心のざわめき
どうしてこうなってしまったのでしょう…
私が今いるのは西の客間です。
我が家の使用人達は皆優秀なのでお客様が居なくても客間は綺麗に磨かれていました。
この客間は緑を基調にしたボタニカルな雰囲気のお部屋ですがなぜか穏やかな心持ちになれません。
ただ普段とは調度品から配置まで異なっている為に同じ家でも落ち着かないのです。
部屋を移るのはなんの問題もなかったのになぁ…ただ自分の大切なお友達との手紙やプレゼントだけでも手元にあれば急なことで不安な心を癒せたかもしれないのにと思うと益々気は沈みます。
何故私があの時責められなければならなかったのかはわかりません…それに気のせいであって欲しいですがステラ姉様は階段を登って行く際に私を見て勝ち誇ったように笑われていました…。
やはり私はよく思われていないのかもしれません。
事前にステラ姉様のお育ちになった環境はお聞きしていました。私がもしその立場でしたらきっと辛かったと思います。そして自分が辛い思いをしているのに自分の家では赤の他人が可愛がられて良い生活をしていたら腹も立つでしょう。
でもそれは私のせいじゃない…
出来たら仲良くしていきたいのに…
悶々とした思いもありましたが悩んでばかりいても解決は致しません。
庭の散策に出ようか、それとも書庫へ行こうかと思案して私は散策へ行く為に使用人を呼ぶベルを鳴らしました。散策用の靴とドレスを出してもらうためでしたが、呼んでも誰も来ませんでした。
私は諦めて書庫へ向かうと途中2階が騒がしくなっている事に気付きました。
騒がしいのは2階の自室だった部屋の方です。
遠巻きに覗き込むと何人かのメイドと専属医師のカープ先生が入って行くところでした。
胸を患っているとの事だったので診察でしょうか…。大事にならなければ良いのですが…。
そんな事を思いながらそっとその場を後にして書庫へと向かいました。
書庫はいつもと変わらない静寂で私を迎えてくれます。
数冊の本を読んでいるうちに気づけば辺りはすっかり暗くなっていました。
おかしいわ…いつもだったらこんなに遅くなれば誰かしら私を探しに来るはずなのに…
きっと忙しかったのでしょう。
読み終えた本を棚にしまうと私は食堂へと向かいました。時間はいつもなら夕食が始まって少ししたくらいでしょう。
迎えば食堂からは談笑が漏れ聞こえます。
私はまだ席についていないのに…。
いぇ、遅れた私も悪いのです。それに久々とは名ばかりの初めての家族団欒ですもの、1人かけたところで話しが盛り上がらないはずもありませんわ…。
ノックをして待ちますが入室の許可は聞こえません。
もう一度ノックをして待つと、怪訝そうにフレット兄様が扉を開けてくれました。
「さっきステラがお前の様子を見に行ったのに不貞腐れて無視されたって泣いてたぞ?それに家族揃っての初めての晩餐に遅れてくるなんてどう言うつもりだ?」
私は驚いて声もありません。私はさっきまで書庫に居て、ステラ姉様とは玄関先でお別れした後から会っていないのですから…
「遅れてしまい申し訳ありません…ですが、」
「まぁ、いいさ。ステラは気にしないって言ってたし。お前も早く席につきなよ。」
そう言って案内された席はいつものお母様の隣の席ではなく何時もはフレット兄様が座る席です。
いつもの席はお姉様が座られています。そしてその隣には母とフレット兄様が座っていて私の隣はアレク兄様です。
食事はもう前菜とスープが終わり、魚料理が運ばれるところでした。
なんでしょうね。家族全員揃っているのに私はそこでは空気のように存在しているのかいないのかわからないような有様です。会話は私の前を行き交いますがけして此方を振り向かない…
食事中にいつもの通りにアレク兄様へとカトラリーを渡せば「これ見よがしに僕を病人扱いしないでくれ。」と言われ戸惑い、学園の話題を口にすれば「ステラはまだ学園を知らないんだぞ。配慮がない。」とカイン兄様からお叱りを受けました。
いつも美味しい食事もなんだか味気がなくて…
どうやって部屋まで帰ったのかはうろ覚えです。
