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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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50/80

夏の残り香と秋の別れの新嘗祭

この話は残酷な描写、及び人によってはトラウマになりかねない表現を含みます。

苦手な方はお読みにならない方が良いかと思います。

次の話には影響は少ないと思いますのでご了承下さい。


ご協力とご理解の程宜しくお願いします。

マール辺境伯領から帝都までの道のりは何の問題もなく…とはなりませんでした。


3度の賊の襲撃にあい大幅に予定よりも遅い帰りとなったのです。

賊と言ってもコロイド卿らによって成敗された彼らをギルドに届けるのに時間がかかってしまったくらいで私達にはほとんど被害は無かったのです。



実家に帰る余裕もほとんどなくなり寂しいような何処かほっとしたような心地で私は寮の自室へと戻りました。




実家へは無事に戻った事と実家に帰れなかった事の詫びをしたためてて送りました。流石に暫く帰っていないので秋のうちには帰るともお知らせしております。


特別何か返事もなく私の休暇は終わりましたが私の胸には今夏の煌めきが強く力になってくれています。







新学期が始まれば毎年のように新入生が初々しく、そして先輩方がいない事にどこか物悲しくなるのです。



私の学生生活は夏の休暇前と大差はなく、一段と下級生に嫌われてしまっているくらいでしょうか…


特に新入生からは遠巻きに嫌な視線を感じます。




お姉様も相変わらずで私の小さな指摘も大事に騒ぎ立てるので、私が指導を受けます。


それでも私が我慢すれば収まる話なのです。私は私に課された課題と役割を黙々とこなす事に尽力し忍ぶ日々なのです。だって私にはかけがえの無い未来を約束してくださる方や私を思ってくださる大切な友達がいるのですもの。



そうして過ごせばやはり学生生活は忙しく、早々に新嘗祭の為の休暇が訪れます。


秋の深まった満月の夜にその年の収穫を祝う神事がやがて国全体に伝わって、今では大規模なお祭りとして満月を挟んだ三日三晩を盛大に祝うのです。


私はこの休暇に久々に実家に帰る事にいたしました。久々に愛馬であるルナの背に乗って遠駆けにでも行ってみようと思い、厩番へ手配をお願いする手紙と共に帰る知らせを出したのは週末に新嘗祭を控えた週の頭のことでした。








翌週末私は帝都のエメンタール邸におりました。しかしながら到着早々にお呼び出しがあり今は母の執務室です。

とても長いお話ですが要約すると話は簡単です。


曰くステラお姉様の社交の振る舞いについてもう少し善処させるように


曰くお姉様の学業成績を向上させるように


曰くお姉様に成人後の高位貴族の令嬢やご婦人を紹介するように


との事でした。後は私が夏帰らなかった事に対する不満とこの夏をエメンタール領でいかに素晴らしく過ごされたかのお話でした。




お母様からのお小言は朝から昼近くまで続きました。

私は少し疲れつつも厩に行くか昼食を取るか悩みましたが朝食もまだだったので食堂へと足を向けます。

入れば近くに恰幅の良い中年のお仕着せの女性が1人昼食の準備の為か部屋に居ます。


「ヤーヤ、久しぶりね!お昼はまだ早いのは分かっているのだけれど何か簡単に食べられる物はあるかしら?」

私はその女性に声をかけました。昔から厨房と食堂を中心に切り盛りしてくれているヤーヤは朗らかな笑みで応じてくれます。


「あらあら、スピカお嬢様!暫くみない間にま〜た一段とお綺麗になられましたね!ですが少しばっかりお痩せにやなっていませんかね?ちゃんと学園では食べさせてもらってるんですかい?丁度今朝ステラお嬢様から頼まれてサンドイッチを沢山作ったんでそれで良ければすーぐご用意いたしますよ。何でも今日は天気が良いからフレット坊ちゃんとピクニックだそうですからね〜。お嬢様分のサンドイッチを今お持ちしますから席に着いてお待ちくださいな」


