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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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34/80

カインの婚礼 〜中編〜

教会へは予定時間内に到着することが出来ました。


私達が通されたのは親族控え室となる部屋でした。


さて、本日の予定のおさらいをいたしましょう。


今は昼の鐘から1時間ほど経った頃です。


この後は大聖堂にて挙式が行われます。

これは五親等の親類縁者と本当に親しい者のみが参加する言わば身内の顔合わせのようなものです。

ただ、帝都での式の後領地でも顔見せの場を設けるためお祖父様とお祖母様はこちらには参加されません。


挙式が終われば新郎新婦はパレード用の馬車に乗り帝都中をお披露目を行います。

私は参加した事はないのですが貴族の結婚式があると街はお祭りのようになるのだそうです。

そして夕暮れと共にお披露目会場へと向かう手筈です。


その間に私達は一度屋敷に戻り髪型を整えてから皇城へ登場城し、準備やら出迎えを致します。今回はお兄様が次期当主と言うこともあって大規模な夜会となりますので皇城の離れを一棟借り切ってのお披露目です。貴族家はこちらがお披露目の場となります。


そして私達未成年組は10時の鐘で退場し、その後は大人だけの社交となる予定です。



そして間も無く挙式会場への案内がある頃でしょう。

ここまでの道中でお姉様の機嫌はやや良くなったようにも思いますが、私の方は向いてはくださいません…何故お姉様は私を貶めるような方向性でお話をされたのでしょうか…

いえ、今は喜ばしい日なのです。考えるのは後々にいたしましょう。


そんなふうに思考を切り替えた時に大聖堂への移動を促されます。

先頭はお父様、お母様が進まれます。その後にアレク兄様、フレット兄様にエスコートされたステラお姉様、私の順に進みましたが入口で私だけが待たされました。私より先に叔父様や叔母様方が入場し私が入場を促されたのは親族の中では最後の末席で、案内された席はバージンロードから離れた奥壁の席でした。




突然のことに心はついていけません。

席は確かお父様がお決めになっていたはずですが…


呆けている間に式は始まりました。

参列者が全員入場した会場は一度正面の扉が閉められざわめきが聞こえてくる。

それもファンファーレが鳴り、扉が開くまでの事だった。開かれた扉からは真っ白な正装の長兄が現れる。カイン兄様は聖法院に在籍している魔法使いなので正装は燕尾服に勲章付きのロングローブです。

裾を引き摺るようにバージンロードを進み道の中ほどで止まる。

久々に見る兄様は髪を後ろに撫でつけたオールバックでよく似合っている。少し緊張しているのが伝わります。


音楽が優しい物に変わると入口から新婦であるメリュジェーヌ様が侯爵様のエスコートのもと入場されます。


メリュジェーヌ様は長いレースのベールに純白のドレスをゆっくりと揺らしながら進まれます。

雪のような肌は白く、複雑に編み上げられた黒髪は濡れた羽のような艶やかさです。


そして新婦のお父様である侯爵様から新郎の兄様が新婦を預かると2人で一歩ずつ祭壇へと向かわれます。



私は先ほどまでの心の苦しさなど忘れ去りお二人を眺めておりました。

とても幸せな心持ちでした。お兄様、お義姉様、末永くお幸せにと心の底からの祝福を贈りました。





そして、挙式の後夫婦となられたカイン兄様とメリュジェーヌ義姉様が天井のない馬車に乗りパレードへ向かうのを見届けようとしている時にまた問題が起きました。



「私もパレードに行ってみたい」そう言ったステラお姉様の言葉をカイン兄様が拾い上げてしまわれたのです。

「今日の話じゃないのよ⁈いずれの話をしていて…」

「いずれではなく、今から行こう!メリーも賛成してくれるよな?」と言ってお義姉様の回答を待たずにステラお姉様を乗せてしまわれたのです。


メリュジェーヌお義姉様は突然のことに困惑し、馬車の真ん中に座られたステラお姉様とどう接して良いものかと戸惑われているようでした。

ステラお姉様は急なことに驚いてはいるものの満更でもないご様子でお兄様とお義姉様の間に収まっていらっしゃいます。


「この子は今までしなくても良い苦労ばかりの子なんだ。叶えてやれる願いならできる限り叶えてやりたい。君も分かってくれて嬉しいよ」

とおっしゃられているのが聞こえてきます。他の家族はそれを微笑ましそうに眺めているのですが…私はお義姉様が悲しみを堪えているように見えて…


そしてゆっくりと馬車は出発してしまいました…

私はお止めすることが出来なかった…不甲斐無さが悔しくどうして止めなかったのか家族に問えば「カインが決めたことだし、特段悪いことではないだろう」との父の答えでした。



