを輿入れさせればよろしいのではないですか!私は…何故…」

咄嗟の反論は本心とは別に理性が出ました


「皇太后様から噂の裏付けがなされお前の不名誉な噂は事実無根とする公文書を出して頂く対価だ…そしてお前が心寄せる殿下とこれ以上噂されず傷付かずに過ごせるようにとの親心でもあるのだ…この形であれば皇室の意思も汲め、我が家としての体裁も保てる。分かっておくれ」


「そんな……そんな事をおっしゃってもお姉様の為ではありませんか! 未だに上流貴族としての振る舞いも出来ず妃教育もなく女主人としての教養の無いお姉様を1人で嫁がせるのが不安なだけでは無いですか! お姉様の成すべき事柄を全て私に押し付けて、お姉様を甘やかしたいだけではないですか! では何故私の噂が広まった時に家の名で訂正してくださらなかったのですか?お姉様が率先して私の事を語っていたからではないのですか? 私もそこまで愚かではありませんし、もうお姉様の後始末は沢山です!」


噂の出所など復学の翌日には分かっていたのです。

お姉様が率先して私が休暇中に賊の襲撃にあったのだと風潮し、私の愛馬である、ユニコーンが振る舞いで出されたと語り、私が嘔吐をし食べ物を受け付けないので教会へと移されたと涙ながらに話していた事が事の始まりだと…調べずとも直ぐに私に届く程度の事実、関心があれば直ぐに家から注意があって然るべき事柄でしたし、噂の訂正も行えたでしょう。

しかしそれを怠ったのは奇跡の令嬢のため…本当の娘のため…


言葉に詰まったお父様は顔を怒りで赤くされワナワナと震え始めます

「そうだ!そうだとも!そもそもお前があんな噂を撒かれるような事をしなければ何の問題もなく輿入れの準備が出来たのだ‼︎それにステラが未だに未熟なのはお前が嫉妬心からステラへの教育を怠ったのがそもそもの原因だろう!

まったく育ててやった恩も忘れ己が幸せのみを感受しようとしおって、この恩知らずが‼︎

それでもお前のことを思ってこうやってお前の幸せを願ってやる親心が何故分からん…」


そしてこう続けたのです


「今回の案も最初はステラが出してきたんだぞ?不名誉な噂でお前の今後の結婚は難しくなるだろうから同じところに嫁ぐのはどうだろうかとな。時期をずらして自分の不足を補ってもらいつつお前から学び婚家を盛り立てればお互いが幸せになれると…

自分が表仕事をすればお前を社交の矢面から守れると…健気な姉の思いをお前は…

それにお前は生死の境まで行ったのだ。そもそも肉を受け付けない欠陥品に成り下がりあまつさえその様な体で嫁いで子供など直ぐには望めまい…であればステラの子を育てるのも何ら変わりあるまいに何故こんなにも否定する⁈全てが丸く収まる方法だろうに…」



私には理解できない話ですがお父様にはそれが分からないのでしょう。

大きな壁に1人話しかけているような無情さで私の言葉は届く事はありません

その日は追い出されるように執務室を後にしました



それから1週間はお父様の元へと通ったのですが、お父様に会う事は叶わず今日も追返されて来てしまいました。


ため息と共に私は来た道を引き返すと踊り場の前で会いたく無い人と出会してしまいました

本来は学園に行っているはずの時間…いるはずのない人物…


そう、ステラお姉様です


顔が見えた瞬間に私には嫌悪の感情が心の奥底から湧き上がって来ます


そこで私はやっと自覚いたしました…いえ家族なのだからそんな感情を抱いてはいけないと心に蓋をしていただけで、ずっと抱えてきた思想が私の中で形を成しただけかもしれません…



私はお姉様の事が心底嫌いなのです



私は何事もないかのようにお姉様の脇を通り抜けようとすれば彼女から声を掛けて来ました


「無様ね…一生懸命過ぎてみっともないわ」


「心寄せる方の側にある努力を無様とは私は思いませんわ」


私が反論するとは思わなかったのか彼女は目を見開きました。感情のままにくるくると変わる表情は瞬時に獲物を痛ぶる肉食獣のようになります。


「本当に貴女って人は救われない人ね。大人しく身を引いて私の影になればいいのに」


そして私の前にずいっと顔を寄せると彼女は囁くように続けます


「わたしね、貴女のことが始めっから大〜いっ嫌いだったの。だって貴女は私が受けるはずだった恩恵をぜーんぶ受けてぬくぬくと育ったお嬢様だったんですもの。

私が欲しかったものを最初っから持っていた…お父さんとお母さんからの愛情も、お兄ちゃんたちからの愛情も、全部わたしのためのものだったはずなのに…私が寒さに震えた夜も飢えに苦しんだ日々も貴女はこの屋敷で暖かく過ごしたんでしょうね…

