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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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32/80

間話 奇跡の令嬢

帝国には一時期ほとんどの国民が観劇したと言われる歌劇がある。

その名は「奇跡の令嬢」


さる家門のご令嬢をモデルとしたその歌劇は一世を風靡した。老若男女、国民の誰もがその物語を語ったと言われている。


内容もそうだが音楽性も大変優れており、劇中歌の「我が愛しき家族」や「死の風」などの音楽だけであれば今でも耳にした人がいるほどだろう。


斬新な舞台配置と演出構成でミュージカルの原典とも言われている。

それまでの歌の入らない劇にオペラの要素を盛り込み歌と劇が連動する演出は、当時としては画期的だったと言われている。



だが、今では上演される事がなくなった幻の演目である。何故上演されなくなったのかは後々語る機会があれば語らせてもらおう。


そして今回はその演目を観た1人の商家令嬢の手記からこの劇の全貌をご紹介しよう。



帝国芸術院古典研究室

ビルダーツ・マカイラ 著

「失われた古典たち第13回 奇跡の令嬢」より抜粋




〜第1幕 侯爵家の悲劇と少女の夢〜


上がった幕の先、舞台は右半分は3段ほど高くなった貴族邸宅で左半分は街並みの様子だった。斬新な配置に驚きつつ私は劇が始まるのを待った。


一度舞台が暗くなるとスポットライトを浴びて

「号外!号外だよ〜!ご領主夫妻にお嬢様がお産まれになったよ〜!初めてのお嬢様だ‼︎号外!号外‼︎」

新聞売りの少年が侯爵領の領都を駆け抜ける。


待ちに待った吉報に街はざわめきと歓喜に震える。

花売りの少女達は祝福の花々を投げ散らし、恋人達は手に手をとって歌い踊る。

「こんなにおめでたいことはない!お嬢様がお産まれだ!生誕祭だ!」と祝い、男達は酒の入った杯を打ち鳴らす。


領主邸では産まれたばかりの赤子を腕に抱きしめた貴婦人が神に感謝をそして娘への寿ぎをしていた。

「あぁ、主よ…こんなにも尊き存在を我らの元にお預け頂きありがとうございます。この子は主の贈り物、この子は最上の宝物。この子のためならなんでも出来る」

夫人の元には3人の男の子が集まり産まれたばかりの妹を愛でる。侯爵もやってきて夫人と娘を優しく抱きしめる。

「今日この時から我等の家族の新たな歴史が紡がれるのだ!明るい未来の一歩である」と抱擁を交わし歓喜を歌う。

新たな生の門出とはこんなにも尊いのかと語る歌が心に響く。


明日からの輝かしい日々を信じる家族達は赤子を乳母に託して眠りにつく。


舞台の上の屋敷には乳母と赤子が眠る揺籠だけが残される。


一瞬の暗転で街の様子は薄暗く蠢く人影が数人。

黒いマントを羽織った男達が自分を語る唄を歌う。

曰く俺たちは他国からやって来た人攫いの盗賊団

いくつか先の国からやって来た流れの盗賊団。

今宵の標的は侯爵家の産まれたばかりのご令嬢

いくつか先の国の悪い魔法使いが聖力の多い子供を探してる

男の子なら金貨500枚、女の子なら金貨800枚

赤子ならば追加で金貨200枚‼︎

今宵の獲物は金貨1000枚の大物だぁ!

こっそり忍び込んでお嬢様を連れ去ろう!さぁ大仕事の始まりだ‼︎警備の薄いところは調べてある

さぁ侯爵家へと侵入だ!



そして男達は街から屋敷に忍び込む

乳母は寝ているのを確認すると赤子を抱き抱え風のように消え去る。


雷鳴の様な轟と稲光の後屋敷では乳母が慌てふためき屋敷の住人が騒ぎ始める。


特に夫人の嘆きは悲壮な唄になる。

先程まで神に感謝を歌っていたその口は今は神を呪うが如く嘆きの雨となる。近席の子を持つ女性達の涙を啜る音が音楽の中に溶けて不思議と自分も涙を誘われた。


嘆きの唄の後夫人は倒れ舞台はまた暗転する。


先程まで街並みだった舞台上は一変して下町の酒場の様な雰囲気に変わっていた。

そこに居たのは数人の粗末な服の男達。そして中央にいる一等身なりと恰幅の良い男の傍には赤子の入った籠が見える。



「おい、野郎ども‼︎今回の仕事は大成功だ!国境も越えた!ここまで来れば後はあの依頼主に子を引き渡せば俺たちはしばらく遊んで暮らせるぞ」

周りの男達は杯を掲げて頭目の男の言葉に賛同し、金が入ったらの話を唄に乗せて語ってくる。

「俺にだって夢はある!田舎の両親に家建てて嫁さんもらって暮らすのさ!」

「俺にだって夢はある都の美姫と一夜の夢を…」

「俺の夢は野望の類!貴族も魔法使いもみんな跪く様な裏社会の首領になる!さぁさ、お前らついて来い!野心も野望も夢も希望もひっくるめて鍋で煮込んで食らっちまおう‼︎善も悪もひっくるめてゴタゴタ煮込んだ闇鍋だ!」