いつ息をついているのかと疑問に思うほどに早口で捲し立てられた私は少々呆気に取られましたが、ヤーヤのこの感じが懐かしく、私は促されたように席に着いて待ちます。


「2人はもう出たの?」


出されたサンドイッチを口にしながら私はヤーヤに尋ねます。ヤーヤは温かい紅茶を入れながら答えてくれました。シトラスの香りが爽やかな一杯に私は自然と笑みが溢れます。


「朝食の後直ぐに出立されましたよ。なんでも、厩でとても綺麗なユニコーンを見たから乗りたいとステラお嬢様がフレット坊ちゃんにおねだりしたんですって」


かわいらしいですねとラーラの声が遠くで聞こえる気がする。いれたてのお茶の香りも何処かぼんやりと感じる。私は嫌な予感がいたしました。




元来魔物である魔馬は気性が荒かったり気難しい性格が多いのです。そしてその中でもユニコーンは取り分け乗りこなすのに条件がある特別な魔馬として知られています。

今、私の記憶が確かならば家にいるユニコーンは3騎でそのうちの1騎が、私の愛馬のルナなのです。


私はルナがお姉様の目に留まった仔でない事を願いつつ食事を終えると厩まで駆けました。





厩に着くと私はルナの馬房へと直ぐに向かいます…がやはりそこは裳抜けのからでした。飼い葉や水の様子から見てもここを出て暫く経っているのが分かります。

隣の並びには2頭のユニコーンが飼い葉を食んでいるのでユニコーンを連れて行ったのならばきっとルナなのでしょう。



お姉様は大丈夫でしょうか…



ユニコーンは別名乙女の馬とも呼ばれていて清らかな乙女以外を騎乗させません。この点は心配していないのですが問題はその性質です。

ユニコーンはとても従順で一途でいじらしい性格をしています。特に一度主を定めるとその主の言う事以外を聞きません。そしてその背に主の指示無しに他の人を乗せることをとても嫌がります。

極々稀に主変えをする事もありますが、それは捕獲者が購入元に納める際や上級貴族への献上、或いは主との死別などが挙げられますがほとんどの場合強制的に主を変えようとしてもユニコーンが拒否してしまい、最悪ユニコーンが自決してしまう事もあるくらいに誇り高い生き物なのです。


そしてルナは産まれて直ぐに私を主人と認めてくれたので、今回私の指示が無いのにお姉様を乗せられたのでしょうか…


元々今日はルナと遠駆けの予定でしたからきっとルナには私の馬具が付けられていたのでしょう。棚を見ても私の鞍や鎧がありません。ルナは私を待っていたのに、意図せずルナを裏切った形になってしまい愛馬にも申し訳なくなります。



空の馬房をぼーっと眺めていると後ろからおずおずと言った様子で声をかけられました。


「スピカお嬢様、いらっしゃいませ。まだステラお嬢様はお戻りでは無いですよ。」


少しばかりおっとりとした甲高い声音は厩番でルナの世話をお願いしているモニカです。


「モニカ、ルナはお姉様が連れて行ったの?」


「?ーーあれ?ステラお嬢様にルナをお譲りするので主人変えの為のお出かけではなかったんですか?」


私は首を静かに横に振る。

モニカはサーっと顔を青くしてオロオロとし出してしまう。

「あたい、てっきりそのおつもりだから遠乗りの用意をしておいてってことかと…お約束の時間に来たのはステラお嬢様だったし、フレット坊っちゃまとご一緒にそんな事言ってましたし…」



今日の約束の時間に私が訪れなかったのは私の落ち度でしょう。お姉様とフレット兄様に言われて馬を出さなければいけなかったモニカの状況もわかります。しかし私に確認を怠ったモニカにも非はあります。


