カイン視点 1
私が8歳の頃に妹が産まれた。
私には1つ下に少し腹黒の3つ下にヤンチャで生意気な弟達2人がいた。
私は妹が欲しくて、母様の懐妊がわかってからは夜空に毎夜願っていたほどだ。
しかし、妹に会う事は叶わなかった。
生後2日目の朝に妹は忽然と姿を消したからだ。
当時貴族の幼児を対象として誘拐事件が多発していた。自身も父から注意するようにと話があったばかりであった。
両親の嘆きは凄まじく特に母は半年近くも伏してしまった。私自身、腹の膨らみの消えた虚な母をみてどうしようもない虚無感に苛まれた程だ。火が消えたとはあぁ言う事を言うのだと今さらに思ってしまう。
明るく希望に満ちていた屋敷は重く暗い雰囲気に包まれ気鬱な空気が漂っていた。どこに行くにも護衛が付き時折母の嘆きが響くそこは私にとって監獄にも近いものと化して行った。
そんな中私は屋敷の図書室に籠る事が多くなった。最初は気晴らし。次に知的好奇心が満たされる高揚。そして妹奪還の手掛かりはないかとの打算。まぁ、最後のは子供の浅知恵で、当時の大人達は八方手を尽くしていたのだと今なら分かる。
そんな中でも私は魔法学にのめり込んでいった。聖力を使い無から有を生み出したり自身の資質を高める学問はとても面白く、後に私はこの魔法学の分野で神童、天才と称されるようになった。
そんなこんなで半年近く過ぎた頃、珍しく晩餐の場に母が顔を出していた。そして父から「突然だが養女を迎えることになった」と告げられた。成程母の血色が良いわけだと何処か納得したものだ。その後初めて妹のスピカと対面した。
この屋敷で1番庭が綺麗に望め、明るく日差しの差し込む部屋のベビーベッドの中に見た事もないくらい可愛らしい赤子が寝かされていた。
私が近寄ると小さな手をいっぱいに伸ばしてくる。
思わず私はその手を突くように指を伸ばしていた。そして触れ合った刹那スピカは私の指をギュッと握り、微笑んで見せたのだ。私の心は射抜かれたように早鐘を打ち体が高揚した。そして、この小さな妹をしっかりと守って行かねばと決意した。何者からも奪われないように。
その後、私達兄弟の…いや、家族全員の生活の中心はスピカだった。朝から晩まで私達兄弟はスピカの部屋に入り浸った。スピカはそれはそれは可愛らしかった。家族が近くにいるだけで大抵はご機嫌でニコニコしていた。偶になぜ泣いているか分からない様も可愛らしかった。歯が生えかけてむずかる様子、初めて髪を結われて直ぐにリボンを取ろうとする様子、初めてのハイハイに掴まり立ちも家族で一喜一憂した。光がさすとはこの事なんだと実感する程に眩い日々だった。
スピカに「おにーたましゅき」と言われた日は記念にパーティを開いたし、夜が怖いと言われれば私の代わりだよとお気に入りだったぬいぐるみをプレゼントした。
甘やかし過ぎている自覚はあったがスピカが可愛すぎるのがいけない。あんなに可愛い妹に私は嫌われたくない。1番大好きな兄様でいたい。
そんな想いも相まって砂糖菓子のように愛でた。
それは他の家族も同じ思いのようだった。
母はドレスを着飾らせスピカを褒めそやしていたし、父も政務室にこっそりスピカを招き入れて膝に乗せて仕事をしていたのを知っている。
直ぐ下の弟は音楽の才があったので毎晩スピカの寝る前に竪琴やピアノを弾いてやり、2番目の弟は無尽蔵の体力でスピカと遊んでいた。私は少し大きくなったスピカを膝に抱えて本を読んでやる事が多かった。
そんな穏やかな日常も3年が過ぎ私は飛び級で国立学院で魔法学を学ぶことになり、1週間に一度の帰省しか出来ない生活になった。これは今もあまり変わってはいないのだが…。スピカが「物知りなお兄様すごいです」と綺羅綺羅した目を向けてくれたから自身の勉学に力を入れられたのだといまも思っている。スピカの前で知らないなんて言いたくなかったからだ。スピカも家族も入学をとても喜んでくれていたし、中々会えなくなると寂しそうに拗ねるスピカを励ますと他の兄弟達に優越感があった。私がいない事にスピカは寂しがってくれると。
