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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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27/80

思いは違えど

揺れる馬車の中エメンタール伯爵夫婦は殆ど無言だった。


2人は吉報の後すぐに出国の手続きを済ませ、バーリバース王国との玄関口となる街まで転移魔術で移動しました。その後はその領地の貴族家から馬車を買い付け、食料品や日用品を山と積んで出国したのははや8日前の事になります。




初めのうちは2人の会話もありました。

娘はどんなふうに育っているのだろう…どんなものを食べどんな縁に恵まれて生きてきただろう…何が好きでどんなものが似合うのだろう…と口に出し、話すうちに段々と気が落ちてしまいました。


本当の娘が生きる事に苦労していた頃、自分達は何をしていたのだろう。本当の娘の苦労を知るでもなく養女を可愛がって幸福を得ていたと考えれば自ずと気落ちしていくのも道理である。

話の端々に「スピカはアレが好きだけれど…」「スピカはこんなとこをした…」そんな言葉が出るたびに2人の口数は減っていき現在のように重い沈黙が支配するようになってしまったのです。


また、エメンタール伯爵は仕事を殆ど放り出して強行軍で此方に来ています。勿論これは皇帝陛下からの格別の配慮あっての事ですが、大貴族としてはやや小心者な所のある伯爵は私的な事で仕事で穴を開けてしまったことに気が気ではありません。

娘に対する罪悪感を仕事を押し付けてきた部下に対するものだとすり替えて考えようとしていたのかも知れません。


エメンタール伯爵夫人も己を責めているようでした。自分の記憶の中にある娘はお腹の中にいる時とお産中の苦しみ、そして産声とひと時の合間の触れ合いのみだった。今更どんな顔で会えば良いのか…苦労をしていたであろう娘が不憫で、己は安穏と暮らしていた…それどころか半ば娘のことは諦めてしまっていた自分が恥ずかしかった。そうとは知らずよその娘を大切に育てていた罪悪感は沈黙も相まって重く鎌首をもたげる。


旅路の最初のような高揚感はなく馬車は静かに隣国の外れにある教会へと向かって行く。



夫妻の心を整理するのに時間は充分だった。




9日馬車に揺られやってきたのは隣国の西外れにある聖パレス教の支部教会であった。聖パレス教は帝国では国教ですがバーリバース王国では宗教の自由が認められているため特定の宗教に力は無いとされています。指定された教会は比較的大きくはありますが帝国の教会ほどの規模ではありません。50人ほど収容出来る大聖堂と聖職者の居住棟、孤児院と修道院と救護院を合わせたような建屋が町からも外れた丘の上に鎮座しています。




教会の聖堂裏からは子供達の明るい声が聞こえていましたが、夫妻の表情はそれとは正反対の不安そうな表情です。



「ようこそ、エメンタール伯爵様。遠路遥々ご足労頂き感謝いたします。例のレディーをお連れしますので、此方にどうぞ」

挨拶をしたのは年若い侍祭だった。この教会の責任者だそうだ。布教の巡教には年若い者を送り出すのは当たり前の事だったので、多少礼をかいた対応ではあったが夫妻は顔を顰めることもなかった。

通されたのは聖職者の居住棟の一室です。こじんまりとしつつも調度品は揃っており威厳はないが温もりを感じる室内です。孤児の引き渡しや庇護を求めてきたもの達を通すための部屋なのでしょう。



夫妻は勧められましたがソファーには腰を下ろさず、件の保護された娘が来るのを待ちました。


しばしの沈黙の後、木造の廊下が軋む音が近づいて来ます。

ギシリギシリと音が鳴るたびに夫妻の心臓は早鐘を打ちました。


ノックの後ドアが開くとそこには先ほどの神父と神父の胸の高さほどの小柄な女の子が立っていました。


少女とも女性とも区別がしづらい14から18位の年齢で、痩せ細った躯体にこけた顔は頬骨が浮いて見える程に肉はなく、薄い茶色の髪に艶はなく、長さは肩口で切り揃えられており、まるで修道女のようです。此方を見つめる瞳は夫人の瞳より数段明るい紫の光を宿しています。

