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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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皇后のお茶会

その手紙が届いたのはカインの結婚式から2週間ほどしての事だった。



木蘭色の封筒に押された封蝋はドラゴンに薔薇の意匠。皇帝陛下の正室である皇后陛下の印である


カインの結婚式以降に実は皇室にも慶事があった


皇太子夫妻に第一子となる皇女殿下が誕生されたのだ。

なのでこの時期に皇室から手紙が来るなどとはエメンタールの家人一同思ってもなかったのだ。


勿論国を挙げての慶事故にエメンタール家からもお祝いの品は献上したがその返事が皇后陛下から来るのも考えづらい。




恐る恐る手紙を開けた夫人は肩の力が抜けた。

何のことはない。

極々私的な茶会への招待だった。



ただ読み進めるうちに夫人の表情は曇る


手紙にはこうあった

『是非とも奇跡と呼ばれる花と共にお茶を楽しみたいものだわ』と…


この場合の花などは年頃の娘のことである。そして奇跡と冠すれば昨今はステラの事に他ならない。



この場合は名指しでお呼び出し頂いた誉れよりも不安が先に立つ。

完璧な淑女と呼び声高いスピカならばいざ知らず、先秋まで平民の中でも下級の暮らしをしていたステラはやっと家族とのお茶が様になってきたレベルだ。


デビュタントだって本来は早かったのだが次期当主の慶事をこれ以上遅らせることが出来なかったと言う側面が大きい。


そして伝えられた日時は間が悪い事に姑であるフランチェスカが滞在予定の日程と重なる。


皇室からのお呼び立てたてならば相応の装いを仕立てなければならないし、姑のもてなしもしなければならない。


こんな時にスピカが家にいればとも思うが最近は約束を破りあまり家に帰らずに寮で過ごしていると言うのだから腹立たしい。この間の結婚式の時にも前夜には帰ってくるものと思っていたが帰ってきたのは当日の朝だった。

こんなにも母が頭を抱えていると言うのに近くで支えてくれないなんて…と1人愚痴るのがやめられない。



ふと夫人は思った。未だに不十分なマナーならば教育中の体裁を整えれば良いのだと


姑は先代帝の時代には皇族の教育係も任された人だ。ならば今回の帝都への上京の一端にステラの教育をお願いしてしまおうと思い至る。


そうと思えば夫人は2通の手紙を書き起こす。

1通は皇后陛下へお茶会の参加について

もう1通はフランチェスカへステラの教育についてだった。


2通の手紙の返事は早かった。

皇后陛下からは参加を喜ぶ旨を、フランチェスカからも条件付きでの了承だった。


それからステラを呼ぶと自分も楽しみとばかりに御用達の仕立て屋のオーナーに連絡をいれるのでした。




数日後、帝都のエメンタール邸には今は見慣れぬ以前の住人エメンタール前伯爵夫人が馬車のタラップをゆっくりと降りてきました。それは貴婦人の見本と言っても過言ではない佇まいです。