そんな酒場に憲兵が傾れ込む

「国際指名手配の人攫い集団の検挙だ!無駄な抵抗はやめて投降しろ!」

激しい争いの殺陣が繰り広げられる。


最後に立っていたのは憲兵達だ。そして舞台上の籠から赤子の鳴き声が響き慌てふためき「生存者だ!被害者は保護しなければ」と籠を抱えて退場する。



舞台の右側に掛けられた幕が引くとそこには教会と思しき光景が現れた。スポットライトが照らす先には1人の少女が居る。少女は、「私の名前はピス」と名乗った。近くにいた子供達は少女を指差して笑っている。「あいつの名前の意味知ってるか?外国の言葉で小水って意味らしいぜ!」「知ってる知ってる。人攫いに付けられた名前なんだろ?」「外国語のわからない憲兵が残党にあの子の名前を聞いたらピスって答えたんだろ?」「いつもお漏らししてるあいつのことかって答えたんだろ」そういって少女を笑いものにするのだ…

そんな陰口に唇を噛み締めながらも少女は気丈にも、自分の生に感謝し今日も始まる1日に感謝し一生懸命生きますといった内容の歌を歌いながら教会を掃除したり食材を磨いたりと手伝い内容を口ずさみながら手と体を動かす。そして時折り祈る様に家族ってどんなもの?お母さんってどんな人?お父さんってどんな人?私の家族ってどんな人?会いたい、一緒に暮らしたい!それが私のささやかな夢…それが私のささやかな希望と夜の星を眺めるのです。

それを教会の隅で見ていた夫婦が居た。

スポットライトが夫婦に切り替わると夫婦は自分たちの置かれた状況を語り始める。

「私たちは結婚してから10年経っても子供が出来なかった…。このまま朽ちて行くくらいならば身寄りのない子を1人でも救いたい。自分達を父母と慕う子供と一度でいいから暮らしてみたい。今日はそのために孤児院に来た。どうか神様天の采配を我等に…」と歌に乗せて語るのだ。

そして先程の少女と夫婦は引き合わされ家族となる。




舞台は左側に移り今度は農家を模したセットなのだろう粗末な家具が配置されていた。

そこで少女は母から手仕事を父から畑仕事を教わりだす。こうして穏やかに少女は暮らしましたとさ…ここで第一幕の幕が降りた。



〜第2幕 奇跡の令嬢〜


舞台は再び平民の家から始まる。少女は美しい乙女へと成長していた。

養父母は娘を誉めそやす。

「村1番の器量良し。明るく朗らか働き者だ。素直すぎるのが偶にキズだがそんな娘は目に入れても痛くない私たちの宝だ。村の男達は誰しもが振り返る。私たちには勿体無い娘だ」

そして乙女も両親に対する感謝と愛を歌う。

「私が元気なのは父さんの作ったお野菜をお母さんが美味しい食事にしてくれるから。私が素直なのは孤児の自分を受け入れて育ててくれた両親がいるから。お父さん、畑仕事や道具の手入れを教えてくれてありがとう。お母さん、手仕事や家のことを教えてくれてありがとう。私を育ててくれてありがとう」

そして抱擁しあうのですが母親が倒れます

「お母さん!お母さん‼︎しっかりして!」

そのまま乙女の悲鳴と共に舞台は一度暗転し一瞬で乙女は黒の喪服になります。

父親と2人っきりになった寂しさや母親への感謝と思い出を歌い出します。


乙女が語り終え眠りにつくと今度は父親が乙女の肩にブランケットを掛け、妻との思い出と憤りを語り始めます。そしていかに自分が妻を愛していたかを語ると男は狂っていくのです。


乙女は心配しながらも父を支えようとしますが、父は仕事をすることをやめ、酒に溺れ博打に手を出す様になります。乙女は戸惑いを歌に乗せて元のお父さんに戻ってと懇願しますが父は「お前などに何がわかる⁈血のつながらぬお前などに!汚らわしい名前のお前などに!」と娘を罵倒して突っ伏した。

