カイン視点 2
私の妹が特別なのは知っていた。
でもそれは家族にとっての特別だ。
決して他の特別などでは無かったはずだ。
しかしそうでは無かった。
先日から私達一家は領地へと滞在している。大きな目的は私の魔術研究とスピカたってのお願いであるご当代様への慰問であった。
最初は2人旅の予定であったが、スピカが領地へ行くのは2歳の頃以来と言うこともあり父様と母様が一緒に行くと駄々を捏ねた。そして弟達まで結託して家族旅行の体で付いてきた。全くもって誤算だった。しかし領都では私も忙しくなってしまい中々スピカの元へと行けなかったので結果としては良かったのだろう。不本意ではあるが…
私が魔術研究をしているせいで教会からの面会許可が中々降りずやっと降りたと思ったら「領主一族としての面会で有れば許可する」との事だった。それでなくともスピカを待たせてしまっているのに私の研究は許可されない事にも多少の苛立ちはあったが神秘の秘匿と保護を謳う教会の立場も分かるので今回は此方が折れる事にした。何よりこれ以上スピカを待たせる訳には行かない。
そして迎えた慰問日に事件はおきた。
聖域までは何の問題もなかった。多少、枢機卿と父様が貴族的な争いをしたくらいだろう。スピカは多分気づいていなかったから問題では無い。
しかし、結界の乙女の成り手が近年少ないとは聞いていたがデビュタント前の幼児にまで唾を付けようとするとは思ってもみなかった。
確か枢機卿は大分遅い頃に授かった末の娘を結界の乙女として差し出す事で今の地位に着いたと噂される人物だ。次代の乙女も自分の口利きで用意したとなれば教会内での発言力も増すのかも知れない…警戒しておこう。
さて、本題だ。
私達は目隠しの後聖域へと案内された。目隠しをして教会内を歩かせる事で方向感覚を狂わせ、聖域の場所を分からなくさせるのだろう。多分案内人も何人か替わっている。本当の聖域の場所を知るのは教会内でも限られた者だけなのだろう。
スピカは怖がっていないか心配ではあったが規則なので仕方がない…此方も目隠しをされては確認のしようがなかった。
それなりの時間を歩かされたどり着いた小部屋で案内人は目隠しを外す。あまり厚い目隠しではなかったので直ぐに目は慣れた。蝋燭の灯りに照らされた窓の無い円柱の部屋だった。
スピカは落ち着いていたので一安心だ。落ち着いて見えるが緊張と興奮がみえた。この部屋の先に聖域があるのがわかっているのだろう。
この部屋には覚えが有る。2年前の結界の乙女引き継ぎの際当主代理として立ち会った時にも同じようにして連れて来られた部屋だ。当時はお役目の事もあり緊張であまり観察出来なかったが今回は足元にある魔法陣を凝視する。転移系にも似ているが結界の陣にもみえる。重ね掛けだろうか…
そんな事を思案していると枢機卿の一声で魔法陣が光った。結論階移動の転移魔術と結界魔法、封印解除の術式などダミーを織り交ぜた複合魔法陣だった。流石に初見では私といえど見抜けなかったが、今回で2度目。全てでは無いが幾多かに既存の陣をみつけた。
一拍の後転移した先は薄暗い石壁の部屋だ。
部屋の中心に一段高くなった寝所があり2つの寝所と呼ばれる棺が鎮座する。部屋の四隅には魔道具が埋め込まれているらしく歩くのに不備は無い程度に灯りを灯している。
枢機卿が当代様への挨拶を促すと隣にいたスピカは迷いなく右の棺へと歩みを進める。
不思議に思ったのは私だけではなかったようで、枢機卿が「おや、よく其方の寝台にご当代様がお休みだと気付かれましたね」とスピカに聞いた。
スピカの身長ではご当代様の様子など近寄らねば見えないであろう高さなのだ。勿論ここの事は事前にスピカには話していない。私自身どちらが当代の眠る棺なのかなど覚えていなかったのもある。
当のスピカはこてんと小首を傾げなぜそんな事を聞かれるのか?と言わんばかりに「だって、こんなにも輝いていらっしゃるのですから此方にいらっしゃると思うのは自然なことではないのでしょうか?」と答えた。
驚いた。この薄暗い部屋に灯りは四隅の物のみ。
スピカには一体何が見えているのだろうか。
スピカにはどうやら寝台が光って見えるらしい事は伝わった。
私はスピカにどんな風に見えているのか聞いた。
「白みがかった黄色の光文字が包帯を巻いたように寝台を包んでいるように見えます。そしてその文字の帯は天へと伸びて見えます。」
その答えに私は興奮が隠しきれない。
「文字⁈なんて書いてあるか分かるかい⁈」と矢継ぎ早に聞いてしまった。スピカはびっくりしながらも答えてくれる。
「えっと…古い文字なので全部は分かりませんが、教典の一部と同じ内容のところはわかります。」
何と言う事だろう。私の仮説が正しければスピカにはこの結界の乙女の魔術式が見えているに違いない!