人生で一度の花嫁パレードを2人で行くことが出来なかったお義姉様に寄り添う者が居ないのはとても悲しい事で…少し離れた侯爵家の方々からの視線が気にならないのでしょうか…

私の家族はいつからこんなにも人の心を考えなくなってしまったのかと心の内で私は嘆いたのです。




ただ、ステラお姉様が一緒に屋敷に戻らなかった事で私はアリッサに髪を結い直してもらいながらゆっくりと話す事が出来ました。


「久々にスピカ様のお髪を触れてアリッサは嬉しゅうございます。ステラお嬢様はスピカ様の事をお好きではないようで…屋敷の者達も顔色を窺っているんです…癇癪もすごいですし…でもお館様達はステラ様を甘やかすばかりですし…」

アリッサの愚痴は止まりません。


「今日のドレスだって私はお止めしたんですけど『スピカが仕立てようとしたドレスだもの、私が似合わないはずないわ』って言って譲らなかったんです。勝手に大きなリボンつけたりしてバランスは悪くするし、宝石も地味だって言っていつの間にかお直しされるし…デザイナーさんも結婚式に白のドレスと聞いて苦笑してました…平民の感覚ってよくわからないですね〜」


アリッサの気持ちもデザイナーさんの気持ちも何となく察せられた私も苦く笑うことしか出来ません。


「御髪だって大きな髪飾りを付けようとされていたんですよ〜デビュタントの時は付けないんだって言って宥めたら『じゃぁドレスくらい普通のデビュタントと同じ色がいい』って聞き分けがなくて…お館様にお伺いしたら好きにさせてあげろって言われたんです…本当スピカ様がお止めしなければエメンタール家の醜聞になるところでしたよ!」

アリッサは余程腹に据えかねていたのかプリプリと今までのアレやこれを言いながら私の髪型をきっちりと整えてくれました。


昼会用の降ろし髪から夜会用のまとめ髪にするのに、1人でどうするか悩んでいた私にはとても有り難かった。


「アリッサには苦労をかけるわね…でも、デビュタントも一生に一度のことだから頑張りたいお姉様の気持ちもわかるわ。今回はタイミングが悪かっただけだし、これからもお姉様を支えてあげて」

「それもわかりますが…でもメリュジェーヌ様だって一生に一度の大切なお式なんですよ⁈それに最近のお館様達の態度はおかしいです…」


思うところは私にもありますが踏み込む勇気が私にはまだ持てません。


「綺麗な仕上がりだわ。やはりアリッサのセンスは抜群ね!ありがとう」

そう言って鏡を覗けば背後でそばかすの侍女は照れたように笑ってくれました。


「アリッサ、重ねてお姉様をお願いね…きっとまだ戸惑いも多いでしょうし、ストレスだってあるはずだわ…よろしくね」

と言うと「スピカ様から頼まれたら断れません!アリッサは頑張りますね‼︎」といって送り出してくれた。




玄関ホールに着くとそこにはアレク兄様とフレット兄様が準備を終えられて私を待っていてくれているようでした。

「お兄様、お待たせしてしまい申し訳ありません」


私が階段を降りるとアレク兄様が

「女性の身支度に時間がかかるのはしょうがない事だから気にするな。今宵は僕のパートナーを頼むよ?ステラはまだダンスが上手くないからね」

「あら、お姉様のダンスがお上手なら私が相手をしなくても良いように聞こえますわよ?」と冗談めいて返せば「そんな事は言っていないだろ」とお叱りを受けてしまいました。

正直私も言ってからやってしまったと思ったのでこの叱責は甘んじて受けました。

しかしここで噛みついてくるのはフレット兄様です。

「まるでステラのダンスが下手みたいに言うな!ただ経験が少ないだけで筋はいいんだぞ!全く兄弟を貶めるなんていつからそんなに意地悪くなってしまったんだ」

私はその通りですと謝る他ありません。


「フレット兄様も私達と共に行くのですか?」ふと疑問に思い聞いてみました。当初の予定ではお姉様と4人で向かう予定でしたが、まだお姉様はお戻りではありません。今宵のお姉様のパートナーはフレット兄様なのでどうするのかと思ったのです。


