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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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30/80

束の間の安寧

「お休みなのに手伝ってくれてありがとう、シャーシャ」

「何いってらっしゃるの?私達お友達ではないですか」


私は…私達は今学園の寮の一室にいる。


「こんな時期に入寮なんてあまりいらっしゃらないでしょ?」

「だからこそ私が手伝えたのですわ。これが夏の終わりの入学シーズンや夏休み前の卒業シーズンだったら忙しくてお手伝いなんて出来なかったと思いますよ」

シャーシャは朗らかに言う。

「それにしても…本当にお荷物はこれだけですか?新入生の地方貴族令嬢でももう少しありましてよ?それに世話人の1人もいらっしゃらないだなんて…」

私は苦笑を返すのがやっとだ。


学園の寮は帝都にタウンハウスを持たない地方貴族や朝の鍛錬がある騎士学科のように不規則な生活になる学生の為に用意されているものです。


シャーシャはタウンハウスのある地方貴族ですが殆ど使われていないタウンハウスから通うよりも設備の整った環境の方が勉学に励めるし、経済的。何より男子禁制ですので両親が安心出来ると入学時より寮生活をしていました。


寮は殆どの生徒は学期の初めに入寮しますが今は新学期が始まり早くも2月半が経っているため入寮には時期はずれです。

さらに言えばタウンハウスがあり家族がそこで暮らしている上級貴族令嬢が入寮する事は稀です。それも1人で。下級貴族であれば1人での入寮も年に何人かいらっしゃるそうですが上級ともなればまずあり得ません。


何故こんな事になっているのかと申しますと数日前に遡ります…




〜数日前、エメンタール伯爵邸執務室〜


私はお父様とお母様に向き合うようにソファに身を沈めていた。

久々の両親と3人だけの空間でしたが何故だか以前のように柔らかな雰囲気はなく、油を指していない車軸のようにギシギシと音を立てているような居心地の悪さを覚えます。

運ばれた紅茶を一口含み、私は話し始める事にします。

「お父様、お母様、今日はお忙しい中お時間を頂いてありがとうございます。単刀直入に申し上げます。学園寮への入寮を希望致しますので許可を頂けないでしょうか?」


お父様とお母様は突然のことに一瞬腰を浮かせましたが驚きの顔を瞬時に引き戻し私に問うてきます。

「今まで通りに屋敷から通うのではダメなのか?もしかしてステラの事で不満でもあったのか⁈」

「旦那様‼︎」

両親も何か思うところはあったのかも知れませんがそこを肯定する気はありませんでしたので、私は首を振ります。

「いいえ、お父様。お姉様がお戻りになった事は喜ばしい事ですもの、そこに不満など御座いませんわ。実はこれはネフェル先生からのご提案なのです。」


私達のデビュタントの後、皇室筆頭女官長であったネフェル様はその任を後身に譲られ学園の皇室マナーの先生として就任されました。

そして昨年から私はネフェル先生に教養科と文官科どちらも受講しないかとお誘いを受けていたのです。



「私は教養科の卒業までの単位は殆ど取っております。そこで新たな分野の学びを得てはと先生からご提案を受けましたの。我が家にも新しい風が吹きましたので私も新たな事に挑戦しようと思い至りました。」

ステラ姉様が直接の要因では無いと聞いた両親はホッとした表情です。

「それならば家から今まで通り通えば良いのではなくて?」お母様が唇を尖らせます。


「私も考えたのですが残りの学園生活期間と頂いているお役目を考えると少し時間が足りないと思うのです。それに、学園の寮であればネフェル先生が直接お妃教育のご指導をしてくださるそうなのです。」


学園は6年間のうちに単位を修了出来れば何科目を受講しても構いませんし、6年で修了出来なくても修士課程としてその後勉学に励む事も出来ます。

私は現在4年生で残りは2年。殆ど単位を取れているとしても教養科の授業はありますし、これから新たに学ぶとなれば時間は限られます。生徒会のお仕事やお妃教育のことも考えると悪く無い選択のはずなのです。