詳しく話を聞けば今朝、手紙で指示した時間にお姉様とお兄様が連れ立ってやってきたそうです。

そしてすでに私の鎧や鞍の乗せられたルナを見て言ったのだそうです。

「まぁ、スピカったら私のために用意してくれたのね!嬉しいわ!この子も私を主人と認めてくれるかしら?」と


お兄様は「きっと大丈夫だよ、ステラは僕らの妹なんだから」と答えルナを出すようにと指示を出したそうです。


変だなぁとは思いつつ、この馬はもう主人を定めているけれど大丈夫かとモニカは聞いたそうですが返答は問題ないだったそうです。


「なのでスピカお嬢様もご承知の事かと思い、ルナをお出ししてしまいました…私の手落ちで御座います」

深く頭を下げるモニカを私はそれ以上叱る事はできませんでした。ルナにはモニカの指示をよく聞くようにと教えていたのでルナは従ったのでしょう。ルナは賢い子ですから

それに馬の扱いには人一倍長けているフレットお兄様がご一緒なのですから問題など起こるはずもないと私は自分に言い聞かせます。



私は代わりにテミスに鞍をつけるようにお願いをしました。

テミスは現在は現役を引退し、エメンタールの厩にて穏やかに過ごしています。

まだ15歳程なのですが、本来交わらないはずの魔馬と番って子を生した事でとても弱ってしまったためです。

魔馬は不思議で同族の魔馬同士で子を生せばそれは当然同じ種族の魔馬ですが、普通の馬と魔馬が子を成すとそれは100%魔馬になるのです。魔馬が雌の場合は問題ありませんが魔馬が雄の場合は番った普通の馬には負担が大きすぎて寿命を削ってしまうのです。ちなみに、これが異種の魔馬同士での場合はどちらの種族が生まれるのかは半々だそうです。


テミスもこの前例に漏れずルナを出産後からとても回復が遅く、私は愛馬の交代をしたのです。

軍馬程の遠征は出来ませんが帝都を出た辺りまでの遠駆けはまだ出来るとの事でしたので私は予定通り遠駆けに出掛けました。



念の為の護衛の騎士を2人お願いすれば年嵩の男性と年若い女性の騎士が護衛をしてくれます。


久々に私を背に乗せたテミスはことの他嬉しそうで、沈み気味だった私の心を、軽やかに風に流してくれました。


昼過ぎに出た為まだ日は高く、秋とは言え汗ばむくらいの日差しは風を感じるととても心地よく私は久しく感じていなかった開放感を感じます。ルナとではなかった事にちょっとだけ寂しさはありますが、テミスと触れ合えたので良かったのでしょう。

次回はお姉様をお誘いして親子の馬で遠駆けも楽しそうだななどと思いながら帝都城壁をぐるりと周り帰路へとつきます。



2時間程とそう時間が経っていなかった為か未だにルナの馬房は空のままでした。今日会えなかった事は残念だと思い、しばし会いにきていなかった罪滅ぼしもかねて、飼い葉桶の中に私はルナの好きなリンゴと酸っぱい葡萄を一房入れました。

これはテミスも好物なので帰りの道すがら市で買ってきたものです。テミスは待ちきれずにその場で食べてしまったのは可愛らしくて笑ってしまいましたね



お姉様とフレットお兄様より一足先に屋敷に帰った私は汗を流して久々に家の書庫で読書をしていました。

灯りがそろそろ必要な時間になった頃に静かな書庫のドアは大きな音をたてて開け放たれました。


開けられた扉の向こうにあるのはフレット兄様です。

ドアを開ける様子からして感情的だとは思いましたが、お顔やお身体から出る雰囲気でとても怒られているのが見て取れます。



「フレット兄様、どうされたのですか?」

私は読んでいた本を閉じてお兄様の元へと駆け寄りました。

フレット兄様の瞳は色濃く怒りの色を讃えており、軍で鍛えられた迫力も相待って足がすくみそうです。私はただならぬ雰囲気に呑まれながらもお兄様の前にたちました。


「あの駄馬に何故もっと言い聞かせなかった!おかげでステラが落馬して怪我をしたじゃないか‼︎」


私にいきなりの怒号が浴びせられます。気になる単語としてはお姉様の落馬でしょう。馬の背は人の高さ程にもなります。ましてや女子供となれば自分の背丈以上です。そんな高さから落ちたとなれば大きな怪我を伴っていても不思議ではありません