「だから何故そんなにも意地悪くなったのだ。パートナーにエスコートされない令嬢など恥だろう!そんな事にも心配りが出来なくなったのか‼︎」

「まぁまて、フレット。スピカはきっとステラが戻ってきたらと思ってきいたのだよ。まだステラは帰ってくるのに時間がかかりそうだから僕らは先に出発しよう。フレットはステラが帰って支度が終わってから来るといい。それまでは主催の家の者としての勤めを頑張るよ」

アレク兄様が助け舟を出してくださいました。


私はアレク兄様に促されるままに馬車に乗り込みました。

「アレク兄様、先程はありがとうございました。」

俯く私の頭に手を置き髪型が崩れない程度に撫でて兄様はいいました。

「フレットにも困ったものだね。ステラが絡むと途端にあれだ。でも、あの子を不憫に思う家族の心情も分かっておくれ」


私の心情も分かって欲しいと思うのは我儘なのでしょうか…


次第に近づく皇城の門を眺めながらぼんやりと思うのでした。








皇城の門を潜り馬車が寄せられたのは1番大きな離宮でした。名を水晶宮と言います。皇室も祝宴を開く際にはよく開けられる離宮で私のデビュタントの時の会場でもあります。

因みにデビュタントの勉強会で使われていた離宮は翡翠宮です。



会場に入れば既に夜会の準備はほとんど終わっています。

最終確認として私はお料理や会場の休息場の確認を、アレク兄様は音楽の確認をしていきます。

先に会場入りしていたお父様とお母様は既にご到着されている招待客の接待をされている頃でしょう。

フレット兄様が行うはずでした確認事項も済ませなければと私は会場を駆け回りました。


一通りの確認を終えて時間を確認すれば、招待客の入場時間まであと30分も無いくらい。ギリギリですが間に合った安堵に詰めていた息を吐きました。


そして気になるのはお兄様とお姉様達です。

そろそろ会場入りしなければお客様のお出迎えに間に合いません。


視界の端にお母様を見つけて私はそちらに駆け寄りました。

「お母様、会場の確認が終わりましたわ。今日は春先にしては暖かいので予定よりも飲み物が出ると思い、屋敷にワインを2樽追加で送るように使いを出しました。毒味と検分は皇城の護衛官様が行ってくださるそうです。それと…ステラお姉様とフレット兄様が未だ到着されていないようですが大丈夫でしょうか?」

「手配ありがとうスピカ。ステラの件なら少し遅れると先程連絡がありましたよ。心配しないで頂戴な」

それならよかったと私も安心しました。


私も一度身支度をただしてお父様お母様の隣にお兄様と並びます。

大きな生花を挟んで向こうには侯爵家の皆様が同じように並ばれています。


開場の掛け声と共に招待客の皆様が開場入りされます。

お父様のお仕事関係の方々、お母様のお茶友達、お兄様の御学友に学園の先生方と様々な方々がご来場されます。私の友人も何人か見かけておりますが主催者一家としてのお役目があるのでもう少し会が落ち着いてからご挨拶に行こうと思います。



入場もひと段落がつきお客様が思い思いに歓談され始めた頃に私達は会場の奥にある階段の前に場所を移します。これから本日の主役たるカインお兄様とメリュジェーヌお義姉様がこの階段から登場されるのです。

私達が予定の位置に着くと楽団がファンファーレを、奏で始めます。

「エメンタール伯爵家ご嫡男カイン・フォン・バローヌ・エメンタール男爵並びにその伴侶となられたメリュジェーヌ・バローヌ・エメンタール様ご入場」


会場の視線は一点に注がれます。勿論お兄様達に。

そして臙脂色のカーテンの奥から真っ白の正装にブルーロワイヤルのサッシュ姿のお兄様と鮮やかなブルーロワイヤルのドレスに真珠の首飾りとティアラ姿のメリュジェーヌお義姉様が姿を表されました。


しかしここで会場はざわつきます。私も戸惑いが大きかったのですからお客様も驚かれたのでしょう。

本来はここでは真っ白なウェディングドレス姿のお義姉様が登場する予定だったのですから…

今お召しのドレスは途中お色直しとしてお召しになる予定のもので最初からお召しになるとは聞いておりませんでした。


花嫁が純白のドレスをお召しにならないのはその女性の貞操が疑われるか寡婦を娶る場合で、お義姉様は勿論どちらにも当てはまりません。


そんな喧騒にも動じる事なくお兄様は階段を降りて来られます。手を引かれるお義姉様は貴族の笑みを讃えていますが何処となく悲しげです。目元が少しばかり赤らんで見えるのでもしかしたら入場前に涙を流されたのかもしれません…


