フレット視点 新嘗祭
前回の話と対になる内容です。
動物が死ぬ描写が含まれます。
苦手な方は飛ばして読むことをお勧めいたします。
「ピクニックに行こう!」
そうステラに誘われたのは新嘗祭を明日に控えた日の事だった。
俺は新嘗祭当日は近衛の勤務で出勤の為明日まで家で過ごす予定ではあったけれど特に予定もない。
何より今まで散々苦労して帰ってきた本当の妹の頼みならどんな先約でも蹴って駆けつけるだろう。
だけれど二つ返事で快諾するのも面白くない。
「急なお誘いだな?何があったのかい?」
「うん、厩舎でとってもきれいなユニコーンを見つけたの!わたしあの子に乗りたいの!…でもまだ乗馬は得意じゃないから、お兄ちゃんに手伝ってもらえたら楽しいだろうなって!それに、今日はいい天気でしょ?こんな日はピクニックをしなきゃ」
年よりも幼く見える言動はきっと子供でいられなかった幼少期の影響なのだろう。しかしそんな我儘さえ可愛くて仕方が無い。
「どのユニコーンだ?」
「1番小柄で真っ白な毛並みの子よ!奥から3番目の」
記憶をたぐればそれはスピカの馬だったはずだ。
「それはきっとルナだな。スピカの馬だよ」
ステラは拗ねたように唇を尖らせる
「スピカばっかり良いなぁ〜わたしはまだ自分の馬が居ないもの」
「じゃぁ、スピカからその子を譲ってもらおう。大丈夫、スピカにはもう一頭俺から譲られた馬がいるから。それにあいつは最近学園から滅多に帰ってこないだろ?そんな薄情で主の自覚の薄い奴よりも毎日でも会いにきてくれるようなステラを主とすぐに認めてくれるさ」
そうか、まだステラに馬は贈っていなかったと思えば自然と答えは出ていた。勝手に答えたが本当にしばらく馬達に乗っていない様子だったので問題もないだろう。むしろ馬はこんなにも欲している人と共にあれるのなら幸せなくらいだ。それに家族全員が帰ってきたばかりのステラを受け入れられたのだ。主変えをしたところできっと馬の方から受け入れるはずだ。
「まぁ、本当⁈約束よ!」と手を叩いて喜ぶステラを見れば自分の判断に間違いはなかったと思う。
事実としてこれは誤った選択だった。スピカもフレットは馬の扱いに関しては一角だと思っていたし、事実フレットは馬の扱いに関しては抜きん出ていた。
しかしフレットはユニコーンについての認識が甘かった。女性しか乗せる事のない馬に興味は無く、女しか載せない我儘な馬程度の認識だったのです。その為ユニコーンがどれほど情に厚く一途なのかを見誤ってしまった。他の魔馬ならば力で説き伏せれば大概は大人しく主変えをするし、長く乗られていなかったならば主人として忘れ去られている事すらあるというのが彼の常識で敗因だった。
ステラはさっそくと着替えとピクニックの準備に入るようだった。俺も着替えてから手紙を書く。スピカにユニコーンをステラへと譲る旨の手紙だ。
元々あのユニコーンは俺の譲った馬の子だから俺が次の主人を決めても問題はないだろうと思う。
しかし、スピカはステラがきてから変わってしまった…
昔はあんなに家族思いで俺の後をひよこのようについて回っていたのに今では家に寄り付かない。
酷い境遇を生き抜いてきたステラに寄り添う事もせず貴族の慣習と価値観を只々押し付けているように俺には見えた。
何より何故か最近のスピカのステラに対する対応を見ていると嫌悪感があるのだ…
不思議とスピカがステラに嫌がらせをしているようにも感じる。実際ステラから聞く話はそういう内容だ。
あんなにも心根の優しかったスピカはどこに行ってしまったのだろうか…
しかしそれも家族を取られた、ひいては自分を取られた事に対する嫉妬なんだと俺は考えている。
