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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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48/80

夏の思い出をあなたと 2

大公領を出立したのはリーリアに別れを告げた翌日の朝でした。



元々予定されていなかった予定が疲労の色を濃くしている要因でしょう。しかしあの式典に参加出来たことに私は誇りと高揚を覚えるのです。


「大丈夫か?スピカ」


馬車の向かいにはアーサー様が座られています。


「えぇ大丈夫ですわ。リーリア様のお力になりたくて思いの外力を使ってしまっただけですもの」


この馬車は皇室から出されている馬車で一見すると中位貴族の馬車ですが拡張魔法がかけられており中は我が家の応接間ほどの広さを誇ります。揺れもほとんどなく私は用意された長椅子にいつもよりゆったりと腰を下ろしていました。


「君のことだから無茶をするんじゃないかと気が気でなかったよ。」


「私、そんなに無謀ではありませんわ。それに、力添えを望まれたのはアーサー様も同じではないですか?」


「それはそうなんだけど…君が結界の乙女の前では無謀を働くと君の兄上達からよく聞かされていたからね…これでもだいぶ心配したんだ」


アーサー様はプイッと頬を膨らませてそっぽを向かれます。思っていた以上に御心配をおかけしたようです。


最近のアーサー様は女性に対して軽口を叩く事も無くなり、誠実な対応を取られるようになってきました。私はこの機にその事について尋ねてみる事に致しました。



「それにしてもアーサー様はすっかりと変わられてしまいましたね。昔はよく軽口を言って女性を揶揄ったりされていましたよね?」


アーサー様は蒸し返して欲しくない傷が疼くのか頭を抱えます。

「昔の話はやめてくれ!あの時はあれがかっこいいと思ってたんだよ」


かすかに覗くお耳が羞恥で赤くなっているのがわかります。

私はなんだかアーサー様が可愛らしく思えてクスクスと笑ってしまいました。


「笑うなよ…恥ずかしい…若気の至りってやつだ」


「まぁ、今は違うんですの?」


私はクスクスと笑いながら問い掛ければアーサー様は顔を上げて

「今は振り向いて欲しい人にだけ誠実であれば良いと思っている」

と私の目をしっかりと捉えておっしゃいました。



私はドキリとしてしまって…「それは素敵な心構えですわね」と視線を逸らして返してしまいました。


私は浅ましくもそれが私ならば良いのにと思ってしまったのです。


しばし気まずい沈黙が馬車に流れると

「公爵領まではまだ今しばらくかかる。今はゆっくり休むと良い。僕がいると休めないだろ?僕は席を離れるからゆっくり休んでくれ」

と言ってドアの方へと行ってしまいます。ドアの先はチラリと見えた限り別室へと繋がっています。


いつもであれば残された事に不興をかったかと思案するところですが今回は去り際のアーサー様の目が労りの慈悲に溢れていた事もあって額面通りのお言葉なのだと捉えました。


今室内にはアーサー様が入られた部屋の前に護衛が一名と給事を手伝う側仕えが一名、女性の秘書官が一名と私以外に3名の人があります。


私は秘書官にしばし横になりたい旨を伝えると秘書官はクッションと長椅子を囲むように衝立を出してくれました。どこから出したのかと不思議にしているとお母様と同じくらいの歳の秘書官はいたずらなニヤリ顔で自分の腰辺りにある古びたポーチを叩きました。おそらくあれはマジックバックなのでしょう。


思いがけず貴重な魔法を見せてもらい笑みが溢れます。

そして少しだけ横になるつもりで私は目を閉じたのです。





どのくらい時間が経ったのでしょうか

私はふと視線を感じて身じろぎを一つして瞼を開けますとそこにはアーサー様が座っていらっしゃるではありませんか


私は「キャ…」っと悲鳴にならないような小さめの声を一つ上げると顔まで真っ赤になっていくのを感じます


「アーサー様、いつからそちらにいらしてたんですか⁈」


「少し前だよ。公爵邸に着く頃だと言うので部屋を出てみたんだけれど君がまだ休んでいたからね。とても良いものを見せてもらったよ」


アーサー様の前で醜態を晒してしまった事にもうパニック状態です。ですがアーサー様の言葉に私はハッと致しました。アーサー様は今公爵邸に着く頃だと言っていませんでしたでしょうか?私は相当の時間眠り込んでいたようで尚更居た堪れません。


「今、馬車はどちらに居ますの?」

揺れている様子も無かったので恐る恐る聞いてみると…


「公爵邸の前だよ、少し前に到着した」


私は今度は「ヒッ」と息を飲みました

初めて訪問する御宅の庭先まで眠り込みながら伺うだなんて失態に冷や汗が止まりません


アーサー様は大丈夫だと仰いますが私は大パニックです。慌てつつも優雅に見えるように気を配りながら身を起こしドレスの皺を伸ばすとクスクスと愉快そうにアーサー様は笑っていらっしゃいます。


