夏の思い出への招待
お姉様が入学されて早くもひと月半が過ぎ、現在の学園では学年末の試験の只中となっています。
私は教養科の卒業単位と試験は終わっているのですが、今年度から受講している文官科の試験をほぼ終えたところです。
基礎は同じなので差異はあってもどうにかこなす事が出来たと思います。
この期末試験が終われば本卒業の先輩方の卒業パーティーと夏季休暇が待っています。
因みにですが本卒業とは学期末に式典に出席して正式に卒業をする事です。
これとは別に飛び級で卒業に必要な単位と試験をパスした場合は仮卒業として卒業生と同等の権利を有します。
仮卒業の状態で学園の院に在籍される方や式典まで官僚試験へ向けて励まれる方、騎士見習いとして出仕する方や実家に戻り普通の生活をされる方と様々です。
勿論学科によってはギリギリの期末試験まで合格できずに単位を落とす方もいらっしゃいますけれど…
割と教養科はこの仮卒業をして実家に戻り本卒業に臨まれる方が多い学科です。何故ならその場合は実家か婚約者の家で花嫁修行を行う事が多い為です。
メリュジェーヌお義姉様のように卒業後に婚約者の家に入る事も有りますが、早い時期から婚家に慣れるようにと仮卒業を急かすお家もあるそうです。
寂しいことにシャーシャも来年度中に単位と試験に合格出来たら辺境伯領に戻るのだと聞きました…寂しいとは思いますがご家庭の方針に口を出す訳には参りません…
シア様は既に単位も学科試験も合格されていますが学園の生徒会長としてのお仕事がある為ご実家には戻られないそうです。もっとも彼女は帝都の自宅から通っているのでその必要もないというのもありますが、私にとっては味方がいるのは心強い事です。
学園の最終学年は貴族社会に出る前の最後の年。研究やお役目をいただいている生徒、単位不足か複数の学科受講の生徒以外は、社交や学園祭などの行事ごとを除けば最終学年の生徒が登校されるのは珍しいくらいかもしれません。
それを思えば成人まであと1年。卒業まではあと2年と残りの学生生活がとても短いもののように感じてしまいます。
私を取り巻く環境はあれ以来改善を見せず…むしろ悪化の一途を辿っております。
お姉様の茶会への誘いは増えたのですが、私への誘いはパタリとなくなりました。偶にお誘い頂けば言われの無い陰口をコソコソと話されるような気持ちの良いものではなかった…
お姉様の放課後の補講に付き添えば、お姉様のお友達もついていらっしゃるようになり、私が補足や細かいマナーの指摘をしようものならチクリチクリと嫌味を言われるようになりました…
それですのに、先生方からはお姉様の復習が出来ていない、補助が不足しているのでは?などとご指摘を受けるのです…
お姉様は頭の回転はやはり良いのですがいかんせん貴族社会のルールを無視する傾向が強いので年若い先生方からはどうにかするようにと私が再三注意を受けております。
また、お姉様が補講中に私が別件の指導をいただけば「姉君の勉強ではなくご自分の事を優先されるのね」などといわれ、何も知らないくせにと腹立たしくもありました。お姉様のお友達が居合わせる場でお妃教育は出来ないとネフェル先生には言われてしまうしで本当にやるせなさが積もります…
こうなってくると本当に実家たるエメンタール家に帰ってストレスを溜めるのも億劫になり、お姉様の入学からこちら実家には帰っておりません。夏季休暇中は帰らねばならないと思うと心ばかりか体までが重くなる心地です…
さて、寂しい話はこのくらいで夏季休暇の事をおさらいをしましょう。
夏季休暇は真夏から秋口の間までの2ヶ月近くもある大型休暇です。
学園の卒業パーティーの後から始まる休暇は秋の新学期に向けての準備期間ともなります。
幼少期のはこの休暇中にお兄様にご都合付けていただいて家族で領地へ行ったのは良い思い出です。
この休暇中にある建国祭をもって年度が切り替わり私達国民は一つ歳を重ねます。いわば国と国民の合同誕生祭ですわね。
建国祭前日に生まれた子はどうなるかといえば、次の日には1歳にるので不思議な感覚ですが産まれた年号を聞けば年が分かりやすく管理しやすいメリットがあります。
他国では新年に同じように歳を重ねたり、或いは各自の生まれた日に歳を重ねたりするらしいので面白いですね
寮もこの建国祭の前後は閉寮となるために家へと帰らねばなりません。
私がその事に思い悩んでいると。シャーシャから提案を受けました。
「もし、パールが良ければなんだけれど私の実家に遊びに来てみない?辺境で何も無い所なんだけれど、雄大な自然だけはあるの。移動にも時間が掛かってしまうから無理にとは言わないけれどどうかしら?」
シャーシャのご実家は、北の辺境伯領。帝都から馬車旅で8日、魔馬ならば5日程かかる遠方の地です。更には帝国を守護する結界の外となる為危険も増す地域となります。流石に私も二つ返事では頷けないのですが提案自体は魅力的です。
