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【本編完結・書籍化進行中】本当の娘が帰ってきたので養女の私は消えることにしました  作者: 佐藤真白


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18/80

乙女の寝台

今日は待ちに待った結界の乙女であるご当代様の所へと行ける日です。


エメンタール領のご当代様は2年ほど前からお役目に就かれているそうです。


ご当代様へ御目通り出来るのは皇帝一族と当代様が眠る地の領主一族、ご当代様の御身内と教会の役職に就かれている方々と限られた人のみが許されているのだそうです。


国防の要となる大事な場所に無闇矢鱈には出入り出来ないのは当然の事ではあります。ですが、やはり1人でお役目を勤められる乙女の皆様が私は寂しい思いをされているのではないか、せめてこの国をお守りくださりありがとうございますと自分の感謝の意をお伝えしたい。

幸にして私は領主一族の末席の為御目通りの許可は直ぐに出ました。

しかし、お会いするまでには幾つかの儀式を行わなければならないのだそうです。特に私は女児で次期結界の乙女と間違われると結界が綻んでしまう可能性がありますので手順が多くなるそうです。



朝起きると聖水の入ったお風呂で清められました。

朝食は一緒に行くお父様とカイン兄様と共に、黒パンと葡萄水、野菜のスープと木の実の簡素な食事でした。これは教会で日頃食べられているメニューなのだそうで、清めの効果があるのだそうです。

その後は真っ白な法衣に似た教会服に着替えて教会へと向かいました。




領都の教会は領館から本当に直ぐの場所です。屋敷の門を出たら教会の門を潜るくらいの距離でした。

教会の正門の前には十数人の人がいて、私達を出迎えてくださいます。

「ようこそエメンタール伯爵様方。私は当教会の司祭長でサルバトール・エトワールと申します。本日はご祈祷会への参加ありがとうございます。」

1人前に出て挨拶をして下さったのはお祖父様よりもやや年嵩で細身の男性です。他の方よりも裾の長い緋色の法衣に肩からは金糸と銀糸で刺繍された飾り帯を掛けておられます。柔和そうな表情ではありますが何処か近寄りがたい雰囲気をお持ちの方です。

「顔をお上げください、エトワール枢機卿。今日は我等の我儘に教会の門を開けてくれた事感謝する。」お父様はそういうと後ろに控えていた従者に目をやりました。ずっしりと重そうな皮袋を盆に乗せ従者はエトワール枢機卿の近習へと渡します。


何が行われているのかは分かりませんでした。お兄様に後ほど聞いたところ、貴族の義務の一つで御寄進だったそうです。そして、ご祈祷会とはご当代様へお会いする事に対する口実で、対外的には教会の祈祷会へ領主一族が参加した事になっているそうです。当代様へお会いする事ばかり考えていてそこまで考えが回らなかった自分が情けなくなったのは後日のお話です。


さて、教会前での挨拶が終わると私達は貴賓室に通されました。

中は教会らしく磨かれた樫の床に毛足の短いラグがひかれ、その上に2対の3人掛けのソファーが置かれた部屋です。壁には絵画が飾られています。風景画ではなく教典の一部を切り出した宗教画で、確か善行を重ね神から祝福の福音をもたらされた聖女のシーンだと思います。

その絵画を背に枢機卿猊下が、対面にはお父様とそれを挟んで私達が座ります。

「日頃よりエメンタール卿には教会へ尽力頂き、主の代わりに感謝申し上げます。次期当主様もお嬢様も健やかにお育ちのようで…」此処で猊下とチラリと私は目が合いました。なんでしょう?値踏みされているような不思議な視線です。

「本日は本当に意固めではないのですね?」

「あぁ、純然たる慰問だ。」心なしかお父様の語気が強くなりました。少しピリリとした空気の後、

「そう警戒なさらないでください。あくまで確認で御座いますれば、取り敢えずは準備の一環ですのでこちらの聖水をお呑みくだされ」

そう言って人好きしそうな笑顔になり手を叩くと聖水の入った杯を持った近習が入室しました。


お父様は軽く詰め息を吐くと一気に杯を呷ります。

私とお兄様も聖水をいただきます。一気には飲む事が出来なかったので少しずつですが全てを飲み終わると、私だけ白いベールをかけられ隣の聖堂へと案内されました。これこそ教会と言う雰囲気です。屋根の方に添った三角の屋根は高く、白い壁にはシミひとつみえません。まっすぐに伸びた通路には緋色の絨毯がひかれ、通路の両側には木製のベンチが並びます。通路の先は3段ほど高くなり説法台が置かれています。その背面には一面の聖女のステンドグラスが嵌め込まれおり神秘的な光を聖堂に映しています。