「どうかされましたか?私何か変でしたでしょうか?」


「いや、君があんまりにも愛らしいからついつい笑んでしまっただけだ。さて、そろそろ降りようか?」


そう言って私の前に手を差し出されます。

私はその手に自分の手を重ね、羞恥を淑女の仮面で蓋をして馬車を後にしました。




出迎えてくれたのは先代公爵でお祖母様の弟君であるベルベット翁でした。

この方とは帝都で何度かお会いしていた事もあり、和やかに迎え入れて頂くことが出来ました。

馬車からの下車が遅れた事も皇族ならさもありなんと言って笑って下さいましたので、私も胸を撫で下ろしましたのです。



そしてこの領地での1週間程の滞在期間は様々な事を致しました。


鉱山の視察や宝石の加工場の見学、魔道具作りも鉱物資源が豊富な土地柄故か盛んで大変勉強になりました。


途中立ち寄った宝石の原石を扱う店ではアーサー様の瞳にそっくりな色合いの宝石を見つけました。

透明度の高い赤ですがほんのりと紫のようなピンクを混ぜたような色味の宝石でビクスバイトと言う希少鉱物であるとお聞きしました。聞けばエメラルドと同じ緑柱石の一種なのだとか



私は思い切ってその宝石を購入しようとしましたがアーサー様によってそれは止められてしまいました。

残念に思っていると「旅の記念にこれは僕から贈らせておくれ。アルテラとお揃いの装飾品でも作るのかい?」と言って原石の入った化粧箱を私に差し出されたのです。

何故アナ様の名が出たのか分からず私は小首をかしげました。


「これはアルテラの瞳の色だろ?成婚の儀も近いから祝いの品かと思ったんだが…」


「まぁ、そうでしたわね!ですが、アルテラ様への祝いの品はもう手配していますのよ。それに

アルテラ様の瞳はこちらのガーネットの方が近いと思いますわ。このビクスバイトはアーサー様の瞳の色だと思うのです」


彼の顔は見る間に紅潮して行きます。そして私は自分が口にしたことを思い返して同じく赤くなるのです…

改めて受け取ってくれと小箱を渡された私は余りの気恥ずかしさにじっといただいた宝石を見つめていました。

とても嬉しかった…幸せな心地でした。



その後買い物にも殿下はお付き合いくださり、私は久々の買い物を楽しみました。合間には帝都にもある服飾店の看板を見つけて普段使いの服とお茶会用のドレスを数点買いました。流石に着回しもそろそろと思っていたので大変助かったのはここだけの話です。



最近は服飾ギルドを呼び出しても帝都のお店に行くにもお姉様がご一緒で何か手に取ろうものなら「わたしが買うわ」と言って取り上げられ、ドレスを頼もうものならば後で自分のサイズにして納品するように指示を出す徹底のしようで私に新しい服が渡ってくることはありませんでした。おまけに請求は私の管理費からの捻出となっていたためにお母様からは最近の服飾品や宝飾品の無駄遣いが多いとお叱りを受けてしまっていたのです。その為しばらくは私の口座への振り込みはしないとの通達も受け取っております。一体どれほどお姉様はお使いになられたのでしょうか…



今はそんな事を忘れてこの休暇を楽しむべきでしょう。


滞在の最終日は公爵邸の裏にある大きな湖で船遊びを楽しむ事になりました。



私は買ったばかりの白地に緑のレースがあしらわれた夏らしい装いです。

着替えを済ませて階段を降りると既にアーサー様はエントランスでお待ちです。黒のトラウザースに白いシャツ、いつもは下ろしているだけの髪を後ろに撫で付け、黒の革手袋をしていらっしゃいます。