困った妹だ。ステラに俺の目が向いている事が気に入らなくて気を引こうと躍起なのだろう。そんなスピカを諌められるのは俺だけだと少しばかり最近は厳しく接している。これも愛なのだといつか気付いてくれるだろう。あの子は聡い子だからな
それに、近年はその聡明さに焦りを感じていた。
スピカの聡明さと清廉さは同年代でも頭ひとつ抜けていたのだ。ちっぽけで平凡な自分が妹に置いて行かれている気さえしていた。
だからステラに嫉妬する様を、諌める事が出来るのはスピカより優位に立てた気がして気持ちが良かった。
それに…俺はスピカに対して恋慕の情がある。勿論誰にも言っていないし、知られていないはずだ。
気付いたのはステラが帰ってきてからの事だった。ステラとスピカは何方も妹で大切なのだがニュアンスというか…モニョモニョするのだが感情のベクトルが違うのだ。それに、いくら義兄妹とは言え兄妹として育ってきたのだし、何よりスピカは皇族の婚約者候補だ。気持ちを知られる訳にいかなくて必死になっている部分もある。
婚約者候補から溢れて行き場が無くなったら自分が娶って本当の家族になるのも良いなぁなどと考えた黒い妄想を知られてはいけなかったのだ。
ステラに対する態度に嫌悪感を抱くのも心寄せる人が酷い人であって欲しくないとの思いからなのかも知れない…
そんなこんなで俺たちは朝食を済ますと大きなバスケットを持ち厩舎へと向かった。
厩舎では俺たちが連絡しなくてもユニコーンに鞍と鎧が付けられていた。
俺はさっき書いた手紙を読んでスピカが手配したのだと納得した。
しかも、スピカもステラに専属の馬がいない事を知ってか自分の馬具まで付けてくれたようだ。
ステラはとても喜んでいるので俺も一安心だ
厩番がごちゃごちゃ言ってきたが問題などないからルナを出すように言った。ついでに俺の馬のシュプールの準備もさせる。
そっちの方が時間を取られたくらいだ。
いざ出発するとなったらユニコーンは全くステラを乗せようとしない。
力ずくでと思った矢先、それを制したのはステラだった。
「お兄ちゃん、さっきの厩番も言ってたじゃない、ユニコーンは主を選ぶって。わたしはまだこの子に選んでもらえてないだけよ。だから今日は仲良くなる為に一緒に連れていきましょ?」
幸にして俺の馬は軍馬で躯体も大きく体力もある。2人で乗っても全く問題はない。近衛の式典の時の正装に帯剣した時の方が重いかも知れない。
「よし、わかった。ステラがそう言うなら今日は2人で乗ってユニコーンは追走させよう。ピクニックと聞いて良さそうな場所があるから到着したらもう一度挑戦してみような」
ステラはニコニコと笑顔で楽しみだと歌う。
長閑な足並みで帝都の城壁を抜け、西部の丘陵地を目指した。そこは春には花畑、秋には箒草が赤く染まる帝都市民には定番の行楽地だ。緩やかな丘を下ると眼下にはそこそこ広い池と林が続いている。
ゆっくりと歩みを進めた為、到着した頃には昼を過ぎた。ユニコーンはあれほどステラを乗せるのを嫌がったのでもっと追走も嫌がるかと思ったが従順についてきたので少し俺は驚いている。
この調子ならすぐに慣れてステラを背に乗せるかも知れないと俺はちょっとホッとした。
俺たちは丘を下り、池からも程々に離れた位置に立つ胡桃の木の下に敷き布を引いて腰を下ろした。
俺の愛馬はよく俺の言うことを聞くように調教されているので呼んだら来るようにと言い聞かせて沓を外してやる。ユニコーンは手綱紐を胡桃の木に括った紐と繋いでおいた。
一面には見上げるかたちで丘いっぱいに箒草が赤々と風にそよいでいる。
ステラも満足そうにしながらバスケットの中身を並べ始める。
バスケットの中身はたっぷりのハムとチーズの挟まったサンドイッチと林檎、それからクッキーとスコーンにお茶だった。
少しばかり肉が足りないがまぁ、仕方がないだろう。
食事も終わればステラはユニコーンに触りたくてうずうずしているのがわかる。