私達は一番前のベンチへと促されそこで教典のお話をしばらく拝聴しました。

その後讃美歌を共に納め、祈りを捧げます。聖堂に入ってからは通常の祈祷会と変わる事はない流れでした。


しかしその後は私達は目隠しをされました。初めての事に不安に思っていると、優しい女性の声が聞こえます。

「不安に思わないでください。ご当代様の聖域へお連れいたしますので私の手をお取りください。」

私はこくりと頷き、女性の手を取ります。

足の感覚で絨毯から石造りの通路を歩いてある事がわかります。目隠しのため歩みはゆっくりです。階段をのぼったりおりたりを何度も繰り返して到着したのは蝋燭で照らされた石壁の個室でした。部屋には窓はありません。足元には円形の陣が刻まれており、兄様はその陣を真剣に見つめています。きっと魔法陣なのでしょう。


「選別の儀を行います。此処でご当代様に危害を加えんとする心根の者には永遠に扉が開かれる事は御座いません。聖女と共に有らんと欲すれば自然と道は開かれます。」

猊下が言葉を終えると壁にある一枚の石板に手を触れます。黄色味のある白い光が薄らと見えると同時に足元の陣が強く光りました。

あまりの眩さに強く目を瞑り、目を開くと私達の前には一筋の光さす道が開かれていました。

猊下の先導で私達もその道を進みます。





光の道の先には一間、石壁で覆われた部屋が続いていました。この部屋も窓はなく、中央には二つの大きな棺のような物が鎮座しています。

いえ、それはやはり棺です。

私達から見て向かって左の棺は黒っぽく向かって右の棺は輝くばかりに光って見えます。

「ご当代様へご挨拶をどうぞ」と言われ、私は自然と光り輝く棺の方へと向かいます。


数歩近づくと棺の天板がクリスタルで出来ており中が見える事に気付きます。覗き込もうとしたその時「おや、よく其方の寝台にご当代様がお休みだと気付かれましたね」

入り口から動かず私達を見ていた猊下がおっしゃりました。私は小首を傾げます。

「だって、こんなにも輝いていらっしゃるのですから此方にいらっしゃると思うのは自然なことではないのでしょうか?」

何故でしょう?お父様もお兄様も猊下も驚いた顔をしています。


「ご当代様が輝いてらっしゃるのですか?」

私は猊下の問いに首を振ります。

「まだ、ご尊顔を拝していませんのでそれは分かりませんが、寝台がこんなにも輝いているではありませんか。」

私は何を言っているのか分からず見たままを話します。

「スピカにはどんな風に見えているんだい?」

少し興奮気味にお兄様に問われたので私は答えます。

「白みがかった黄色の光文字が包帯を巻いたように寝台を包んでいるように見えます。そしてその文字の帯は天へと伸びて見えます。」

「文字⁈なんて書いてあるか分かるかい⁈」

「えっと…古い文字なので全部は分かりませんが、教典の一部と同じ内容のところはわかります。」

お兄様はとても興奮していらっしゃいます。


この時点で私はアレク兄様の目のキラキラと同じように他の人には見えていないものが私には見えていたのだと気づきました。秘密にする約束を破ってしまってアレク兄様ごめんなさい…



「ふむ…どうやらお嬢様は魔眼の持ち主のようですな。万人に一人と言われる主からの恩寵です。大事になされなさい。」

あぁ、やはり私の目は魔眼だったのだ…人が見えないものが見えるこの目の謎が解けて少しばかり胸のつっかえが取れたような心地です。


そんな事より、と言わんばかりのカイン兄様は何が書かれているのか、どこから伸びているのかなど矢継ぎ早に私に聞いてきます。

私は戸惑って視線を彷徨わずとお父様がカイン兄様の肩を叩き「少し落ち着きなさい。ご当代様の御前なのだから先ずはご当代様へご挨拶が先だ。お前の好奇心を満たす事は後になさい。」

兄様はバツが悪そうに申し訳ありませんと言うと、私の手を取ってご当代様の眠る寝台へと一緒に足を進めて下さいました。





私は改めて寝台を観ます。一段高くなった部屋の中心、石造りの台の上に木製の寝台が乗せられています。私の身長よりもやや低く背伸びをして覗き込む事で中が確認できる程度の高さです。形は縦長い六角形のようで、多分上から見たらクリスタルのような形でしょう。形から推測するに入口側には足元で頭部は奥を向いて居られるのだと思います。

先ほどは不躾にも、興味の先行で覗き込もうとしてしまいましたが、お父様の言うようにご挨拶が先です。ご当代様に失礼な事をしてしまいました。反省ばかりです。



ご当代様の寝台に向かい父様と兄様は騎士の礼をとりました。私は両膝を寝台の前のにつき祈りを捧げるようにご挨拶致しました。何となくですが淑女の礼では無いと思ったのです。一国民として、この国を支えて下さっている尊き方へ最大級の感謝を捧げたかったので主へのご挨拶と同じ礼を取りました。

「ご当代様、当地領主一族の末席におります私スピカ・フォン・エメンタールと申します。私達がこのように平和な世で生活出来るのはひとえに結界の乙女の皆様方のお力のおかげです。本当に、ありがとうございます。」私は心の中で心からその感謝の念を唱えました。