やはりボタニカル柄の客室にはなんだか慣れなくて、天蓋のないベットの上ではしたなくも昼用のドレスのまま横になっていました。
私のグルグルした思考は控えめなノックの音で現実へと引き戻されました。どうぞと促せば入ってきたのは顔馴染みの赤毛でそばかす顔の女の子です。
彼女はアリッサ。去年から私の専属侍女となった侍女マーサの娘で私の幼馴染です。
どうしたのか問う前にアリッサは深々と勢いよく頭を下げました。
「スピカお嬢様、突然ですがご挨拶に参りました。本日付けで私はステラお嬢様の専属となりました。短い間でしたがわたし、スピカお嬢様の侍女になれて嬉じかっだでず。」
最後は涙と嗚咽が聞こえてきて、本当に不本意な突然の異動だと言うことが分かります。
私はそっとアリッサを抱きしめました。
次の専属が決まるまでアリッサは時間が空けば手伝いに来ると申し出てくれましたが私はそれを断りました。屋敷に来たばかりのお姉様はきっと心細い思いをしているはずです。近くでアリッサには寄り添って支えてあげて欲しいのです。私がアリッサと共に過ごせて支えられていたように…そう言うとアリッサは「はい!不肖アリッサ頑張ります!」と何故か敬礼されてしまいました。アリッサは面白い子ですね。私もなんだか元気が出ました。
あっそうそうとアリッサは私の腕から抜けると、ちょっと待ってて下さいねと言って廊下に一度下がりました。私はなんだろうとキョトンとしてしまいましたが、アリッサはすぐに戻ってきました。ワゴンカーに山積みになった私の私物です。
「まぁ、どうしたの!こんなに沢山大変だったでしょう⁈」
「ステラお嬢様が欲しがる前に明日からの学園で使う物だけでもと思い確保して来ました!殆どのドレスやアクセサリーはステラお嬢様がスピカお嬢様から譲り受けると仰ってましたので…このままではスピカお嬢様が困ると思って持って来ちゃいました!」
よく見れば制服や教科書、個人的な手紙や何時も使っているアクセサリーなど本当に必要か大切なものばかりが厳選してそこにはありました。
「アリッサ…本当にありがとう。明日の事まで気が回っていなかったわ。それに、手紙やアクセサリーまで…」
「…スピカお嬢様、大変申し上げにくいのですがステラお嬢様が化粧品やドレス類やアクセサリーを既にいくつか奥様経由で自分のものにされております…」
そんな…化粧品は予備があるので問題はないでしょうがドレスやアクセサリーは殿下やアナからのプレゼントもあります。そんなものを勝手に譲渡したとなれば不敬罪に問われても文句など言えません。
慌てて確認すればいくつか無くなっていました。お母様に言っておかなければならない事柄です…。
頭が痛くなるのを堪えつつアリッサに改めてお礼を述べるとアリッサはそろそろ戻りますと言って去っていきました。
結果から言いますと、アリッサの判断は正解でした。翌朝お母様に相談したのもあって殿下やアナからのプレゼントだけは返してもらうことが出来ましたが殆どの私物はステラお嬢様の日用品が揃うまで貸してあげなさいと嗜められました。
まだ学園へは入学しないとの事ですがこのままでは学園用品までお姉様に渡さなければならなかったかも知れないと思うとアリッサには感謝しかありません。
お姉様の日用品が揃うまでとはいってもそれまでの間の私の事はどうするつもりだったのでしょうか…
いぇ、きっとお姉様の事でいっぱいなのでしょう。
問題なく登園出来ているので今は良い事にしましょう…
と楽観的に考えておりましたがあまりの家の居心地の悪さに私は早くも音を上げそうです。着るものは挨拶の日に着ていた物とアリッサが持って来てくれた制服と3着の普段着をここ数日着回しています。専属の侍女もいない今、朝の洗顔から身支度まで誰も手伝ってはくれません。
食事もあの日と同じように喉を通りません。
かろうじて学園に行っている間は心穏やかに過ごせています。
私は一つ提案を両親にしました。今まででしたら受け入れてもらえなかった提案でしたが状況が変わった今、すんなりと許可が取れました。
これで私は少し穏やかに過ごせるでしょう…




