間話 バンビ達のパジャマパーティー
デビュタント3ヶ月前
皇城の迎賓館ではデビュタント目前のうら若き乙女達が泊まりがけで礼儀作法の勉強に準じておりました。
「今日指導されたところは教本のこちらに実例がありますのでよくお読みになって下さい。こちらとこちらにも近い事例がありますので参考になるかと思います。」
スピカ伯爵令嬢の綺麗な指先が真新しいけれど何度も開かれて読み癖のついた教本をなぞります。
「成程…というか、パールはよく教本のどこにあるかわかりましたわね…私何度か読みましたけれど見落としていてよ」
アルテラ皇女殿下は呆れ半分感心半分でスピカ嬢を見やります。
「本当よね〜。パール様は本当にそつなく課題をこなしてしまうからネフェル様の指導が自分のデビュタントよりも熱が入ってる気がするってゴヴァネも言っていたわ〜」
遠い目をしつつ婚約者を愛称で呼ぶのはパトリシア公爵令嬢です。
「ネフェル様のご指導が厳しいのは今回で指揮取が最後だからとの噂もありますわよ?かなりのご高齢ですし、第二皇女殿下がデビュタントを迎えるのにはまだ大分お時間がありますでしょ?」
シャリーリャ辺境伯令嬢が意見されます。話に上がった第二皇女殿下は御歳5歳でございますので、デビュタントまでは少なくとも後5年はかかります。
「シャーシャお姉様は何処でそんな噂をお聞きになったの?ユーナは全然知りませんでした!」
ユーナリア伯爵令嬢がクッキーを口に方張りながら驚いて見せます。
「あら、ユーナ!そんなに寝る前にお菓子を食べたらお肌に悪くてよ?この前のエメンタール邸でのお泊まり会の後ニキビが出来たって落ち込んでいたじゃない!寝る前は果実かお茶だけになさったら?」
「うぅ〜!シアお姉様のいじわる〜!パールお姉様のところのチョコレートも皇城のお菓子も止まらなくなるくらい美味しいんですもの〜」
「確かに前回のパール様のお宅でいただいたチョコレートは絶品でしたわね。でも、食べ過ぎは何事もよろしくはないですわよ?」
「シャーシャお姉様まで〜!アナお姉様もパールお姉様も酷いと思いませんか⁈」
「そうね、育ち盛りでお腹が空くのはよくわかりますけれど食べ過ぎはよろしくないわ。自己管理も貴族の務めですもの。でも、お菓子を褒めていただいた事は給仕に伝えておきますわ。明日お土産に少し包ませるように言っておくわ。勿論皆さんの分も!」
「まぁ、アナ様ありがとうございます。ユーナ様も食べ過ぎには注意なさってね。この前のチョコレートも少量であれば美容にも効果があるのですけれど沢山は…体型にもお肌にも出ますから…これから皆様もデビュタントのドレス制作が大詰めでしょ?」
「そうなのよ!これからは1ミリも太るなって言われているわ!」
「アナは食べても太らないって前に自慢してたじゃない。でも、私も体型維持を厳命されてるわ〜」
「私も体型維持は言われていたのですけれど身長が型取りの時よりも伸びてしまって…デザインで上手くカバー出来ないか相談中ですの…今から刺繍の刺し直しは難しいですから…」
「それは大変ですわ‼︎シャーシャお姉様はどんなデザインのドレスでしたの?もしかしたら良い意見が聞けるかも知れませんわよ?」
「私、身長が普通の令嬢よりも大きめで肉付きが悪いのでフワフワしたデザインが似合いませんの。だからデビュタントのドレスも体のラインに合わせてスレンダーラインで裾回りに刺繍を施しているの。絵にするとこんな感じよ。」
一同がシャリーシャ嬢の絵を覗き込みます。
「素敵なデザインね!シャーシャの引き立て方をデザイナーはよく知っていると思うわ。」
「丈はどれくらい足りないのかしら?ドレスの素材は?」
アルテラ皇女殿下はデザインへ称賛を、パトリシア嬢は問題点の確認をいたします。
「10センチほど足りないのです。元々ダンスを想定していたので気持ち床から上げて欲しいとお願いしていたので…それに、元々そんなに低くなかった背が伸びるだなんて思わなかったんです…素材はシルクのタフタ生地ですわ。」
「それでしたら、シルクのチュールやシフォンを足し布に使われたら?最近はシルクレースなんかも海外から色々なデザインで入ってきておりますからシャーシャ様の雰囲気に合ったデザインがきっとありますわ!」
「それは素敵!私、パールお姉様のお屋敷で見せていただいた生地見本の種類の多さに驚きましたもの。足し布が難しければ長いインナーにしてチュールやオーガンジーを使うのも面白いかもしれませんわ!」
「ちょっとユーナ、今回はデビュタント…それも我が家主催よ?あんまり奇抜なものは伝統的にダメ出しされてしまうかもしれないわ」