「落馬ですって⁈お姉様はご無事なんですの⁈」

慌てて問えばフレット兄様の怒りの色も少し落ち着き「あぁ、擦り傷程度だ」とお答えくださいます。


心底ホッとした私が胸を撫で下ろしながら「良かった」と呟けば、何処か怪訝そうに視線を私に投げかけます。

「わざと主の決まったユニコーンを嗾けた訳ではなさそうだな」


「当たり前ですわ。それに今日お姉様がルナに乗るだなんて聞いていませんでしたもの…お姉様が無事なのはわかりましたが、ルナは大丈夫でしたの?」


「あまりにもステラを乗せたがらないからシュプールで相乗りしてルナは追走させた。目的他に着いてからステラに乗馬の練習をさせたら暴れて落馬だ。その後は猛進して池に入る始末で大変だったさ」


やれやれと言った様子で兄様は語ります。

成程その騒動のせいで帰りが遅くなられたのでしょうと思い至ります。


「ルナは無事なのですよね?」

私はもう一度問います。

「おい!擦り傷程度とは言えお前の姉が怪我をしたんだぞ?姉よりも馬の方が気がかりか⁈安心しろ、明日には会える。ステラの温情と慈悲に感謝するんだな」


兄様は吐き捨てる様に私に言うと書庫を後にされました

お姉様を心配しなかった訳ではないのですがお兄様には誤解されてしまったようです…

久々の乗馬で流れたはずの心のモヤがまた私に絡みつく思いです。

そのまま本を読む気になれず私も書庫を出ました。




その足で食堂に向かえば、お姉様が身振り手振りを交えて今日のことを家族に伝えているところでした。


お姉様は早に入った私に気づくと「あら、スピカ。いらっしゃい」と笑まれます。


「お姉様、今日はお怪我をされたと伺いましたが大丈夫なのですか?私の馬が怪我をさせたと聞きとても心配していましたの」


「えぇ、大丈夫よ!そんなに高い位置じゃ無かったから尻もち程度ですんだわ」

お姉様はそう言うとぐるりとスカートを翻すようにターンを決めます。落馬されたと言う割にとても上機嫌に見えます。


「それをお聞きして安心いたしましたわ」と私は素直に返して席に着きました。


席に着けば明日の新嘗祭での振る舞いについての話題になりました。

新嘗祭での振る舞いとは各地の領主が領民に向けて豊作への感謝を示す祝いの品の事です。転じてこの日は屋敷の人達に領主一族からそれぞれお酒や果物などを振る舞うのです。一種の物品によるボーナスのような物ですね。

私は毎年リコの実を乾燥させた物を手配しています。滋養があり生薬としても使われる品なので評判は上々です。

その他にもお父様は麦や酒、お母様からはドライフルーツ、お兄様達は毎年違った物を手配されています。被らないようにするのも大切なのです。

新嘗祭なので我が家では食料が主ですが、討伐した魔獣の素材や布などを配るお家もあるのだそうです。

これから冬へと向かう領民に少しでも良い冬支度をとの心算の結果なのでしょう。


お父様が徐に

「明日の新嘗祭は我が家にステラが帰ってから初の事だ。それ故にステラが特別な振る舞いを用意したそうだよ」

とおっしゃいます。


お母様は「あら?今年はマルメロにするんじゃ無かったの?」と首を傾げます。

マルメロとはカリンによく似た果実で食べる他に芳香剤のようにして使う事もできる香りの良い果実です。冬の娯楽の少ない中で保存も効き重宝される物なので振る舞いにも良く用いられるのですが、お姉様は首を横に振られました。


「もっと良いものが手に入ったのでそちらを振る舞いたいと思います!」

そして私にとても良い笑顔を向けられます。


「特にスピカには是非食べてもらいたいわ!本当に特別なんだから!」


その言葉に私も笑顔で「えぇ、楽しみにさせていただきます、お姉様。お心遣いありがとうございます」とお返しすればとても満足そうです。


お母様は「あらあら、すっかり仲良くなって」と嬉しげにおっしゃってお父様に寄り添っています。

お兄様達も笑顔を向けてくださり、久々に楽しい我が家の晩餐となったのです。






ー翌日ー

朝から我が家は新嘗祭の準備で慌しく、家人たちはバタバタとしていました。


今日は領地から届いたばかりの秋の初麦でパンを焼くのです。そして午後からは主従の境なく仕事の手を止め今年一年の恵みに感謝しつつ宴となる為、家人たちは必死なのです。小さい頃に聞いた話だと「此処で仕事が残ってしまうと後の宴が思う存分楽しめないから」だそうです。

