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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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3/80

妹は甘やかされる

「おい、スピカ!今から遠駆けに行こう!西区の先の丘が花畑になってるって聞いたんだ!」


スピカの部屋にノックも無く入ってきたのは直ぐ上の兄フレットだった。


「フレット、ノックくらいしなさい。スピカが真似したらどうするんだ。それと今日スピカは僕とオペラに行くんだ。」


そう言うのは次兄のアレクである。


「私そんなはしたない真似しませんわ。」

可愛らしい頬をわざと膨らませた少女が腰に手を当て2人を小さく睨んでいた。

少女はフレットの方へ向くと少し困った顔になりながら続ける。

「フレット兄様、今日はアレク兄様とのお約束があったの。明日ではダメかしら?アレク兄様、今日は体調もよろしいのですって!」

下から上目遣いでお願いと両手を胸の前で組む妹にフレットの目尻は下がりっぱなしだ。


何より、10歳を過ぎた頃にモナザ病に罹患した兄が体調が良いというのも妹の懇願理由なのならば仕方がない。


モナザ病は徐々に視力と聖力(他国では魔力や気と呼ばれる神秘の力)が徐々に失われる難病で、完治には聖創(聖力の源とされる臓器)かそれに準じる聖痕(万人に1人の身に稀に現れる聖力の炉心と体細胞が合わさったもの。魔眼や魔爪等。)を移植するしか無い。しかし聖創は命に直結する器官であり、聖痕は万人に1人の確率の為絶対数が少ない。

何より聖力と視力は奪われるが命までとる病では無く、聖力が無いものは貴族籍から除外されてしまうためドナーの成り手が現れることが稀な病なのだ。

そんな恐ろしい病の兄は、あと数年もしたら可愛いスピカの成長した姿すら見ることは叶わないと思うと今日の1日くらいは譲ってやる気になるフレットであった。


「よし、分かった。でも明日は絶対俺と出掛けるんだぞ!」

そう言うと自分より頭1つ半ほど小さいスピカの頭をガシガシとフレットは撫で回した。

「お兄様痛いわ!これでも私淑女ですのよ!もう少しレディ扱いして下さいまし」やれやれと言った様子でスピカは進言する。しかし何度言ってもこの兄は自分の頭を撫で回すのだ。


トントン


3人の小さな笑い声が響く室内にノックの音が響く。ややあって「カイン様がお越しです。」と侍女が伝える。部屋の主であるスピカはお通ししてと伝えると学園服姿の長兄が入ってきた。


「やぁ、みんなスピカの所に居るって聞いて急いできてしまったよ。スピカ、これはお土産だ。あとで食べると良い。最近都で評判の菓子らしい。気に入ったら店ごと買ってやるからな。」

なんでも無いことの様に怖いことをさらりと言う長兄にスピカは少し頬を引き攣らせ「カイン兄様、ありがとうございます。でもお店ごとは遠慮しますわ。もう3件も菓子屋を私にプレゼントしてくれているではありませんか。」と重ねてくる。


「私はそこの2人とは違って中々スピカに会えないんだ。その詫びの意味もあるのだから受け取っておくれ。それに個人資産は多いに越したことはない」


そうするのがさも当然の様に言い放つ有様である。


「カイン兄様ずるいぞ!その菓子、それ俺が贈るはずだったのに!」フレットは長兄を指差して地団駄を踏む。


「何がずるいものか。流行りのものなんだ、早い者勝ちだろ?」優越感が籠った声音で会話はふふんと鼻もならさんばかりにカインは言う。


「いや、兄上はズルいですよ。僕は2人と違って見立てる事が苦手なのに、そこにきて見立ての必要のない甘味なんて!」少し拗ねた様にしつつ、しかし実自分の弱点を推して罪悪感を植え付けるような強かさを秘めながらアレクも発言する。



「もぉ、お兄様方!いい加減にして下さいまし。」

可愛らしい叱咤が入るのはいつものことだった。


エメンタール伯爵家の日常は常にこんな感じである。


なんだかんだと言いながらこの兄弟達は妹を甘やかしたいだけなのだ。本気の喧嘩では無く妹の1番になりたいが為に贈り物は日常茶飯事だし、自慢の妹と自分との仲の良さを見せつける為にお出かけをする事も多かった。

何よりも妹が可愛らしいのがいけないと3人は常々思っていた。


男兄弟のなかに、少し歳のあいた花が一輪咲いているのだ。蝶よ花よとならない方がおかしい。

それも、当人は生まれ持った資質なのか奥ゆかしく、優しく素直な少女へと成長している。

いくらなんでもこんなに甘やかしては我儘娘に育ってしまうのではと周りが危惧する程の溺愛っぷりだったのだが、それすらも杞憂だったかのように少女の心は清らかだった。


多少の贈り物は素直に受け取ってくれるが、過分だと思うと躊躇いをみせ、どうやって断ろうかと思案し始めるのは常でそんな姿さえ兄弟は愛おしく感じてしまうシスコンっぷりなのだ。


いつぞやは「妹とは言え養女でしょ?そんなどこの馬の骨ともわからない他人をよく可愛がれるな?」などと言ってきた貴族子弟を3人でフルボッコにした程だ。長兄カインは魔法の応用で呪詛をかけ、次兄アレクはサロンでお姉様方に子弟の悪評を訴え、三男フレットは文字どおりの肉体的にボコボコにした。


泣きっ面に蜂状態の子弟は親に発言がばれ、サロンでも悪評が立ち婚約打診が打ち切られあわや除籍となる寸前で、兄達から武勇伝のように話を聞かされて青ざめたスピカからの謝罪で貴族としての一命を取り留めた。その時子弟が赤面して傍目にも堕ちたのがわかる程だったのでその後スピカに面会が叶わないのは別な話である。



そんな自分に甘く、多少重いが愛を与えてくれる兄達がスピカは大好きだった。

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― 新着の感想 ―
兄妹の関係が微笑ましいな~と読んでました。
なろうではよくお嬢様が「~してくださいまし」と言う語尾が使われていますが、「~まし」は丁寧ですが下町や庶民的な語尾ですよね。 同じ語尾なら「~ませ」の方が本当は少しお嬢様言葉っぽい。 なぜかなろうは「…
あ〜〜なるほど、伯爵家とは云え、自己中で我儘放題な義兄弟達でしたか。 それでこの先の展開が予想出来ました。
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