実際にはスピカ以上に私の方がスピカと離れるのは寂しかったし、1週間に一度しか会えないのは辛かった。
だから帰省の際には絶対に土産を持って行くようになった。流行りの本に似合いそうなドレス、小物やアクセサリーがスピカの部屋には溢れるようになった。私からのものだけでは無いのだが…
「おにいさま、いつもおみやげをいただくけれど、スピカはいっぱいあるからだいじょうぶよ?それよりもスピカはにいさまがごぶじでかえってきて、スピカとたくさんあそんでくださるほうがいいわ!」
こんな可愛いことを言う妹は世界中探してもここだけだろう!私は本当に幸せな兄だ。
これだけ甘やかされているのに我儘で癇癪持ちになる事もなく気遣いのできる素晴らしい妹だと学園でも自慢しまくったくらいだ。
さらに四年もすると私は学院の学生から研究者として在籍する事になった。そこで一つわかった事がある。
やはり私の妹は特別だったのだ。
この国では国教として聖パレス教を定めており、殆どの家で生後1ヶ月から3ヶ月の間に洗礼を受け聖力の有無を精査される。辺境の村々などは司祭が収穫祭の際に一斉に行うらしいが都市部やある程度の街には教会があるので、辺境はある意味例外的だ。
その時に貴族の家で聖力の無い子供がいた場合にはほとんど養子に出されるか、教会へ預けられる。なぜならこの国で聖力の無いものは貴族籍にのせられないからだ。
因みにだが、聖職者は貴族の三男坊や元令嬢が多かったりもする。家督をつげなかったり、諸般の事情により婚姻に差し障りがあった場合に出家するのだ。そして国教の為自発的な出家の場合は準貴族として遇される。
逆に平民の子供に強い聖力があった際には貴族家へと養子になるシンデレラストーリーがあったりする。しかしそんな事は20年に一度あるか無いかの出来事である。
聖力はある程度釣り合いの取れているもの同士で無ければ子供が出来難いと言うのが理由でもある。
そしてこの制度は国防の為の制度でもある。
この国の初代皇帝の娘が大変稀有なギフトの持ち主で国防の要として結界の乙女というシステム名の魔法を作り出した。
ロストマジックの一種で詳細についてはまだ分からない事も多いのだが、私は現在この魔法の理論の研究を主軸に置いている。メカニズムが解析出来ればとても有用な魔法であるからだ。
メカニズムはわかっていないがこのシステム魔法は現在も使用発動されている。概要としてはこの国の主要7都市其々の大聖堂を軸に6人の乙女を生贄に結界を発動させるというものだ。最中心である王都の大聖堂は初代皇帝の娘が楔として、そしてそれをぐるりと囲むように大領地の都市では聖力のある生娘達が6人志願してその役職につく。この6人は聖力が尽きる寸前までお役目の眠りにつき、次代の乙女へと引き継がれると同時に目覚め栄誉ある余生を過ごす。聖力が多ければ多いほどお役目の眠りは長く、少なければ短い。長ければ30年以上も眠りについてしまうのだから。
この乙女の選出が6つの都市其々を治める領主貴族達にとって悩みの種だった。乙女の称号は栄誉であると同時にある種の人身御供とされるからだ。
人の親ならば自分の娘にはひとかどの幸せな人生を送ってほしいと思うものだ。それ故に成り手がいない。近年は質が下がり口減しの為に男爵や準男爵家の聖力の少ない娘を買い三、四年の短いスパンで交換する効率の悪いやり方が主流になっている。
こんな話を7歳のスピカは真剣に聞いていた。私はこんなすごい魔法の研究をしているのだと、妹に自慢したかっただけだったのだが、スピカは乙女の当代様方が可愛そうと涙した。そして、建国来の重鎮である我がエメンタール領にも件の教会がある事を知り、ご当代様をお慰めしたいと言い出したのだ。
その後夏季休暇中に領地へ行くのでその時にご当代様を慰問しようとなった。自身の研究の為とスピカとの旅行。我ながら良い計画だった。
まさかあんな事が目の前で起こらなければ…