私はまだお酒をいただいたことがないのでそんなに酒宴の何が楽しいのかは分かり切っていませんが皆んなの張り切りを邪魔しないように大人しく過ごしました。


振る舞いのリコの実は商会から直接私の名で厨房に入れて貰ったのは確認済みです。




日暮と共に私は夏の休暇中に購入したうちの1着を纏い宴の会場へと向かえばいつもはお仕着せ姿の家人たちが思い思いの服装で新嘗祭を楽しんでいました。屋敷で過ごす人、街に繰り出す人、家族と共に過ごす人と人それぞれ楽しみ方はあるようですが、私は毎年初日は屋敷の開放された宴の会場で家人たちと語らうのが恒例です。

その際は料理人たちが腕によりをかけて作ってくれた料理を片手にお行儀なんて気にしないで楽しく騒ぐのが毎年の楽しみなのです。いつもは一緒に食事をする事のない家の皆んなと食事を共に出来る機会はそう多くはありませんもの


辺りを見れば既にお兄様達も宴の輪の中にいらっしゃいます。



下働きから家令までがいつもと違う雰囲気で酒盃を交わす中、自然と私の手元にも料理の乗った皿が渡されます。


今朝焼き上げられたパンにお祖父様からの振る舞いの異国の果実は美しく切られ、カイン兄様からの振る舞いの魚介はアレク兄様からの振る舞いのビネガーと和えてマリネになっています。お母様からの振る舞いのドライフルーツはたっぷりの蜂蜜と共に漬け込まれて、まるで宝石のように輝いていますし、フレット兄様の振る舞いは今年はスパイスだったそうで煮込み料理の良いアクセントです。私のリコの実はケークサクレの中に練り込まれていました。



しばらくするとステラお姉様からの振る舞いだと言うお皿を受け取りました。

バケットの上に桃色に近い綺麗なお肉のタルタルが乗ったブルスケッタです。お肉は細かく刻まれた物の上に赤身と脂身の薄切りで薔薇を模った美しい品で色味のアクセントにバジルがあしらわれたものがちょんちょんと2個乗っていました。

私はその品を今年の実りに感謝しながら口にします。


上品なお肉は程よく柔らかく上質な旨味を教えてくれます。牛肉よりもクセはなく鶏肉よりも旨味の強い、今まで食べたことのないお肉でとても美味しかったのですがなんのお肉なのかは見当が付きません。

周りも皆口々に何の肉なのかと話しているようですが、あまりの美味しさに取り合いになりそうな勢いです。



私が皿の上にあったブルスケッタを食べ終える頃にお姉様がこちらにいらっしゃるのが見えました。


お姉様はとても楽しんでいらっしゃるようで私に手を振りながら近づいて来ます。


「スピカ!楽しんでる?お貴族様でもこんな風に収穫祭を楽しむのね!私嬉しくなっちゃった」


「えぇ、新嘗祭だけは特別賑やかに楽しむんですよ。お姉様にもお楽しみいただけているようで何よりですわ。それから、お姉様からの振る舞いを今いただきました。こんなに美味しいお肉は初めてだったので驚きましたわ。ご馳走様です」


そうお礼を申し上げればお姉様は口角を一段と上げられます。何故でしょう寒気と言いますか怖気がする様な心地です。


「よかった〜!スピカの為に用意したようなものだったから食べてもらえて嬉しいわ!ルナもきっとスピカの血肉になれて喜んでいるわね」


会場のざわめきの中、私の周囲だけが音を無くし持っていた皿が落ちて割れる音だけが響きました



まって…

お姉様は…

彼女は…

何と言ったの…?