「そろそろ乗ってみるか?」と俺がステラに聞けば、目を輝かせて「うん!」と力強く頷かれた
俺は普通の馬の調教と同じように慣れることから始める事にした。
ステラにおやつの人参を持たせてユニコーンに近寄るように指示する。
ステラは臆することなく手のひらに人参をのせてユニコーンの鼻の下へと腕を伸ばす。
ここで下手に怖がっているとへっぴり腰になったりして馬になめられたり、怪我をする危険もあるが大丈夫そうだ。
ユニコーンも差し出された人参をステラの手から食べている。
次に顔に触れて撫でてやるように言う。
馬は基本臆病な動物だから視野は広いが見えない位置からの接触を嫌う。
だから自分に敵意が無いことを示すのにも顔を見てやるのは有効なのだ。ポイントは真正面ではなく少し斜め前からゆっくりと手を出すことだと説明すれば、ステラはこれに従ってくれた。
ユニコーンは大人しく撫でられている。
これなら大丈夫だろうと、いよいよ鞍に跨ってみる事にした。
しかし、今まで大人しく触れさせていたにも関わらず背に乗ろうとするのだけは嫌がる。横について鐙に足を添えれば身体を逆側に遠ざけ、いざ足が掛かれば前足を上げ後脚で仁王立ちになる。仕舞いには横に人がつこうものなら左右に首を振るのだ。普通の馬ならば問題はないがユニコーンの一角がブンブンと風を斬るので落ち着くまで危なくて近づけない。
本当はサポートして乗せてやりたかったが、俺はルナの正面から手綱を閉めて首が振れず逃げられないようにしているうちにステラに騎乗するように促した。家でも乗馬の練習はしているのでステラはまごつきながらもユニコーンの背中乗った。
これで落ち着いてくれるだろう。
しかし、スピカはよくこんなジャジャ馬を乗っているもんだと驚く。スピカには従順なのだとしたらきちんと主人が変わることを教え込んでおいて欲しいもんだと心の中で悪態をついた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん、これでわたしはこの子の主になれたかな?」
俺は頭上のステラからの声に「きっともうすぐだよ」と声を掛けると同時に気が緩んでしまったのだろう。手綱が一瞬緩んだ隙にユニコーンは手綱を振り解き駆け出したのだ。
あっという間にユニコーンは池の近くまで駆けていくとスピードを落としその場に腰を落としてから身震いをした。それまで必死に手綱を握っていたステラは振り落とされ少し離れた位置に投げ出されるように倒れ込む。
俺は必死に走りながら指笛でシュプールを呼ぶと愛馬はすぐに駆けてくる。速度を俺に合わせて乗りやすくしてくれる相棒に走りながら鐙に足を掛け飛び乗ると直ぐにステラの元へと向かう。
「あいたたたぁ〜落とされちゃった…」
ステラはどうやら軽傷のようで腰からお尻の辺りを座り込みながらさすって舌を出して見せる。
その様子に大事がないことはわかったが「大丈夫か?痛いところはないか?」と駆け寄れば、腕を少し擦りむいたのと尻餅をついたくらいだとステラは答えた。俺も一応は怪我の具合を確認したが申告通りだと判り心底安堵した。草が多く茂っている場所だったのが幸いしたのだろう。
安堵してあの駄馬がどこにいるのかを確認すれば池の中ほどにいるのが分かる…が、それは泳いでいる様子ではなく静かに沈んでいるようだった。嗎も悲鳴も漏らすことなく静かに池に沈む様子は動物とは思えないほどに哀愁を漂わせる。
「お兄ちゃん!あのままじゃあの子死んじゃうよ!助けて!」
ステラに袖を引かれて俺はハッとするが人間1人ではどうする事も出来ない…
呆然とする俺を尻目に相棒か強く嗎を残して駆けていく。
走り出すシュプールを見て、あぁシュプールは水の上も走れるのだと思い出す。
