特待生の知らせ
その通達を聞いたのはカインお兄様のお式も終わり、皇太子一家に姫君がご誕生が知らされ国が歓喜に沸いてからしばらくの事でした。
私は大きな行事ごとで滞っていた雑務を片付けながら平穏な学園生活を楽しんでいる時、生徒会役員の招集があったのです。
生徒会室には既に先輩や学園長先生と何名かの先生がいらっしゃいました。
所定の席について待っていると他の役員も直ぐに集まり席に着きます。
「全員集まりましたわね。では早速ですが本題に入りたいとおもいますわ。学園長先生どうぞ」
会長であるシアが一同を見回してから発言されます。
一歩前に出てきたのは白い顎鬚が豊かで小さめなメガネにローブ姿がいかにも魔法使いといった初老の男性です。この方がこの学園の学園長先生でカイン兄様の魔法学の師でもあるヒューバート先生です。
先生はコホンと咳払いを一つつくと話し始めます。
「この度我が学園に新たなる学徒を迎える事になった。この中にも縁のあるものが居るので既に知っているかもしれないが、その者の名はステラ・フォン・エメンタール嬢。奇跡の令嬢と言われた方が馴染みがあるかも知れないな。彼女は来年度の入学ではなく来月頭からの編入となる。学年と学科だが、第四学年の教養科となる。同じクラスになる者もこの中には居るが、その者達には率先して彼女を手助けして欲しい。周知の通り平民から貴族へと迎え入れられた経緯から貴族知識が不足しているとご家族からも相談があった。生徒会の皆々には学年、性別を超えて助力を乞う事になるだろう。」
学園長先生の言葉は私にとっては重たい鉛玉のようでした。
お姉様の事なんて家からは何も言われてはいなかったのですもの…そもそも兄様の結婚式後からは学園の試験や音楽祭などの行事準備が忙しく家にも帰っていなかったのですが…
それにしても手紙などでお知らせくださっても良いものではないでしょうか…
学園長先生の話は続きます。
「先ほども述べたように彼女にはハンディがあるので最大限のサポートをと陛下より指示されておる。そこでネフェル先生とマリアナ先生を選任のサポート講師とし、彼女には特別授業を開講する。そして学園生活のサポーターとして彼女の妹でもあるスピカ嬢には特に尽力してもらう事になる。故に生徒会活動等では皆に負担が増える事も予想されるが優秀な君達ならば問題はないと儂は信じておるよ」
顎鬚を撫で付けながら先生がおっしゃった内容を私は反芻して飲み込みます。何故決定事項のように私がお姉様の補助要員なのでしょう…そしてあのおっしゃりようですと既に私は承知しているかのようです。
「お待ちください、学園長先生。スピカ嬢は生徒会の他にも多くの活動をされています。姉君の件、配慮が必要なのは承知しましたが、スピカ嬢を指名されなくても良いのではないでしょうか?」
言葉を発したのはシャーシャです。寮生活も共にする彼女は私の動揺や私の置かれた状況から私を慮ってくれたのでしょう。その気持ちが何よりも私を励ましてくれます。
しかし…
「ご家族からも皇室からも1番身近な親族の方が何かと力になりやすいだろうとのご配慮だよ、シャリーシャ嬢。何よりスピカ嬢の了承は得ていると聞いている。」
と学園長先生の言葉が返される。
シャーシャは「浅慮でした」と頭を下げて席に着きます。
その一瞬の間に私とシャーシャの目があったのでアイコンタクトで私は知らないと訴えますが彼女は納得していなさそうです。
その後は学園長先生や他の先生方から今後の方針や特別授業の際の対応についての説明がなされ、一通りのお話が終わった後に解散となりました。
退室される間際に学園長先生から「よろしく頼むよ」と肩を叩かれましたが私は曖昧に微笑むにとどまりました。
先生方や学年の違う役員が去った後の部屋に残されたのはシャーシャとシア、そして私の3人です。
「さて、説明してもらいましょうか?パール…一体どう言う事ですの?お姉様が見つかって帰ってきたのは聞きましたけれど入学が来月とは私達聞いていなくてよ?」
生徒会長用のデスクに腰掛けてシアが問うてきます。
「まって、シア。私もさっき聞いた話が初めてで先生がおっしゃった以上のことはわからないの…それにサポートの件も勿論知らなかったし了承もしていないのよ?」
「それは本当?さっきは貴女が珍しく戸惑っている様子だったから口を出してしまったけれど…」