お姉様はなおも言葉を続ける

「あら、大丈夫?お皿落としたわよ。昨日わたしが落馬した後あの子ったらわたしに乗られるくらいならって自分から池に身を沈めちゃったのよ。だから供養のために今日の振る舞いにしてもらったの!ユニコーンのお肉なんて中々市場にも出回らない貴重な品だし、何より癒しの力があるらしいのよ!凄いわよね!他にも素材になる部位ばかりだからそっちは処理したら振る舞いに出す予定なのよ。あっ、角はわたしがもらう約束だからね!」


彼女は、無邪気に笑っている


私が口にしたものは一体何だったの…?

答えは聞いた

でも理解したくない…

意味を咀嚼したく無い…


そう思いつつも私の体はお姉様の言葉の意味を理解すると同時に激しい吐き気を催す。


胃の中が痙攣して、喉元を先程嚥下した固形物が逆流してくるのを抑えられない…私はその場に頽れて嘔吐をしてしまった…


「きゃーーーー!!」


近くでお姉様の叫び声が聞こえるけれど私はそれどころでは無い…


吐き気は胃の中の内容物を全て吐き出すまで治りそうもなく、私の体は震えては吐瀉を繰り返すのです。

誰かが私の背をさすってくれているのですが私の体は小さく震え、血の味が混ざる苦い液を吐くまで続きました…



朦朧とする意識の中、騒ぎを聞きつけた家族が集まる声がぼんやりと聞こえて来ます


「ステラ大丈夫か?何があった⁈」


「まぁ、スピカなんて事ですか!誰か片付けと医者を連れて来なさい!」



私はすぐに壁際に連れられ、汚してしまった床は数人の家人が片付けてくれてあるのがわかりました。

私は差し出されたグラスの水を口にするのですが嚥下出来ずに吐き出しました。ですが先程のように急な事では無かった為、桶を用意してもらえたので先ほどのような無様は晒さずにすみました。



今日は身内のみの祝宴であってよかった。これが社交界でしたら私は2度と公の場で出る事は出来ないような醜態なのですから…


心が逃避するようにそのような事を考え始めれば荒くなっていた呼吸も次第に落ち着いてきます。


それを待ったか、お父様が私達に何があったのか訊ねました。

「一体何があったんだい?毒か?それとも急病か?誰でも良い、教えてくれ」




その問いにはお姉様がスカートを握りしめ、今にも泣き出さんばかりの顔で答えた。


「わたしがいけなかったんです、父さん…わたしが良かれと思った事が仇になってしまったみたいなの…今日の振る舞いで出したお肉がスピカが可愛がっていた子のお肉なの…死んでしまった子を供養するのにも良い機会だと思って出したんだけれど、受け入れられなかったみたいで…それで吐いてしまったの…

平民はお肉なんて中々口に出来ないから村で家畜が死んでしまったらこうして村中に振る舞って供養するからここでもそうだと思ったの…フレット兄様も軍で戦時中にはそう言う事もするって聞いたから…」


お姉様に寄り添うフレット兄様は肯定する

「あぁ、昨日あの駄馬はステラを振り落とした後池に入って死んだんだ。そしたらステラが供養のためにも振る舞いにしたいって言ってきたんだ。俺も良い案だと思ったよ。戦時中に死んだ馬は食って供養するなんて話はよく聞くし、平民の間では普通だって聞いてたし。いつも食べてる肉だって元々は生きてた家畜を潰して食ってるわけだからそう変わらないだろ?なのに吐き出すなんて…死んだ動物を思いやって供養する気持ちも無くしたのかスピカ」



兄様は私を貶むように睨みつけられています…

確かに今まで口にしてきた肉も魚も元を辿れば生きていた動物達

それを食べてきたのに愛馬は違うと言うのはエゴなのでしょうか…


「フレット、それは些か乱暴な話よ。普段私たちは私たちと関わり合いの無い動物だからお肉をいただけるの。いくら供養とはいえ、身近だった物の肉を食べるのには精神的な負担が普通は大きいわ。ましてこの子は軍人でもなければ極々普通の女の子なんですから…」