シュプールはユニコーンが沈み波紋を残した位置で頭を水に突っ込んで必死に引き上げようとしているようだが、取っ掛かりが無いのか中々上手くいかない。
何度目かで手綱を引き当てたのか、よく見ればヒモのようなものを咥えて岸へと向かってきた。
水は大きなものを引き摺るように波紋を立てその物が抵抗していない事を示す。
岸に近づけば浅瀬にはピクリとも動かないユニコーンの骸が打ち上げられた。
「すまない、ステラ…こんな事になってしまって…」
申し訳なさで俺はステラを直視出来ない
座り込んだままのステラの肩に置いていた手から小刻みな震えを感じる。
無理もない。軍属の自分だって骸など見慣れる物では無いのだ。
「お兄ちゃん、あの子どうなるの?」
予想に反して、ステラはユニコーンを指差して問うてきた
「このままにはしておけないから、一度屋敷に運び込むか近くのギルドに頼むかして処理してもらう事になるだろうな」
少しばかり面食らいつつも俺は答えた。
ユニコーンは聖獣とも言われているが魔物だ。そのまま遺骸を放置すれば邪気が溜まってアンデッドになる恐れもあるので適切に処理しなければならないのだ
「じゃぁ、わたし、この子を供養する意味で食べてあげたい…わたしが育った村ではそうしてたの。食べて血肉にする事で命に感謝して弔うの…出来ないかな?」
そうだった…ステラはそういう育ちだったのだと今更ながらに気付かされる
軍でも似たような話は聞いたことがあるし、そういった考え方は一理あるとも思う。
どのみちギルドに処理を依頼すれば切り刻まれて素材として流されるのだろうからステラのささやかな望みくらい叶えられるだろう。
「出来なくはないと思う。しかし食べるとなると結構な量の肉になるぞ?」
「村の時みたいにみんなで食べれないかな?そうすれば直ぐに無くなっちゃうよ?それに、わたしだけじゃなくて、今までお世話していたスピカにこそ供養してもらいな…」
しんみりとステラはユニコーンに視線を落とす。
そこで俺は閃いた!明日の新嘗祭の振る舞いにしてしまうのはどうだろうか。そうすれば屋敷のもの達も供養に参加出来るし、ユニコーンの貴重な肉を口に出来る。素材も振る舞いとして出す事も出来るだろう。
その話をすればステラは「是非そうしましょ!お兄ちゃん手伝ってくださいな」と跳ねた。
その後は近くで待機していた護衛に荷馬車を調達させてユニコーンを屋敷に運び込んだ。それで大分時間がかかってしまった。
帰りの馬上ではステラが悲しげに「何であの子はあんな風に死んじゃったのかな…わたしのせいかな…ちゃんと主として振る舞えなかったのかな…だから死んじゃったのかな…」としょげている
俺は猛烈に腹が立った。そもそもスピカがきちんと主変えだとユニコーンに説明していなかったのではないだろうか?だからユニコーンは戸惑い、血迷いこんな結果になってしまったのではなかろうか…きちんと調教し、言含めていればステラが怪我をする事も心を痛める事もなかっただろうにと思えば思うほどスピカに一言言ってやらねば気が済まない。
屋敷に戻り、父へと報告と解体、明日の振る舞い変更の旨をつたえると俺はすぐさまスピカの元に向かった。途中で家令とすれ違ったので居場所を聞けば書庫だという。
俺は蹴破るように書庫の扉を開くと中にいたスピカはとても驚きつつも寄ってくる。
久々に見たスピカはどこか大人びて見えて怒りとは違う感情で俺は焦ってしまう。それをまた隠すように声を荒らげて俺はスピカを責めた。
「あの駄馬に何故もっと言い聞かせなかった!おかげでステラが落馬して怪我をしたじゃないか‼︎」
スピカは大きな目を更に見開き驚いたように俺の胸の辺りから俺を見つめて聞いてきた
「落馬ですって⁈お姉様はご無事なんですの⁈」
あっ、かわいい…
俺の思考は若干明後日の方を向く
そして慌てて「あぁ、擦り傷程度だ」と答えた。