乙女は両手で顔を覆い何故?と泣き出してしまう。



そして真っ暗な外套に仮面をつけた演者が舞台で踊り出す。曰く彼は「死の風」彼が右の腕を振りかざせば作物に冷たい風が吹き、左の腕を振り抜けば天から水落ちることはなく、右の足を鳴らせば緑の虫が茶色になって押し寄せる。左の足を打ち鳴らせばば大地は弛み地割れをおこし、彼が身を翻せばそれが嵐の元になる。そして彼が息を吹けばそれは治ることの難しい疫病になると歌い踊る。

それは自然の恐ろしさの体現のようで恐ろしいものを感じる。


そしてその風は乙女の村を襲った。

高笑いをしながら去っていく風に私は恐怖する。


村は冷害に蝗害、水害に疫病と災難続きで生きていくのもやっとの有様。生きるための麦さえ蓄えが無くなってしまったと乙女は語る。父はまだ立ち直れてはいない。しかしここまで育ててくれた親を見捨てることは出来ないと乙女は長い髪を売りに出す。

貴族席ではご婦人の悲鳴が聞こえた。

年若い女性が髪を切るのが衝撃的だったのだろう。貴族であればそれは出家を意味する事なのだ。

しかし乙女は村の女衆は皆んなやっている事。お金を稼ぐ方法だと歌う。


髪の短くなった乙女は尚も献身的に父親を支えるが、今度は父は病に伏せる。彼女の家にもう売れるものは何一つ無い…絶望の淵で乙女は自分の身を売れば少しはお金が手に入る…そうすれば父は食べて行けるかもしれない。どんなに辛い仕事だろうと耐えてみせようと決心し、村の世話役の元へと向かう。



世話役の所には1人の法衣を纏った聖人がいた。村へ来た死の風を追い払う為に帝国の教会より遣わされた神の僕と聖人は語る。

そして乙女の身の上話を世話役から聞かされると、乙女を憐れみ帝国の教会での奉仕に誘う。

父を1人で置いてはいけないと語る娘に、父も共に教会へ招くと言えば乙女はその慈悲に神の導きに感謝をした。

こうして乙女とその父は故郷の村を後にして帝国の教会に保護された。



ここで法衣の聖人が乙女から神聖な力を感じる。平民の子供ではないのかもしれないと歌い出す。もっと調べなければと動き出す。


乙女は教会の手伝いをしながらも父を看病すれば父は今までの行いを懺悔し乙女に苦労ばかりかけてしまった不甲斐なさを詫びた。乙女は清らかな心で父を許すと、父は感謝を述べながら天に昇っていく。

墓所で1人佇む人影は小さく嘆く。

1人になってしまったことを乙女は切なく嘆く。


そこで舞台の左側には幕がかけられる。

そして右側の貴族屋敷に場面は変わる。


暗く沈んだ屋敷の部屋に慌てふためく家令が走り込んでくる

「旦那様!奥様!若様方!朗報です‼︎お嬢様が見つかりました‼︎教会です!教会に保護されています‼︎」

屋敷には光が差し侯爵と夫人、3人の子供達が感涙に歌う。

神に感謝を、教会に感謝を、人々の縁に感謝をと…


そして乙女を迎えにいくべく夫妻は旅立つ

道中では人々も奇跡的に娘が見つかった侯爵夫妻を祝福する


そして教会で娘と本当の両親が対面し抱擁を交わす。

娘は新たに星を意味するエストレイヤと名付けられ奇跡の令嬢として迎えられ幸せに暮らすのだ。

祝福と歓喜と希望と共に…



そしてしばらくののちに皇太子の目に留まり清く嫋やかな心根の令嬢は国母となるべく皇室に席を得るハッピーエンドだ。


最後は演者が総出で「我が愛しき家族」を歌いこれからも続く幸せを祈り、願い幕が降りる。



この歌劇を見たものならばこの令嬢の…この家族の幸せを願わないものなどいないだろう。

私もまたそれを願う1人だ。

これはきっと不朽の名作だろう。そんな歴史が紡がれるのを見ることができるのは私の幸せなのかも知れない。


    ナオミ・オーランド 当時15歳の手記より










史実のモデルとなった令嬢とは細部は異なるが大まかな流れは変わらない。その後も最後の結末が異なった派生の結末や演出が変わったりといった変化を経て上演されていたがある時を境にこの歌劇が上演される事は無くなった。そして名を聞かなくなって久しい物語の一つとなってしまったのだ。

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急に上演されなくなったというあたりに、全く違う事実?が飛び出してきたように思えてしまう…
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