痛々しいその姿に夫妻は言葉がありませんでした。


「彼女がご連絡した女性です。年齢は15か16だと言われて育ったそうで正確にはわかりません。栄養状態がまだ改善しておらず、髪は生活のために売ったそうです。平民女性の髪売りは珍しい事ではありませんが、あまりお貴族様ではご覧になった事はないでしょう。気になさらないで頂きたい。」

そういうと女性の背を押し挨拶を促します。


女性は声少し震えた声で、しかし気丈に「はじめまして。」とお辞儀をした。

名前は言いたがらない。きっとまともに呼ばれてこなかったのだろう。


「はじめまして、私はマスキー・フォン・エメンタールという。此方は妻のビオレだ。もう少し顔をよく見せておくれ?」

覗き込んだ先の瞳はやはり妻の瞳の色よりも淡い。顔立ちも整っている。エメンタール家の誰に似ているというわけではないが、貴族の種だと言われれば納得するような顔立ちだった。


その後、どんな暮らしぶりだったかなど女性の方から聞けば聞くほどに女性が哀れになってきます。

事前に知らされていた通り彼女の記憶で1番古いのは孤児院での記憶だった。パレス教とは違う教義の宗教教会で物心つくまで育ったそうだ。その後5つ位の時に養い親に引き取られ養い母の内職の手伝いと家事を中心に5年前まではまともに暮らせていたそうだ。しかし、5年前に疫病が小国を襲い、飢饉も重なった。そして養い母は旅立ち、養い父と2人だけの生活になった途端に生活は困窮した。養父は酒に溺れ田畑を耕す事を厭うようになり、食うや食わずの生活を強いられたそうだ。養母から内職を教わっていたのでそれを糧に細々と生活をしていたが先冬の凍害でいよいよになったところ重なるように春に養父が病気で倒れたのだそうだ。そしていよいよ身売りするしか養父を養えないと思い、村の相談役の所へ行ったところでここの教会所属の若い修道士と出会い、「若い身空で身を売ることはない。救護院へお父様共々来ませんか?奉仕さえしていただければ衣食住は保証しますよ?」と誘われてこの教会へと保護されたのだと語った。


「大変な苦労をしたのね…御養父様は今はどうされているの?」夫人は憐れみを隠そうともせず尋ねます。

「こちらに移ってしばらく…夏の嵐の日に旅立ちました。教会には感謝しかありません。今は丘向こうの墓地で眠っています。」

「そう…お辛かったわね…」そう言って夫人は女性の頭に手をやり、ゆっくりと撫でました。女性は突然のことに一瞬びくりと体をこわばらせましたが、優しい夫人の手つきに緊張が解け、小さな小さな嗚咽を上げながら泣き崩れました。


女性は落ち着く為に一度部屋を移り、部屋には夫婦2人が残されました。




「あの子はあまりにも不憫すぎる。このまま帰ることは私には出来そうもない…」

「私もそう思っておりました。あの子を連れて帰りましょう。暖かい家族を今から取り戻しましょう…」



暫くしてから落ち着きを取り戻した女性と侍祭が戻って来ました。

第一声はエメンタール伯爵が発します。

「この子はうちの娘として連れて帰る。手続きをお願いする。」

侍祭は答えを知っていたように一礼した。

「かしこまりました。つきましては彼女に名をお与え下さいますか?新たな彼女の人生に彼女本来の名前を教えてあげて下さい。それできっと過去の自分と決別できることでしょう。」


侍祭の言葉に2人は嬉しい困惑を見せます。名前はあの日から散々考えて呼んであげることができなかったものです。「良いのですか?」と問い返せば「お願いします!」と答えたのは件の女性でした。その目は力強く見つめ返せば真摯な思いが伝わってくるようでした。


夫婦は頷き合うと、

「ステラ…貴女のお名前はステラと決めていましたの。今日からステラと呼んでも良いかしら?」

ステラと名付けられた女性は星のような笑みを浮かべ「はい、美しい名前をありがとう御座います」と涙を流した。



こうしてステラはエメンタール伯爵令嬢として新たな一歩を踏み出したのである。

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― 新着の感想 ―
お話面白いのに、ベースの文章が敬語になったり口語になったりが気になる~!統一してほしい!
スピカを手に入れる為に枢機卿達が手を回してる説無い?
この司祭も怪しい気がするな
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