兄様は階段をおりきると辺りを見渡し魔法で声を拡張して会場全体に響くように口上を述べます。


「皆様、お忙しい中私達の新たな門出に際し、このように足をお運びいただき誠にありがとうございます。私もこのように最良の伴侶を得て益々精進せねばと思う次第です。会場の皆様は我が伴侶のドレスに思うところがあるでしょう。この聡明で思慮深い伴侶は今宵白のドレスをもう1人の主役に譲られました。そこでもう1人の主役をご紹介したい。今宵デビュタントを迎える我が愛しの奇跡の妹、ステラ・フォン・エメンタールです!」

お兄様が言い切ると先程と同じように一組の男女が2階のカーテン奥から姿を表します。


それは白いドレスを着たステラお姉様とそれをエスコートするフレット兄様の姿でした。

そして私は今日何度目かの驚きに卒倒しそうになります。


なんとステラお姉様が着ているのは私がデビュタントの時に着た思い出のドレスだったのです。


通常のデビュタントの時と違い私のドレスには家紋が刺繍されており、本人以外の着用はマナー違反です。そして家紋入りのドレスは皇室主催のデビュタントでしか着用を許されていません。それは他の家族もわかっているはずなのに何故…私は戸惑いつつもダンスフロアへと向かう2組の男女を見送りました。そして近くでドレスを見た事で私の顔から表情はきっと抜け落ちていたでしょう。

家紋が刺繍されていた箇所にはレースが縫い付けられ刺繍が見えないように細工されていたのですから…



お母様や仲間と一生懸命に刺繍したあの輝かしい日々が穢されてしまったような気がして、私は一瞬怒りを覚えました。しかし、周りがそれに気づくことはありませんでした。


始まったファーストダンスを踊る若き夫婦と芽吹いたばかりの若人で時の人の初々しいダンスに会場の視線は釘付けだったからです。この醜い思いが他の方にバレなかったのはある意味で良かったのだと自分を落ち着けました。


私以上に白いウェディングドレスで夫婦のファーストダンスを踊れなかったお義姉様の胸中を想えば私の怒りなどは些事に過ぎないのです。


ダンスを踊り切ったお姉様は満足そうな笑顔です。

貴族としては、はしたないと取られる程の感情が浮かぶ笑顔でした。



私の今の顔はそんなお姉様とは対照的な貴族の笑みだったでしょう。感情を押し殺し激情を押し留め、見るものにスキを与える事のない無感情の笑みです。その表情のまま私はアレク兄様と一曲を共にしました。この時ほどアレク兄様の視力が弱くなられたことに感謝した事はございません。そして踊り終えた私はひっそりと控えの休息室へと足を向けました。


少しだけ…少しだけでも1人になりたかったのです。

しかし、休息室には先客が何人かいらっしゃる様子です。


話題はやはりステラお姉様…


「奇跡の令嬢をご覧になりましたか?とても最近まで市井にいらっしゃったとは想えない立ち居振る舞いでしたわね」

「ご家族の溺愛も今夜の会で垣間見れましたわね!花嫁よりも妹のデビュタントを優先するほどですもの」

「あのドレスは確かスピカ嬢のデビュタントの時のものでしたわね。刺繍を隠してまで譲渡されるなんて…」



私は知らないと…譲ってなどいないと言えたらどんなにか心救われただろう…でもそんな事言えない…

そんなことを口に出せば家の恥を晒す事になる。

そんな恩知らずな事は出来ない…



私は来た道をゆっくり戻り会場に入り直す。



壁際で1人会場を眺めていれば、私を見つけたステラお姉様と目があった。そしてエスコートは何故か私の婚約者候補のアーサー殿下だ。

見ればフレット兄様はアーサー殿下の後ろに控えている。多分アーサー殿下が遅れて会場入りして、話題の令嬢をエスコートしようと申し出たと言ったところなのだろう。



お姉様の手元にも殿下の手にも飲み物が入ったグラスがあるので一曲踊った後の休息時間だったのかもしれないとぼんやりと考えている間にお姉様が私の方に駆けてきた。

そして私の前でバランスを崩され、手に持っていたグラスは宙を舞い、中身の液体を周囲に撒き散らす。

果実の甘い香りの中にツンと鼻をつく様な臭気と水に濡れた不快感が一瞬にして私を襲う。見ればお姉様のドレスにも液体が飛び散り赤紫のシミを作っている。しかし私以上には濡れていない様で安堵する。やはり色々と思うところはあるけれど家族が無事で良かったとは思うものなのだ。