「お義母様、お待ちしておりました。予定をはやめさせてしまい申し訳ございません」

「大事ありません。領地にも春が来ましたからね…仕事をしなければならない旦那様はさておき私が数日帝都のお友達の所に遊びに来るくらいさもありませんよ」


この場合の春とは先日結婚したばかりのカイン夫妻のことです。フランチェスカと入れ違うように領地で蜜月を過ごす為に帝都を離れたのは4日ほど前のことでした。


「ところでお手紙にあった私の可愛い生徒は何処ですか?」

辺りを伺うように首を大きくフランチェスカは降ります。


「ステラは生憎とまだ自室で御座います。お義母様とお会いするのは初めてとなりますので後でお茶でもしながら…」

「時間はないのでしょう?すぐに連れてきなさい!」


旅の疲れを見せることもなくフランチェスカはステラ嬢の教育を始めたのでした。



ステラは、初めこそイヤイヤと言った様子で指導をうけていました。しかし何を言われたかある時を境に積極的に指導に食らいついて行くようになりました。


そして数日後には皇室のお茶会に参加しても最低限度ではあるけれど良いとお許しが出るまでに成長したのです。







〜お茶会当日〜


指定された時刻にエメンタール家の家紋入り馬車が到着したのは皇城の『奥』と呼ばれる皇族の私的空間の前庭でした。

馬車の中からは3人の貴婦人と淑女が降りてきます。



1人はキョロキョロと辺りを見回すくらいに落ち着きはなく母親と思しき貴婦人に叱責を受けています。

黄色を基調にしたシフォンドレスがよく似合う淑女は落ち着きのなさもあってか年よりも幼く見える。


それを嗜める貴婦人は落ち着いたオリーブの品の良い仕立てで困った娘を見遣っている。


そして最後の1人は3歩ほど下がった位置でそれを見ている。深みの強い赤にベージュの肩掛けと落ち着いた雰囲気の人だ。



女官の案内に従って案内されるままに進めば城の中庭にある東屋に通された。


そこには既に5人分の席と軽食が用意されている。

円卓なので上座や下座を気にしないと言った意味合いのある席だがここは皇城で主催は皇后陛下ともなれば先に席に着くのも躊躇われる。


しかしそんな思案も束の間で皇城から2人の貴婦人がやってくるのが見えた。


3人はカーテシーをし、2人が来るのを待った。黄色の衣装の女性は少しばかり震えが見える。

それを皇后には緊張したウブな少女のようだと好ましく感じる。


「よくいらっしゃいましたね、エメンタール家のみなさん。面をお上げなさい。」

皇后は言った。


一拍の間ののち「帝国の麗しき月、皇后陛下と皇妃殿下にご挨拶申し上げます。」と1番年嵩の女性の挨拶と共に3人は顔をあげる。黄色の女の子だけがタイミングがズレていたがそれすらもヒヨコのようで愛らしく感じる。



「まぁ、驚いたわ。本日は3人でいらっしゃるとはお聞きしていたけれど、まさかフランチェスカ様とお会いできるとは思っていませんでしたわ」

「本当に、てっきりスピカ嬢を伴っていらっしゃると思っておりましたのよ?」


赤いドレスを纏ったフランチェスカが代表して言葉を返す。

「皇室に慶事があったばかりですもの、ご挨拶申し上げたくはるばるエメンタールの地よりまかりこしましてございます。皇后陛下、皇妃殿下お久しゅうございますね。最後にお会いしたのは2年前の園遊会でしたね…年には敵わず皇城への足が遠のいていた事お許しください」


恭しくフランチェスカは頭を下げる。


「良いのですエメンタール前伯夫人、年といえば私も年を重ねました。今後は同じく孫をもつものとして、先達として色々と教えてくださいまし。それに慶事といえばエメンタール家でも先頃に嫡男が成婚されましたね。あの時は顔を出さずにすまない」


