ステラの腕飾り
教室へと戻ればやはり話題はお姉様。家族が話題の中心というのは誇らしいような恥ずかしいような心持ちでいると、先生がお姉様を連れ立って入室されました。
お姉様は緊張される様子もなく笑顔でおります。
淑女の笑みではなく普通の笑顔です。
「先ほども紹介がありましたが改めて皆さんの仲間を紹介いたしましょう。エメンタール伯爵家のステラ嬢です。同じクラスの一員ですが刺繍やダンス以外の礼儀作法と一般教養など複数の授業は別学年と共に学ぶ予定です。共に過ごす時間は少ないかもしれませんが彼女の良い手本となるように皆さんお励み下さいね。今日の第一講義はオリエンテーションとしてステラさんとの交流の時間としますので楽しいお時間をお楽しみ下さいな」
そして一歩足を進めるのはお姉様だ。
「みなさん、改めてはじめまして。ステラ・フォン・エメンタールです。みなさんと早くお友達になりたいのでなんでも聞いてください!」
最初は戸惑い気味だった学友達も興味が勝ったのか1人、2人と質問を重ねてゆく。
「劇を見させていただきましたが、本当にあのような暮らしぶりでしたの?」
「劇は脚色も色々がしてあるけど大体あんな感じです。実際は劇よりも酷かったな…でもそれは今恵まれてるから言える事で当時はそんなに酷いっては思ってなかったんですよ」
「髪を切られたことも寂しくはありませんでしたか?」
「それみんなに聞かれるんですけど、結構私が育った村では当たり前で、飢えるくらいなら髪を売るのは当然だったんです。逆に貴族の人が長い髪にこんなに思い入れがあるんだってびっくりしたくらいなんです」
「好きなお茶はございますか?」
「お茶を飲む習慣がこっちに来てからなのでまだまだ勉強中です。答えられなくてごめんなさい…でも、皇后様から頂いたお茶は美味しかったので好きです!」
皇后陛下の名前が出れば自然と先日のお茶会の話を皆が聞きたがります。
その後も問答は続き、私も知らないお姉様を知ることが出来ました。少しばかりですが近づけたような心持ちになります。
短い期間でしたが色々と重なったあれやこれやで私も珍しくお姉様に対して苦手意識がありましたので、知ろうとする努力を怠っていたと痛感させられました。
「はい、そろそろお時間です。まだまだ聞きたいことはあると思いますがこれ以降は各自で交友を深めてくださいね。では、次の講義には遅れないように。第一講義を終了します。」
先生に促され質疑応答は終了します。
先生の退席後、お姉様は私の席まで駆け寄って来られます。
「ねぇ、スピカ!わたし変じゃなかった?大丈夫だった?」
少しばかり不安そうなお姉様は先ほどの自信や気力が薄れていらっしゃいます。
お姉様の不安を振り払えるようにと私は微笑みながらお姉様に言いました。
「えぇ、とてもご立派にご挨拶も質疑応答も対応されていたと思いますわ。さすがお姉様です。」
お姉様は何故か少し眉を顰め、眉尻を下げ悲しそうなお顔になりました。
「本当にそう思う?いつものように叱らないの?」
驚く事に少し怯えた様子でそう問いかけるのです…
「お姉様?何をおっしゃっているのかわかりませんわ…お姉様を叱るだなんて私…」
「いいの!大丈夫よ!学校では言えないこともあるのよね…ちゃんと家でお叱りは聞くわ…それより、わたしの鞄はどこ?教科書とかを出しておきたくて…」
私の弁明は途中で遮られ、話題も変えられてしまいました…
私はお姉様の前にカード型の鍵を出しました。
「こちらがお姉様のロッカーの鍵です。仮登録で私の聖力を登録してありますので開錠してからお姉様の聖力を通して本登録を致しましょう。」
そう言って私は腰を浮かせ、教室の外へと足を向けます。お姉様はカード型の鍵が珍しいのか手に取って裏返したり弾いたりと手の中で弄んでいます。
この鍵は実はお兄様の発明品で学園内で昨年より試験運用しているものなのです。利用者の聖力を登録し、本人以外が開けることが出来ないシステムなので安心だと好評なのですがまだ一般で使用するのにはデータが足りないと言われたお兄様に、学園内での運用を提案して導入された経緯があります。もしもの時のために本人以外だと学園長先生が開錠出来る機能付きです。
そして、仮登録で一時的に使用することも本登録で永続的に使用することも出来る画期的な魔道具でもあります。
そして備え付けのロッカーは教室を出て直ぐの扉のない控え室にございます。
休息時間となった今、お姉様を気にかける方々が私達を遠巻きにする視線を感じます。
その視線の中ロッカーの前まで行くと使い方をお姉様に説明し、弄ばれてやや温もりのある鍵を受け取り、開錠をして鞄を取り出してお姉様にお渡しします。そして仮登録の取り消しをしました。
「お姉様、カードとロッカーのこの部分にお姉様の聖力をお流し下さい。それで登録は完了します。それ以降は登録の解除をしない限りお姉様以外の方は学園長先生以外開けることは出来なくなります。」
「ねぇ、聖力ってどうやって流すの?」
お姉様の質問に私は困惑しました。貴族の子弟なら幼い頃から聖力についての教育を受け、聖力を流す訓練を受けるためです。私の記憶が確かならばお母様から頂いた資料にも魔法の訓練をカイン兄様から受けていると記載されていたはずです。