「本当よ、シャーシャ!貴女なら私が最近は家に帰っていないのも私宛の手紙など届いていないのも知っているでしょ?」
寮では家からも友人からであっても手紙は家族の訃報を知らせる物以外、須く寮の食堂で夕食後に手渡しで渡されるのです。
「それもそうね…でも、それならなぜ貴女の了承は得ているなんて先生は仰ったのかしら…」
憶測ですが私には確信がある答えがあります
「多分ですけれど、前に『私にお姉様に出来る事があればお手伝い致します』とお母様にお話ししていたのです。それで了承したとお考えになられたのかも知れませんわ…もしくは家族の大事なのですから支えるのが当然と思われているのやも知れませんし…
どちらにしても私に一報あればこんなにも戸惑ったりなどしなかったのですが…」
「パールも大変ね…でも、奇跡の令嬢にお会いできるのは実は私楽しみですのよ!先日の披露宴の時にお見かけはしましたけれど主役の1人という事もあって中々お近づきになれませんでしたもの…」
あの日のトラブルを2人は知っています。なんならシアに至っては私にわざと飲み物をかけたように見えたと言ってお姉様に抗議しようとされたそうです。
しかしお祝いの席でしたし、当人である私は早々に引き上げたのでそうはならなかったと聞いています。
「そうね、私も二、三言葉を交わしただけでしたし…それにしても今回は皇后陛下とのお茶会でそのお心に留まったと言われているけれどパールは何か聞いていて?」
皇后陛下とお姉様がお茶会をしていた事自体が私には初耳です。
「ごめんなさい…そのお茶会の話自体が私は初耳なのです…でも、姉の突飛な貴族の考え方にはまらない言動が皇后陛下には好ましかったのかも知れないですわ。あの方はつまらない事を嫌われますから…」
合点が入ったと頷くのは皇后陛下と何度となくお茶会を共にされているシアです。彼女は義母となる皇后陛下の事は、特に気にされています。
「なんにせよパールは忙しくなってしまいそうね…パールと語らう時間がまた少なくなってしまうのは寂しいけれど無理はなさらないでね」
シャーシャは私の手を握りしめて心配をしてくれます。
私は「落ち着くまでのことですわ。とても社交的な方ですからすぐに私はお役御免となるに決まっていますもの」と笑って見せるのでした。
本当に何も知らない私からはこれ以上は何も聞き出せないと2人とも悟ったのでしょう…その場は自然とお開きになり解散となりました。
寮に戻ると私ははしたなくベットへと倒れ込みます。
陛下よりの命を辞することは出来ませんし、私自身お姉様を支える気持ちはあるのです。
なのに何故お父様もお母様も勝手に決めてしまわれたのでしょうか…せめて本当に知らせの一つでもあればこんなにも心を痛める必要はありませんでした。
皇后陛下とのお茶会の件だってそうです。社交の場での情報は武器ともなります。ですので家族間での情報の共有は常識的なものです。
今回、お姉様の学園入りも、お姉様が皇后陛下とお茶会をされたのを知らなかった私は家族なのに大事な事も教えてもらえないような社交的価値の薄い者と見なされ、嘲笑の種となるところでした…
今回は生徒会に身を置いていたので学園中に知れる前に知る事が出来た事と、私とも仲の良いシアから話を聞けた事は僥倖でした。他の方からでしたら本当に恥を晒すところだったと思うと身震いがいたします。
お忙しいのもわかるけれど、私の身を案じてはくださらないのね…
しばらくベットでぼんやりと過ごすとやらなければならない事が見えてきます。
落ち込むだけ落ち込みました。
後は出来ることをするのみです。
気持ちの切り替えは淑女の嗜みの一つ。モヤモヤとする心の内を明日からは悟られぬようにしっかりと鍵をかけ、自分の出来ることから解決出来るように努力致しましょう…
私は手始めに手紙を書き始めました。
一つはネフェル先生とマリアナ先生に今後のカリュキュラムに関するお問い合わせとご相談に関するお手紙を
もう一つは家に今回の件についての詳細な情報共有を願う内容と今後の方針について指示があれば教えて欲しい旨の手紙を
そして、婚約者候補であるアーサー殿下にはお茶会について何か知らないかとのお問合せを
最後にアリッサに家の様子や私の知らない情報を教えて欲しいと書いた手紙を用意しました。
思いの外落ち込んでいたからか手紙を書き終えたのは深夜。墨よりも濃い宵闇に美しい星々が煌々と輝く頃の事でした。