『ありがとう。スピカさん、こちらへ』

突然頭の中に声が響きます。でも、不思議と怖くはありません。私は導かれるままに一段のぼりました。後ろでお父様達が何か言っている気がしますが今はご当代様様の近くに行かなければなりません。

ご当代様のお顔が見える位置までいくと白いドレスを着た髪の長い綺麗なお姉さんが眠っていました。

『スピカさんにお願いがあるのです。貴女の聖力を少し私に分けて頂きたいのです。』

「なぜでしょうか?」

『此処エメンタールの地は水の力が強い地です。ですが私の聖力は黄色で大地の力…私の力では水の力を堰き止めてしまい、上手く聖力を流しきれないのです。貴女の力は青と白。つまり水と光の力なので此処の守りの力としてとても相性がよいのです。』

成程、今までほんのりと見えていた力の色はその人が持つ力の色だったのだと分かりました。しかし、聖力を分けるとはどうするのでしょう?もしかしたら私が当代様の代わりに眠りに付かなければならないのでしょうか…そんな事を考えているとまた頭の中に声が響きます。

『貴女が眠る必要はありません。スピカさんは聖石を作ったことはありますか?』

私は首を振ります。

『両手を握り、強く守りたいものを思い浮かべながら聖石が出来るように祈ってみてください。』

私は言われるがままに両手を組み、先程と同じように膝をつきます。


そして真摯に祈りました。段々と両手が熱くなります。更に祈りを続けると両手の中に違和感を覚えました。小さな豆を握っているような感覚です。

『とても初めてとは思えないほどお上手です。もう少し頑張って下さい。』

ご当代様の声にもう少しもう少しと力を入れていきます。どのくらいの時間だったのかは定かではありませんがいつのまにか私の手のひらの中に2センチほどの丸い石が収まっていました。ほんのりと青みがかったシーグラスのような石でした。

『その聖石を私の手の上へ乗せてください』

促されたのはよいものの、ご当代様の頭上には透明なガラスで蓋がされています。私は悩みつつも手を伸ばすと、それはガラスではなく水の膜のように私の手を受け入れます。そのまま手を伸ばし、胸の上に組まれているご当代様の手の上に出来た聖石を乗せると聖石はゆっくりとご当代様の中へと沈んで行きました。

『ありがとうございます。これでまた数年はお役目を勤められます。またよろしければ聖石をお持ちください。そうすればもう少し長くお勤めができます。それから、時間が無いので手短にお伝えしますが、南のご当代様の力が尽きかけておいでです。彼女も私と同じで地力に合わない聖力の方ですので助けて下さい。お願いばかりで心苦しいのですが頼れる者が他におりません。どうかよろしくお願いします。私もまた深い眠りのお勤めに戻ります。最後に、私のお父様へ無理はなさらないようにと伝えて下さいませ。スピカさんの純真無垢な思いしかと当代一同受け取りました。本当に有り難う。おやすみなさい。』





その言葉を最後にご当代様の声は聞こえなくなってしまいました。そして我に帰り、辺りを見るととても焦った顔でお父様が、必死な顔でお兄様が一段下がった位置で私を見ていました。

「お父様、お兄様、どうされたのですか?」

私が言うや否や慌てて駆け寄って抱き締められました。それはそれは苦しいくらい。

「よかった!無事でよかった!ずっとお前を呼んでいたのに反応もなくて、近寄りたくても近づけなくて途方に暮れていたんだぞ!」お父様の涙が私に降ってきます。

「何があったか説明は出来るかい?」と兄様が顔を覗き込んできます。私は相当心配をおかけしてしまったようです。

「えっと…ご当代様に呼ばれたんです。ご当代様の聖力とエメンタールの土地の力は相性が悪かったらしくて、私の力を貸して欲しいってお願いされたんです。それでご当代様のためにお力をお貸ししました。しばらくはもつっておっしゃっていました。でも、南の地のご当代様の力が尽きかけていらっしゃるのだそうです。こちらのご当代様と同じで土地と相性が悪いみたいです…あと、ご当代からの言伝でご当代のお父様へ無理はなさらないでと伝えて欲しいとお願いをされました。」私は思い出しながらお父様と兄様に伝えました。

「ご当代様がご当代様の父へと言ったのですか⁈」

そう問うたのは猊下でした。私がこくりと頷くと猊下の両眼から涙がつたっていきます。

「アリシアがそんな事を…」猊下は溢れる涙も拭かずご当代様の寝台を見つめています。そういえば猊下もご当代様と同じ黄色の聖力をお持ちでした。


そんな事を考えていると何だかとても眠たくなってきました。ちゃんとお父様達にお話ししないといけないのにどうしても睡魔が私を襲います。

ごめんなさいお父様、お兄様、起きたらちゃんとお話しします。私はそこで意識を手放した。

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