「お姉様は魔法の授業をお兄様から受けられましたよね?その時と同じように体の中にある力を感じて流せばよいのですよ?」
「ひどいわ!わたしがまだ聖力の力を使いこなせないのを知っていてそんなふうに言うのね!どうせわたしは平民育ちで貴族の魔法も上手く使えないわよ…そうやってわたしをいじめるのね…」
顔の前に両手を当て涙を流すお姉様の言分が理解出来ず、私は一瞬頭が真っ白になりますが直ぐ様言い返します。
「そのような意図では御座いません!お姉様、誤解です…私はただ力の使い方をご説明したくて…」
少しの嗚咽の後お姉様は顔を上げる。
「ごめんね、わたしったら、緊張してたみたいで気も昂っちゃってて悪く取ってしまったみたい…」
「そんな時も御座いますわ。取り敢えず一度こちらにどうぞ」とベンチをすすめてみる。
こくりとお姉様は頷くとベンチに座り、鞄を抱いて涙を拭うようにハンカチを当てています。
私は「一度試してみましょう。お姉様なら直ぐに出来てしまいますわ」ととり成せばそっと人差し指をカードへと伸ばしてくださいます。
その後数度の挑戦をしてどうにか登録は完了しました。
本日は私はお姉様のサポートとして学園内の案内やカリキュラムの説明が主です。単位をほとんど取っていた為融通がきくのは有り難いことですね。
学園の休息時間は20分程と長めなのですが既に半分を過ぎた頃でしょう。思ったよりも時間がかかっていますが致し方ありません。
そして考えていたよりもお姉様目当ての方々が集まっております。先程のやりとりで余計に注目を集めてしまっていたようです。
そろそろ移動でもしなければ教室移動の方々の邪魔になってしまうでしょう。
「お姉様、教科書は後ほどに致しましょう?そろそろ校内をご案内したいと思っているのですが…」
そう声を掛ければお姉様は慌てたように鞄を探っています…なんだかとても嫌な予感がいたします…
「…いの…ないの…ないの!わたしのブレスレットがないの!」
お姉様の金切り声に移動を始めていた観衆も足を止めてこちらを伺います。
「お姉様、どうしたと言うのですか?何があったのですか?」
私はつとめて冷静に聞くのですがお姉様は私に「どこにやったのよ!ひどいわ!私が気に入らないからってこんな嫌がらせ酷いとは思わないの?あれはお兄ちゃんからもらった大切なブレスレットだったのに‼︎」と捲し立て私の前で頽れます。
私には何のことだか分からず今日何度目かの思考停止状態です…
騒ぎを聞きつけて誰かが先生を呼んでくれたらしく近くの人を掻き分けるようにネフェル先生がいらっしゃいました。
「何事ですか?ステラ嬢、スピカ嬢。どちらでも良いのでご説明なさい。」
厳しめのお声を掛けられます。騒ぎを起こしているのですから同然でしょう。ですが私は状況が分からず回答することがかないません。
軽い嗚咽を飲み込みながらお姉様が声を上げます。
「スピカが私の大切な腕飾りを取ったんです!お守り代わりに鞄に入れておいたのにスピカに預けていた鞄を開けたら無いんです!学園についてからスピカが鞄を持ってくれるっていうから預けたのに…こんな事するなんて…やっぱり私の事が気に入らないのね!だからってひどいわ!」
ネフェル先生は私に視線を合わせて問います。
「ステラ嬢はこう言っていますが事実ですか?」
私は直ぐに返します
「覚えが御座いません。そもそも、お姉様が腕飾りをお持ちになっている事自体存じ上げませんでした。ですが鞄を預かったのは本当です。先程までそちらのロッカーに預けておりました。私は一切鞄の中を見てはおりません」
先生は深く息を一つ吐くとまずお姉様に向きます。
「ステラ嬢、学園内への服飾品の持ち込みには許可が必要なことはご存知ですね?先日私からご説明致しましたので知らなかったとは言わせません。」
老女と言われて差し支えのない躯体からはとても背筋の伸びるお声が発せられます。お姉様も厳しい声に涙もひいたようで、小さく項垂れています。
そして先生はまた私に視線を向けます
「スピカ嬢、重ねてステラ嬢の鞄を漁るなどという浅ましい行為はしていないと誓えますか?」
「帝国の太陽と乙女の当代様方に誓ってそのようなことは致しておりません!」
私の返事は早かった…
皇帝陛下と国の守護者に対して誓う私に周りの疑いの目は少しばかり緩んだように思います。
これで私が本当にお姉様の腕飾りを盗んだとなれば私は斬首されてもおかしくない程の誓いをたてたからです。
「良いでしょう。話を詳しく聞きますのでお二人は私と共に来なさい。他の生徒たちはそろそろ次の講義の時間でしょう。各自移動を開始なさい。今見聞きした事は風聴しないように!よろしいですね?」
野次馬と化した観衆は先生の一喝で蜘蛛の子を散らしたように立ち去って行きました。
私達も先生の背を追うようにその場を離れます。
その時に見えたお姉様の表情はとても先程まで泣き叫んでいたとは思えない程に暗い笑顔で…私はゾッといたしました…見間違えであって欲しいと一呼吸おいてみてみればいつものお姉様よりも憔悴した様子で静かに先生を追っています。
私が見たものがまるで幻だったかのように…