お母様がフレット兄様を諌めつつ私に気遣わしげな視線を送られます…が「でも…」と続けられます




「振る舞いでユニコーンだなんて中々できることでは無いわ。ユニコーンが死んでしまったのは残念だけれどこうしてみんなに楽しんでもらっているのだからスピカも気を落とさないようになさい。死したものは帰ってこないのですかね」




事前に知っていれば悲しみ弔い供養を考える事も出来たでしょう

いきなり知らされて心の準備も出来ずにいると言うのに心が無いと罵られなければならないのでしょうか…

そもそも私はいまだにあの子の死を実感出来ていないのです…


言葉を尽くすことを諦めて私はヨロヨロと会場を後にしました


会場の外まで背中をさすって支えてくれた人がヤーヤだと気付きお礼を言いますが彼女は酷く心配そうな顔で「無理をなさらないで下さいませ、あれはあんまりです」と気遣ってくれました。

せっかくの新嘗祭を私のために使わせるのも悪いからと私はヤーヤを会場へと戻します。


正直、今は1人になりたくて仕方が無いのです…

その思いがわかったのかヤーヤは何度か私の方を振り返りつつ会場へと戻りました。



明日は満月。

空に垂れ込めた重い雲の隙間から伸びる月明かりを頼りに私は1人屋敷外れの厩に足を運びました。




宴の為かひっそりと人気も灯りもない厩舎の見慣れた馬房はやはり空のまま

敷き藁だけは綺麗に整えられていますがそこに愛馬の姿はありません


飼い葉桶を覗くと昨日私が入れ込んだ林檎と葡萄が一房そのままで…





私は気がつけいつもは滅多に来ない庭師小屋の脇にある小屋に入っていました。


あまり出入りはせずとも、ここが何の為の小屋なのかは知っています。

家畜の治療をしたりする他に狩猟の獲物を解体する為の小屋です。

私の想像が正しければ…



そう重くない木扉を押せば小屋は私をすんなりと招き入れます。



そう広くない小屋の中には想像通りの光景が広がっています…

いえ、想像よりも片付いている位です。

それでもやはり私の顔は歪んでいたでしょう


瓶に詰められた赤黒い心臓等の臓器は図鑑で見る以上に生々しく、肉を削がれた後の骨は所々に肉片が未だこびりつきつつも白く見え、正面の壁いっぱいには純白の毛皮が剥がされて板に貼り付けられています。そして机の上には角を切り落とされ双眸を抜かれた愛馬の頭が置かれていました


腑分けをして魔物である愛馬の素材を仕分けていたのでしょう。それぞれにラベルが貼られた瓶の合間にある頭骨は双眸がなくともルナのものだとわかる


私は声にならない声をあげてその頭を抱きしめました。


産まれた時から知っている私の可愛いかわいい愛馬の骸を抱きしめ、嗚咽を飲み込み私はひたすらに贖罪を口にしていました

私が約束の時間に違わずに行けばこんなことにはならなかったかも知れない

私の鞍をつけられたこの子は私に裏切られた気持ちのまま逝ってしまったかも知れない

私はこの子をどんなに大切に思っていたのか伝える事も出来ないままに逝かせてしまった…



ごめんね…ごめんなさい…大好きよ、ルナ…ごめんなさい…



私はどのくらいかそこで涙を流し続けた



どうやって部屋に戻ったのかは記憶にない


気づけば見慣れたような見慣れない客間に横たわっていた


汚れたドレスではなくきれいな寝巻きだったので誰かの手を借りたのでしょう。


ルナを抱いた時に感じた血の匂いもありませんでした。





そして私はその日から一切の肉を受け付けない体となりました…

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― 新着の感想 ―
すごい……序盤で奇跡の子は演じられなくなって久しいみたいな話があったけれど、後世では亡国の愚か者だとか傾国の愚者だとかそんなあだ名になっているからだったりして
伯邑考かなと思ったら本当に伯邑考だったので何だか呆然としました。 封神演義は大好きなのでアレンジでも話題に出していただいて嬉しいです。 やっぱり家族(義理の家族)はおかしいですね。 いくら貰い子の馬で…
ハルパゴスに息子の肉食わせた王思い出した。
感想一覧
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