枢機卿がスピカが魔眼の保有者だと宣言をしているがそんな事はどうでも良い。私は私の妹が長年の謎を解き明かす鍵を握っている事が判り嬉しくて堪らない。
私はスピカにどんな言葉か刻まれているのか、術式の始まりは見えるのかなど自分でも驚く程の早口で聞いていた。スピカは明らかに狼狽している。
私は更に質問をしようとしたが、それは肩を叩く父によって阻まれ現実に引き戻される。「少し落ち着きなさい。ご当代様の御前なのだから先ずはご当代様へご挨拶が先だ。お前の好奇心を満たす事は後になさい。」
私は申し訳ない気持ちで一杯になる。研究者としては正しい反応だったかも知れないが、次期当主としては明らかに失格な対応だ。何よりスピカを困らせてしまった。私は決してスピカを、困らせたいわけではないのだ…
一言父に向かい「申し訳ありません」と謝罪し、ご当代様の近くでご挨拶をしようとスピカに手を差し出した。スピカはホッとしたように私の手を取ってくれた。
距離にして数歩の時間で私は気持ちを落ち着ける。
スピカが術式を見てとれることは分かったのだ。研究はこれから飛躍的に進むだろう。一段高くなる境界線まで歩みを進め、私は騎士の礼をとった。ご当代様方が盾ならば私達貴族は矛である。共に国を守る者としての敬意を込めた。
隣を見やればスピカは淑女の礼ではなく主への礼を取っていた。スピカにとってご当代様がそれ程の存在なのだと思っていると、スピカの顔から表情が抜け何かに誘われるかのように棺の方へと向かって行く。咄嗟に手を伸ばしたが、バチリと指先に刺激が走り弾かれたのだと思い至る。
目の前には見えない壁が現れていた。聖域を守る結界だろう事は分かったが何故スピカが結界の中にいるのかが理解出来ない。壁を叩きながら大声でスピカの名を呼ぶが反応は無い。
「おい!スピカ‼︎戻ってきなさい‼︎スピカ!聞こえているのか⁈」
父も叫ぶがやはり反応は無い。まったく聞こえていないようだ。スピカは当代様の横で首を振る動作をしている何か強要されているのだろうか…それとも拷問でも受けているのだろうか…未知の事すぎて分からない…ふとスピカは両膝を床に着けた。倒れたのかと一瞬気を揉んだがどうやら祈りを捧げているらしい。その様子に怪我などは無いのだとホッとする。
そして私は気付いた。ここには教会の枢機卿がいる。何か知っているのでは無いかと思い、問い詰める。
「卿、これはどう言う事ですか。何が起こっているのですか?事と次第によっては私達は黙っておれませんが?」
枢機卿も困惑しているのは見て取れた。
「私共と致しましてもなにぶん初めての事で戸惑っております。しかし結界が発動したと言う事は当代様のご意志が働いたものと…」
にえきらない枢機卿の発言に父も苛立ちを隠せない。
「まさか我が娘を無理矢理次期乙女になどと言うことでは無いだろうな⁈」
私は父の言葉にハッとした。ありえない話では無い。教会からは乙女の力がだんだんと弱まっているので早急に次代の検討をと進言があったはず…
私と父は顔を見合わせて結界を2人で力一杯叩く…
「おやめ下さい!これ以上結界を攻撃すれば排除される可能性すらあります!教会として、お嬢様をとは現状思っておりませんがどうなるのかは私共にも分からないのです…」
排除されるのは困るので壁を叩くのはやめた。こっそりと進めていた魔法の解除も諦める。
今は見守ることしか出来ないらしい。
動きがあったのは1時間半は過ぎた頃だ。スピカが立ち上がり当代の棺へと手を伸ばしたのだ。