ホッとしたようにスピカは胸を撫で下ろしながら「良かった」と呟いたのが聞こえる。
俺は一瞬の疑念を呟いた。
「わざと主の決まったユニコーンを嗾けた訳ではなさそうだな」
すぐさまスピカはキッと俺を睨みつけるかのようなきつめの眼差しで見つめて言葉を紡ぐ。
「当たり前ですわ。それに今日お姉様がルナに乗るだなんて聞いていませんでしたもの…お姉様が無事なのはわかりましたが、ルナは大丈夫でしたの?」
あっ、この表情もいいな…勝ちきそうだけど何処か儚げで守りたくなる…
それに良い匂いがする…
いかん!また思考が明後日にずれた。
「あまりにもステラを乗せたがらないからシュプールで相乗りしてルナは追走させた。目的他に着いてからステラに乗馬の練習をさせたら暴れて落馬だ。その後は猛進して池に入る始末で大変だったさ」
俺はやれやれ大変だったんだぞというような仕草で語り、自分の思考がバレないように誤魔化した。
「ルナは無事なのですよね?」
スピカはもう一度問いかけてきた。
その質問に、俺は何故だかカチンときた。
「おい!擦り傷程度とは言えお前の姉が怪我をしたんだぞ?姉よりも馬の方が気がかりか⁈安心しろ、明日には会える。ステラの温情と慈悲に感謝するんだな」
死んでしまった馬と肉片の一つでも再会出来てそれを血肉として糧に生きることが出来るのだ最大の温情だろう。
戦場では肉片の一つも残らずに死の報告のみの場合もあると聞いたことがある。
最後の別れができるのは慈悲以外の何ものでもない事だと思うのだ。
この時彼はスピカのユニコーンが死んだ事実を伝え忘れていたのだがそれをついぞ思い出すことはなかった。
愚かしい事に彼の中ではスピカは既にユニコーンの死について知っていて振る舞いに出される事も分かっている程になっていたのだから言わずとも知れていると思い込んでいたのかも知れない。
翌日の酒宴の席ではステラの叫び声でフレットは現場に駆け付けた。
目に飛び込んできたのは震えるステラに、床に膝をつき吐瀉の苦しみに身悶えるスピカの姿だった。
状況の説明を求められて俺は昨日からの流れと自分の考えを述べた。
母には窘められたがそれほど深くは言及されなかった。
弱々しく瞳を潤ませていたスピカが気がかりで周囲を見渡したがそこにスピカの姿は既になく、落ち込んだ肩を一番に支えてやれなかった事に罪悪感を覚えるがスピカも悪いのだと自分に言い聞かせた。
その後会場でスピカを見かけることは無かったがきっと責められたことで不貞腐れているのだろうと見当違いな事を考えながら彼はスピカを探すでもなくステラの手を取り酒宴の和へと戻っていった。
後日、フレットはスピカが気落ちして食事も喉を通らないと家人から聞いた。
日中のサンルームでぼんやりと外を眺めているスピカに彼は
「そんなに悲しいならまたテミスとユニコーンを番わせればいいだろ?」と言い放った。
それに対するスピカの回答は絶望を湛えるように悲痛だった。
「そんな事をしてもルナは戻りません…それにテミスはもう魔馬と番えるほどの力は残っていません。これ以上私の大切なものがいなくなるのをお兄様は望まれるのですか?お兄様から賜った大切なあの子に死ねとおっしゃるの?」
失言だったと分かっていてもフレットは引けなかった
「そういう事を言ってるんじゃない…いつまでも陰気臭い顔をするな!新しい馬だったら俺が贈ってやるから」
しかしスピカは静かに首を振った。
「結構です。今生で私の愛馬はもうテミスのみです」
フレットはスピカに元気になってもらいたかったのに拒絶された事が腹立たしくて「勝手にしろ」と吐き捨てた。
スピカは1人になった部屋で呟く
「お兄様にとってテミスやルナの命は替えが利くものなのね…そして私も…」
小さくひび割れた心を語るのだった