「ありがとう、シャーシャ!でも流石に家に伺いをたてないと返事が難しいわ…でも、許可が降りたら是非ともご一緒したいわ!」
「そういうと思ってもうパールの家には使いを出しているの!それと第三皇子様にもお誘いをお出ししてるの!私の婚約者が近衛の関係でお付き合いがあるのよ」
なんと手回しの良い事でしょう
でも、驚きつつも嬉しい私がいます
「まぁ、シャーシャ…持つべきものは友だわ」
そう言って淑女とは遠い行動ですがシャーシャに私は抱きつきました。
嬉しければ私だって淑女の仮面を脱ぎ捨てる事くらいあるのです。
「あらあら、パールったら…それにね、私の婚約者にあなたの事を誤解したままにして欲しくなくて…」
彼女はくすりと笑った笑顔のあと、少し眉根を寄せた困り顔になった。シャーシャが語るにはどうやら彼女の婚約者は私の悪い噂を耳にして私との交流を断つように迫っているらしいのです
「シャーシャの婚約者といえばコロイド侯爵様よね…そんなところまで私の噂は広まっているのね…」
「えぇ…彼の妹さんは今の第一学年でしょ?それで机を共にする奇跡の令嬢に感銘を受けちゃった派なのよね…それであちら側のお話ばかりご実家でされているみたいなのよ…私の事も悪女の味方と言って最近は避けられているわ」
「それは…シャーシャまで巻き込んでしまって申し訳ないわね…」
「パールが気にする必要はないわ!それに本質を見抜けないのは社交界では致命的なことよ。学生のうちに学べて彼女は幸せだわ」
私達は寮の食堂の隅で2人笑い合った。
4日後には実家とアーサー様からの返事が届きました。
アーサー様は私の都合がつけばご一緒してくださる事になりました。
またその過程で、北の大領地に立ち寄り聖石の奉納を行うのだそうです。北の大領地は大公領地で地の力は紫と貴重な色味の聖力です。その為1年に一度はお兄様の研究が発表されてから皇族の方の中でも強い紫の聖力を持った方が聖石を奉納しているのだそうです。
実家からはお祖母様のご実家である公爵家を経由滞在することを条件に許可がおりました。
これで夏の間実家に帰らなくてもすみます。
お祖母様のご実家は北西の大領地と北の大領地の中間にある中領地です。面積は多くはありませんが鉱山が大半を締めており宝石等の鉱石の産出が多く金銭的に豊かな土地だそうです。
山が多い土地柄農耕には向かないけれど豊かな山のおかげで避暑地としては良い場所だからとお祖母様が渡をつけて下さったそうです。
こうして私の夏季休暇の予定は埋まりました。
まずは、帝都を魔馬の引く馬車で北の大公領を目指します。大公領まではおおよそ3日で到着の予定です。ここまではシャーシャと共に行く手筈になりました。大公領地では更に2日程滞在し、その間にアーサー様と合流してお祖母様のご実家であるベルベット公爵家へと1日で移動し、1週間の滞在をします。
その後2日かけてシャーシャのご実家であるマール辺境伯領でさらに2週間ほど滞在してから学園に戻る予定となりました。
急な予定でしたのに周りの協力のおかげもあって都合をつける事ができたのは僥倖でした。
因みにですがこの夏季休暇の間、エメンタール家の家族は揃って領地へと戻られるそうです。今回はフレット兄様が仕事の都合で帝都を離れられないのでお父様、お母様、アレク兄様とお姉様で領地へと向かうそうです。私がその事を聞いたのは今年度の卒業パーティーの前日で出発は三日後だと聞かされ、少しばかりモヤモヤとした気持ちにもなりましたが、私は私で楽しい旅行に出るのですからと気持ちを切り替える事に致しました。
卒業パーティーは在校生の出席が必須では無いので親しい先輩も居ない私は出席を見送りました。
お姉様は出席されたようですがその時の様子などは分かりません。知ろうと思えば知れたかも知れませんが私はそちらよりも今回の旅路がとても楽しみでしたのでそれどころではありませんでしたわ。
後々社交が不慣れなお姉様を1人でそのような場に送り出した事に対する叱責を家からは受けましたがご相談も打ち合わせもなく対応できる事柄では無いでしょうにと呆れるほかございませんでしたが、家族なのだから対応して然るべきだったそうです。
最近では私が学園内で評判を落とし、お姉様を虐げているとの噂を耳にされたようで私に対する対応も硬化してきております。
そのため以前以上にエメンタールの帝都邸に居場所がないと感じております。
ですので本当に私にとってシャーシャの招待は助けになりましたし、私の人生の中でも心の底から楽しめる最後の夏となったのです。
最近ちょっと主人公を虐めすぎたので少しばかりモヤモヤの少ない話を投稿したいと思います
またモヤモヤには戻る予定ですが少しの休息をお楽しみください