だからね、わたしはあなたから全部返してもらおうと思うの」


彼女は私の前で身を翻して振り向きながら続けます


「家族の愛も、婚約者も、貴女の立場もぜーんぶ全部わたしのものだったはずでしょ?でも、可哀想だからわたしの影で私のためにだけに動く事だけは許してあげる。

奇跡の令嬢を疎んじる偽物令嬢を心優しい奇跡の令嬢が手を差し伸べてあげるなんて平民好みの新しい物語になりそうじゃない?」


クスクスと彼女の笑い声が間に触る


「今回の婚約の件もお父様にお願いしたら直ぐに動いて下さったわ。

私、皇子様と結ばれたいって言ったら本当に直ぐよ?やっぱり主人公は皇子様と結ばれなきゃね!

でも、女主人の仕事って大変でしょ?貴女に任せたいって言ったらそれはいい考えだって大喜びよ。貴女に私の知らない所で幸せにされるのも癪だからずっと側で貴女が惨めに朽ちていくのを見守るわね!勿論アーサー様が貴女と結婚しても白い結婚でお願いね。貴女の元に渡る事は絶対させないからそのおつもりで!それが私から家族を奪った貴女に対する罰なのよ?だから貴女は私のそばで一生惨めに無様に誰からも愛される事無く死んでいってね?」



彼女の言葉は「毒」です…言葉の鉛で徐々に人を苦しめる証拠なき毒なのです…

一滴たりとも体に入れたくないのに私の耳は彼女の音を拾ってしまいます


「お姉様は……皇子ならば誰でもよかったのですか? たといアーサー様で無くとも?」


彼女はキョトンとした惚けた表情でこちらを見ます

「誰でもいいわけじゃないわよ?貴女が好きな人だからに決まってるじゃない!あっでも本当に皇子様で良かったわ」


またお姉様の笑い声が響きます…


「酷い…殿下の御心を何だと思っていらっしゃるの?私の事が憎らしくてもアーサー様まで巻き込むだなんて…」



事はもう身内の諍いの域を逸脱しています。ですが彼女にはそれが分かっていない様子です。

これは歌劇でも物語でもない現実だというのに彼女は別の世界に生きているように私には見えてしまいます…


こんな自分勝手な女のせいで想い合う私達が何故こんなにも苦労をしなければならないのでしょうか…


「貴女には人の心は無いのですか?どうしてここまで非道な事が出来るのですか⁈」


彼女はチラリと奥を見やって笑むと


「貴女が憎いからよ、スピカ。もう家族は誰も貴女の味方では無いのよ?今からそれを教えてあげる」


そういうと彼女は私の腕を思い切り掴み…

「スピカ!やめて‼︎誤解なの!お願い話を聞いて‼︎いや!離して…」

そう言って掴み上げた私の腕を振り払い階段を転がり落ちて行ったのです…

私にだけ見える醜悪な笑顔を浮かべながら…




「ステラ様‼︎」


振り向けばそこには壮年の家令が駆けて行きました


彼の声に反応してか執務室からはお父様も出てこられました



反射的に私はやられたと思いましたが後の祭り


あっという間に使用人達もお兄様とお母様も駆けつけて状況証拠から私がお姉様を突き落としたと判断されました


幸に打ち身だけで済んだお姉様の口添えもあり私は自宅謹慎を命じられたのです


そう、心優しいお姉様のおかげで…


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― 新着の感想 ―
まあしかし、まともな貴族教育受けておらず、その後も実際は子狡い策はろうしても、教養深める事しないステラにまともな嫁ぎ先なんて本来無いんだが。 生い立ちには同情出来るし、スピカに敵意向けるも分らんでも無…
ステラのやってる事はともかくスピカを嫌う気持ちはわかるんだよねぇ。
ステラは確かに最低だけど、それ以上に最低なのは両親と兄貴達だと思う
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