このままではガラスの天板にぶつかると思った瞬間ぐにゃりと天板は歪みスピカの手を飲み込んでいく。このままスピカを飲み込んでしまうのでは無いかとヒヤヒヤしながら結界に私と父は張り付いていた。
私達の心配とは他所にスピカは手を引き、棺もスピカを飲み込む事はなかった。
そして、スピカが棺に向かい一礼すると同時に私を足止めしていた結界が消え去った。父と共にスピカへと駆け寄る。
タッチの差でスピカは父の腕の中に囚われる。スピカは状況が分かっていない様子だ。
「何があったか説明は出来るかい?」と私は可愛い妹の顔を覗き込む。スピカは思い出すように一拍の間を開けて説明を始める。
「えっと…ご当代様に呼ばれたんです。ご当代様の聖力とエメンタールの土地の力は相性が悪かったらしくて、私の力を貸して欲しいってお願いされたんです。それでご当代様のためにお力をお貸ししました。しばらくはもつっておっしゃっていました。でも、南の地のご当代様の力が尽きかけていらっしゃるのだそうです。こちらのご当代様と同じで土地と相性が悪いみたいです…あと、ご当代様からの言伝でご当代様のお父様へ無理はなさらないでと伝えて欲しいとお願いをされました。」
スピカの言葉に私は思案する。
成程、地力と聖力には関係性があるのか…近年の結界の乙女が短期間で入れ替わる事の原因かも知れない…それにスピカは、力をお貸ししたと言っていた。自分の聖力を譲渡できる方法を確立すれば長く当代に頑張ってもらえるのでは無いだろうか…
「スピカ…?スピカ‼︎どうしたんだ!スピカ」
思考の海から引き上げたのは父様がスピカを呼ぶ声だった。直ぐに視線を向けるとぐったりと意識を失ったスピカが目に入る。私は一瞬で血の気が引いた。
結界から帰ってきたので油断した!
まさか本当に勤めの眠りに入ってしまったのではないだろうか…
どうする事も出来ずにいる私達に枢機卿が「此処では何も処置出来ません。とりあえず教会の救護所へ向かいましょう。」と提案してきた。もっともだ。
緊急時の為目隠しなど無しで大聖堂脇の部屋へと転移してもらう。緊急時の避難通路だと言うが今がその時だ。
急いで救護所へ向かい診察を受けると、「疲労と聖力の使い過ぎによる休眠でしょう。いつ目を覚ますかは判りませんが起きたら聖水を数日服用させてください。」と診断された。
その後3時間程様子を見たが目覚める様子がない。
無理に動かす事はしたくはなかったがもっとちゃんとした寝台で休ませてやりたかったので、少し無理をして屋敷に連れ帰った。死んだように眠るスピカを見て母は倒れた。
スピカが目覚めたのは2日後の昼前の事だった。
家族みんなで変わる変わる見守り、付き添いスピカは直ぐに元気になった。
私は当代に対して腑が煮えくり返る思いだ。自力でなんとか出来なかったから偶々居合わせた幼女の力を奪い取って補填したのだ。しかもその子は純粋に当代を思い、感謝を伝えたくてその場に居ただけなのに…
目の覚めたスピカに「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。でも、私がしたくてした結果なのでご当代様を責めたりはなさらないで下さいね!約束ですよ!」などと言われなければ…
その後、目の覚めたスピカに色々と話を聞いたおかげで私の研究は一つの仮説を学会に提出し脚光を得る。それは南の領地で検証され結界の乙女のシステムに大きな一石を投じる事になるのであった。