ネフェル先生からのご指導が頂けるとなれば他のお妃候補の令嬢と比べてもアドバンテージが取れますので家としても悪い話では無いのです。


「それであれば、生徒会のお手伝いはおやめなさい。そうすれば学業時間もお妃教育も受けられるじゃ無い!」お母様はなおも食い下がります。

お父様から「生徒会のお役目を頂けるのは大変な名誉なのだから簡単に言うものでは無いよ。それに一度受けているのを任期満了を待たずに辞すのも外聞が悪いじゃ無いか。」と嗜められましたが、それもそうですが…と不服そうです。


「お母様はどうしてそこまで通学にこだわるのですか?お兄様達は寮生活をされていたじゃないですか。私だけ出来ないのは納得がいきません。」

と私は気持ちを述べました。

カイン兄様もフレット兄様も学園生活中は寮を利用していましたので引き合いに出せば此方が有利です。


「スピカは女の子でしょう?それにステラも帰ってきたから、これからの教育も手伝ってもらいたいのよ。スピカは同年代令嬢の中では抜きん出て優秀だからいいお手本になると思うのよ!お友達のような姉妹なんて素敵じゃない?」


「お母様、そんなお話は初めて聞きました。それに私が教育に携わることが良い方向にばかり向くとは限りませんわ…。幼い頃から貴族令嬢として教育を受けてきた私と不本意ながらも平民の生活をされてきたお姉様とでは現状の差が大き過ぎてお姉様が気にされてしまうような気がいたします。それに私をここまでの淑女に育てられたお母様がご指導されるのでしたらお姉様は直ぐにでも貴族のマナーを習得出来るようになりますわ。」

暗に私がいない方が良い、私が居なくても大丈夫であると伝えるとお母様も口を噤みます。



お姉様には現在平民としてお育ちになった劣等感が見受けられます。それであれば私が近くにいるのは得策ではないのはあきらかなのです。そして今はお母様達もお姉様に対する罪悪感や引け目から私を冷遇する事でお姉様への愛情を表現しているように見受けられます。この関係は一方に負荷が大き過ぎます。理不尽をそこまで感受できる器は私にはまだ御座いません。


長い沈黙の後、お母様も「分かったわ」とご理解下さりました。



「世話人はどうするつもりなんだい?」とお父様に問われた私はささやかな反抗心から「私の専属侍女を連れて行きたいと思っています。」と答えました。


現在私の専属は誰もいません。アリッサの後任の選出がされていないのですから仕方ありませんがお父様や屋敷の奥向きを預かるお母様が気付いていらっしゃるのかが気になったのです。

「分かったわ。それであれば安心ね。その代わりお休みの日には帰ってくるのですよ?」お母様はいつものように優しく微笑まれました。


ここで私の専属が誰もいない事を言えば良かったのかも知れませんが、お気づきではない様子に私自身が拗ねてしまい、気付かないのならば私からは言うまいと意地を張ってしまいました。



無事に入寮と複数学科の受講の許可と言う目的は達成されたのですから瑣末ごとのようにも思いましたし…






その後は慌ただしくも入寮の手続きを済ませて今日の入寮と相成ったのです。

私の入寮まで両親は私の専属が誰も居ない事には気付かず、私も1人で身支度を出来るようにお祖母様から叩き込まれて居た為気取らせる事もなく無事?に入寮が出来ました。



それからの日々ですが、学業や生徒会活動は忙しく入寮して良かったと思う事も多々ありました。

ネフェル先生からの直接指導は想像以上にハードでしたが得るものも大きくデビュタントの時を懐かしく感じたりもしました。



お休みの日は出来るだけ帰るように心がけていましたが余りにも学園生活が充実していたので帰らない事もしばしばありました。


そんなこんなで半年、実家を離れての生活は忙しくも充実した日々でした。



半年後、ステラお姉様が特別生として入学されることが決まるまで…

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