「お待たせ致しました。アーサー様はいつもと髪型を変えられたんですね、今日の装いとも相まってとてもお似合いですわ」


「ありがとう。スピカ嬢もこれから湖に出れば水の妖精と間違われてしまいそうなくらい可憐だね」


そんな彼と2人連れ立って屋敷の庭側から湖まで抜けると教えられた小道をゆっくりと歩きます。

時折聞こえる小鳥の囀りや青葉が風にそよぎざわめく音に包まれて歩くのは帝都では味わえない贅沢な時間です。


たわいもない話をしながら暫く進めば眼下には煌めく水面が広がります。

海とは違い波もなく穏やかな水音は落ち着くような切ないような心地になります。


「前公爵の話だとまあ少し行った水車小屋の脇に桟橋があるらしい。そこに小舟と船守がいるそうだ。スピカは船には乗ったことはあるのだったかな?」


「はい、領地で水軍の軍艦に乗船させていただいた事がございます。ですが湖での船遊びは初めてですわ」


「アハハハハ、比べるのも烏滸がましいくらい今日のは遊びだな。2人が乗るのがやっとの小舟だと聞いているからね」


「まぁ、それでは動力はどうなっているのでしょう?軍艦と同じく魔道具でしょうか?」


私の疑問にアーサー様は堪えきれず声を上げて笑い出します。


「プファハハハ、君でも知らない事があるんだね!今日の船は手漕ぎだよ。僕が漕ぐよ」


若干の笑いすぎで涙を拭うアーサー様に私は少しいじけます。

「私だって知らない事は沢山ありますわ!アーサー様は船を漕がれた事はありますの?」



アーサー様は鷹揚に頷くと湖を見つめます。

「幼い日に兄弟達と別荘の池で水遊びをしてね、その時に船にも乗ったよ。ガヴェイン兄さんとは競って遊んだものさ」


その瞳は幼い日の幻を写しているような哀愁が漂います。



「私もご一緒したかったですわ」

と寄り添えば「今日は君と2人きりさ」と歩みを進めます



ほどなく小さな小川から水を引き入れる水路とそれに隣接する水車小屋が姿をみせます。

浅瀬から伸びる桟橋の先には可愛らしい木製の小舟がロープで繋がっています。


近づくと待ち構えていたご老人に案内され、私たちは船へと乗り込みます。

先に乗り込んだのはアーサー様で揺れる船になんなく乗り込みますが、私は少しばかり足がすくみます。

「大丈夫。僕がついているからね」

そう言って手を差し出されれば私も勇気をもってその手を取り小舟へと足を踏み出します。大きく揺れる船の上で私は慌てて尻餅をつきそうになりましたがアーサー様にしっかりと支えてもらえたので事なきを得ました。


そのままゆっくりと腰を下ろすように言われてドクドクと早鐘を打つ胸の音が聞こえてしまわないかと心配になりつつも腰を下ろせば、船体は先程よりも安定します。


そのまま対面にアーサー様も腰を落ち着けると、案内人のお爺さんが船を繋ぎ止めていたロープを外し、沖へと押し出してくれました。


キラキラと陽の光を反射する水面にパシャリパシャリと等間隔に響く水音だけがまわりに響き、私たちの時間はゆっくりと過ぎて行きます。


透明度の高い水質のためか水底まで澄んでいて空の上にいるような錯覚におちいり、どこまでも広がる空に溶けてゆくようです。



気づけばだいぶ沖まで出ていたようで少し離れた場所に護衛の船が見える以外の景色はだいぶ遠くなっていました。



「随分と沖まで来てしまいましたわね…もう少し陸に近い方が良いのではないでしょうか?」


「わざと沖に出たんだよ」

漕ぐ手を止めてアーサー様は私の方をじっと見つめてきます。何やら緊張が伝わってきます。


「スピカ・フォン・エメンタール嬢」

突然名を呼ばれた私は「はい、なんでしょうか?」と気の抜けた返事を返してしまいます。


そんな事は気にも止めずアーサー様は私の目の前に白と紫の燦めく宝玉を差し出したのです。


「この聖石を受け取っては頂けませんか?」


私は目を見開き、言葉に詰まります…

これは…つまり…プロポーズなのではないでしょうか…


「学園を卒業したら君と直ぐにでも一緒になりたいと僕は思っているんだ。私の伴侶になってはくれないだろうか?」


私の疑問の答えは直ぐに示されます。


私は嬉しいのに気恥ずかしくて、それでいて心躍るそんなおもはゆい心持ちで目の前に差し出された聖石を受け取りました。


「アーサー様、謹んでお受けいたします」


返答は直ぐに出ていました。

聖石を手中に収めると私は包み込むようにその石を胸に抱きます。それとは対照的にアーサー様はヘタリと力が抜けたご様子で「よかった〜」と言うのです。



そして2人でひとしきり笑い合ってから陸に戻りました。


そして帰りの小道はアーサー様と手を繋ぎ、来た道よりも近い距離でまたゆっくりと歩いて屋敷まで戻ったのです。



暑い日が続いておりますが皆様如何お過ごしでしょうか?

ブックマークがついに500を超えまして多くの方に読んでいただけた実感に感涙絶えない佐藤です。


今後はお盆過ぎまで仕事も忙しいので投稿が遅れ気味になるかもしれませんが頑張って執筆していきたいと思います!

これからもよろしくお願いします

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― 新着の感想 ―
ここからどうステラ鬱々胸くそ展開パラダイスが始まるのか楽しみです( ノ^ω^)ノ アーサーはもステラめろめろになるのか? (´・ω・`)?
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