私はそっとハンカチで濡れた髪やドレスを拭った。

「大丈夫かい!スピカ嬢!」アーサー殿下が私に近づこうとするのを手で制します。

「殿下!お召し物が汚れてしまいますわ。私は大事ありませんのでそれ以上近づかれるのはおやめ下さいませ。」

私の言葉に殿下は歩みを止め、近くの給事に、タオルをお願いしてくれた。

その間困った事にステラお姉様は床に座り込んで泣いてしまわれていた。


「ごめんなさい…スピカ…わざとでは無いのよ…貴方のことを見つけたから嬉しくなって近寄っただけなの…貴方を傷付けるつもりなんてなかったのよ!信じて!」と泣きじゃくるのです。

当然注目は集まります。居心地の悪さから逃れるために私はお姉様に立つ様促します。


「勿論存じておりますよ。わざとなどでは無いと…お姉様は初めてのダンスで足元がお疲れだったのでしょう。お召し物がもそのままでは汚れてしまいますので控え室へと行きませんか?もしも足を痛められていたら大変ですし…」

そう言って手を差し出そうとしましたがいまだに私の上半身は濡れたまま…埃程度ならば魔法で払えますがワインようなものをシミ無く乾かすような魔法は私には使えませんので困っているとフレット兄様がお姉様を抱き上げ運んでくださるようです。



アーサー殿下もご同行されるとの事で周囲の注目は続いたままです。



控え室に着けば先ほどお願いしたタオルを掛けられました。

お姉様は長椅子の上に降ろされています。先程までシミ一つ無かった白のドレスは今や裾に点々とついた赤紫のシミが落ちることがない事を容易に想像させます。

最初は気づかなかったのですが私にかかった液体の正体はワインビネガーでした。それも酸味の強いものだったらしく、かかった肌がピリピリと痛みます。

「これはサワードリンクかしら?」と問えば

「あぁ、そうだ。市井では疲労回復に酢を飲むそうでステラが所望したんだ。その話は会場でしていたから今年はサワードリンクが流行るかもしれないな」とは兄様の回答である。


そして一瞬で私の思考は最悪の事態を考えた。そして瞬時に声を上げる。

「誰か!水を!手桶に水を持ってきてください!」

「おい、スピカ!どうしたって言うんだ!」

突然大きな声を出した私に兄達は困惑している様子だった。しかし私もかまっている余裕はない。急いでネックレスの留め具を外そうとするが焦りや指先の濡れで思うように外せない。

見かねたアーサー殿下「アクセサリーを取ればいいんだね?」と外してくれた。

私の手の中にネックレスが渡されたタイミングで手桶に水を入れたメイドが入ってきてくれた。

そして私は躊躇う事なくワインビネガーまみれのネックレスを水に着けて洗った。


一同は訳もわからずポカンとしている。私の行動が奇行に見えたのだろう。

事情を察したメイドさんだけが乾いたタオルを差し出してくれる。


「ごめんなさい。この宝飾品は大切な方からお借りしている品でして、傷つけてお返しする訳にはいかないのです。特に今回は真珠には大敵の酸が掛かってしまいましたのでとても焦ってしまいました。お見苦しくて申し訳ございません。」


お姉様は「知らなかったのよ!だからそんなに責める事なんてないじゃない!どうしてそんなに意地悪をいうの?ドレスを借りた事を根に持っているの?だからって酷いわ!」と聞く耳をもちません。


静かに私は首を横に振りお姉様を責めてはいませんと宥めるのですが私が近づけば余計に癇癪をおこされます。私は諦めて自宅へと先に帰らせてもらう旨の伝言をお兄様に頼みました。

このまま皇城でお湯とドレスを借りたとしても私達の退場予定時間と変わらないくらいの時間がかかりそうだったからです。

流石に今回はステラお姉様の肩ばかりを持つわけではなく言伝を引き受けてくれました。


私は馬車用の待機所まで殿下にエスコートされつつ進みその日は1人帰路についたのでした。



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― 新着の感想 ―
最近流行りのショートドラマに酷似しています 妹溺愛の3人の兄(うち1人は目が悪い) 本当の妹の出現で溺愛してきた家族全員の手のひら返し 本当の妹にはめられる 味方のメイドが1人 ここまで似てて大丈夫な…
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