皇后の視線はビオレに向いた。

「そのお言葉こそが最高の誉で御座います。皇后陛下」


「そちらのミモザが件の娘かしら?」

「はい、我が家に戻りました真の娘でございます。ご挨拶させていただいてもよろしゅうございますか?」

皇后は軽く目を伏せる。是の合図だ。

そっとビオレは娘の背を押す。


「ステラ・フォン・エメンタールです。本日はお招きありがとうございます!」


元気が良すぎる名乗りにフランチェスカは頭を抱えるが皇后は笑みを深めるばかりである。


「まぁ、元気がよろしい事。今日はあなたの為に特別な茶葉も用意しましたのよ?楽しんで行って頂戴な」

そして席を促された。



席に着けば産まれたばかりの姫君の話やカインの結婚式の話、そして話題の劇「奇跡の令嬢」についての話題になります。


「話題の劇は私達もお忍びで観に行ったのですよ。大変素晴らしかったですわ」

「私も陛下におねだりして既に2度観に行ったのですよ」

「まぁ、ありがとうございます。あの劇を監修したのは当家の次男ですので後ほどお二人にお褒めいただいたとお伝えしますわ」


「それにしても本当に御髪が短くあられるのね…ご養父君の為とはいえお辛くは無かったかしら?」


そう問われたステラは小首を傾げます。

「ごよう…ふくんとはなんでしょうかお母様…まだ私難しい言葉や知らない言葉が多くて…」

東屋の中はしんみりとした雰囲気になります。

「ご養父君とは貴女の育てのお父様の事よ、ステラ」

ステラは納得したように少しばかり目を見開き頷くと、落ち込んだ雰囲気を払うように言葉を紡ぎます


「辛くなんてありませんでした。食べる為にはそうするしかなかったし、短い髪も好きなんですよ私。長かった時には絡まるし洗えば乾かないしでしたけど.短いと洗うのも乾かすのも楽チンなんですよ!」


「まぁ、面白いことを言う子ね」と皇后は楽しそうに笑われました。


皇后達の雰囲気が緩んだ頃合いを見計らったように侍女が初めとは違う茶器を持ってきました。


「これは貴女のために取り寄せた茶葉なのよ。お口に合えばいいのだけれど」

皇后はそう言って新しいお茶を勧めます。


「花のような香りがしますのね」と皇妃が口をつければ他も同じように口にします。


「美味しいです!お城ではこんなに美味しいお茶が飲めるんですね!」とステラが声をあげます。

こっそりとドレスの裾をビオレに引かれ嗜められるのですがどこ吹く風とばかりにステラはお茶を褒めます。



「お口にあってよかったわ。貴女のお育ちになったファークラムのお茶ですのよ。向こうで飲んだことはおあり?」

「いえ、向こうではお茶を飲む習慣もなくて…初めてお茶を飲んだのも教会でなんです…でも、エメンタールでは毎日飲んでますよ!」


この後も皇后の質問は続き、ステラは周りがヒヤヒヤするような回答にも皇后は気を悪くすることもなくむしろ楽しいと言わんばかりにお話をされました。



「今日は久々に面白い話を聞けたわ。私、すっかりステラ嬢が気に入ってしまったようです…またお茶会にお誘いしたら迷惑かしら?」

朗らかな微笑みの皇后にステラは首からブンブンと音が鳴らんばかりに横にふり「滅相もありません、光栄です」と返した。



そしてお土産にと話題になった茶葉とお菓子を渡されると幼子のように喜んで見せた。

「さっき頂いたお茶、本当に美味しかったのでうれしいです!それにお菓子も頬っぺたが落ちちゃうくらい美味しかったのでお土産にいただけるなんて、本当に嬉しいです!」



皇后は「まぁ、それはよかったわ。お家でも楽しまれて」と言って別れを惜しまれた。



何が皇后の琴線に触れたのかは定かではないがステラはどうやら皇后の気を引いた。

この事実は瞬く間に広がるだろう。


奇跡の令嬢は皇后が目を掛けている、お気に入りだと社交界の話題となるのは遠くない。今後はデビュタントも済んでいるので夜会にも呼ばれる事は増えるだろう…

嬉しいような不安なような心持ちのままビオレは席を立とうとすると、皇后に呼び止められる。


「エメンタール夫人、ステラ嬢はいつから学園に入る予定ですの?」


「はい…その…秋の入学を検討しております」

「もう十分マナー教育は済んでいるのではなくて?早々に入学して同年代の友と学ぶ場を設けても良いのではないかしら?」


まだ早い…そうは思うが皇后陛下相手にその言葉を返す事はできない。何故ならそれは彼女の言葉を否定することになる不敬だからだ。

「皇后陛下のおっしゃる通りですが、今の時期に入学するなどという話は…」


「他国からの遊学者であれば不規則な時期での転入もあるのですから気にされる必要はありません。私から陛下へ進言しておきましょう」


言い切る前に言葉を重ねられ出口を塞がれれば頷く他ない案件であった。


最後にとんでもない爆弾を投げ込まれはしたが概ね良好にお茶会は幕を閉じた。




しかし不思議な事にマナーの鬼とも畏れられたフランチェスカだけが口を開かずただその場にいるだけであった事を知るものは殆どいない。

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