「あぅ…それもそうですわね…面白いと思ったんですけれど」
「着眼点は面白いと思いますよ?デザイナーとネフェル様から合格がいただければですけれど」
「…いっそのこと薄布でスカート全体を包んでしまうのは如何かしら?たしか最近南のデビュタントでそんなふうに布地を使ったドレスのご令嬢がいたとお兄様が言ってらしたからマナー的に問題はないかもしれませんよ?」
そういうとスピカ嬢は別の紙にサラサラとデザインを模写し、足し布を足元のみにした案とスカート部分に施した案、長いインナーを使った案を書かれました。
「まぁ、皆様私のためにありがとうございます!私の家は辺境でしょう?どうにも武によった思考が強くって…それに流行や流通は遅れて入ってくる土地柄なのでそんな解決法が出来るなんて思っても見ませんでしたわ。最悪作り直しも覚悟しておりました。」
辺境伯領は何処も他国との緩衝地帯に領地をお持ちです。それも建国後編入された経緯から結界外であるため他国からの軍事衝突が今も懸念される重要な軍事拠点なのです。故に娯楽は少なく、質実剛健を掲げる家門は少なくないと聞いております。シャリーシャ様の生家であるマール辺境伯領は北部の山脈を背にした厳しいお土地柄ゆえに商人の足が遠いのかもしれません。
お嬢様方は力になれて良かったと口々におっしゃいます。
「あのぉ〜これはユーナの我儘なんですけれどお姉様方はどんなドレスになさるのですか?私とても気になってしまいました!」
最年少のユーナリア様が可愛らしくおねだりをされます。
「私も気になります!是非お聞かせ下さい!」
シャリーシャ嬢も目を輝かせます。
そこからはデビュタントのドレス紹介の場になりました。
「私は肩を出すようなシフォンの飾り袖で胸元は切りこみは控えめなの。その代わり背中は大きめにカッティングしてあるわ。形はベルラインで布地は王太子殿下からいただいたジャガード生地なの。硬めの生地だからハリはあるのだけれど刺繍が難しいのよね…アクセサリーは皇室の宝石である金とダイヤでダリヤをモチーフにする予定よ。彼方の国の国花がダリヤですからね」
皇女殿下はデザイナーが書き起こしたデザインを皆様の前に出します。
「まぁ、上品でアナ様にお似合いだわ。」
「王太子殿下から布地をいただいたんですの?王太子殿下はアナお姉様を大切に思ってらっしゃるのね!」
「それにアナ様もお顔が晴れやかなところを見ますと、王太子殿下とのご関係もよろしいようですわね。」
「耳飾りは王太子殿下の瞳の色なんでしょ?シトリンでダリアの意匠と噂されてましてよ?」
「あら、そういうシアだってお兄様から宝石をプレゼントされたと聞いてますわよ?どんな加工をされる予定なの?」
「私はネックレスにする予定です。家玉のエメラルドを頂戴したのでゴヴァネの髪と同じ銀と組み合わせて使わせていただく予定でしてよ。」
「シアお姉様のドレスはプリンセスラインですの?それともAライン?私はプリンセスラインなのですけれど」
「どちらもハズレよ。シャンタン生地のエンパイアでフリルを段違いで重ねた形なの。切り返しにはサテンレースのリボンで肩口にも同生地なの。エンパイアとは言ってもボリームのあるラインどりにしたわ。刺繍は胸元ね。」
「それではみんなバラバラのドレスラインですわね。私はAラインで胸元にフリル。腰に薔薇の意匠に致しましたの。3種類の生地を使い分けるデザインで前身頃に家紋と胸元にケルピーの刺繍を刺していますわ。アクセサリーは真珠ですわね。」
「どちらのドレスも早く見たいくらいですわね。ユーナ様はプリンセスラインでどんなデザインなんですの?」
「お姉様達のドレスみたいに大人っぽくなくて、フワフワのフリルがたっぷりのボリューミーなドレスラインです。胸の下と腰に大きなリボンをつけるので子供っぽく見えるかもしれませんわ…」
「あら、ユーナの愛らしさが全面に出てきっと可愛らしいと思うわ。たしかカナルザン伯爵家の家玉はピンクトルマリンでしたわね?それもユーナにはぴったりだと思うの。」
「本当ね、ユーナはそういったドレスがきっとお似合いになるわね。刺繍はやはり胸元?」
「いぇ、胸は調整が必要になるかもしれないからと、腰のリボンに刺しておりますの…」
一同の視線がユーナリア嬢のお胸に集中します。
1番幼いユーナリア嬢ですがお胸の発育は4人の中では1番なのは傍目からもよく分かります。特に今は寝巻きで締め付けるものなど何もなくその丘陵の存在感を引き立てるのです。
「いくらお姉様方でも、あまり見られると恥ずかしいですわ!」
それからも乙女達の夜は姦しく過ぎてゆくのでした。




