(1)
ここからの「秘」は文字通り、多くの秘め事が
大人から子どもにまで潜んでいます。
ひと騒ぎが収まると、皆は波の音と船の揺れに暫し浸った。
闇夜に広がる海を渡り続け、小半時程か。
いつも漁に出る領域は既に越え、未開拓の沖に出た。
進み続ける内に、南の篝火が見え始めるだろうとスタンリーは言う。
この静けさもまた、不気味でならなかった。
シャンディアは船縁から顔を覗かせ、海面に眼を凝らす。
表に気配はなくとも、潜れば何か発覚するだろうか。
だがまだ、ここで元の姿に戻る訳にはいかない。
穏やかである事がありがたい筈なのに、妙に感じてしまう原因は風にあった。
この時期の夜風は身を震わせるものだろうが、温かく、晴れた日を感じさせる。
シャンディアはもしやと、シェナを振り返った。
シェナはシャンディアから離れた船縁に腰掛け、呑気に足を外に出して揺らしている。
押せば石ころのように簡単に落ちてしまいそうな小振りな彼女からは、落ちる心配をしている様子は全くない。
前後する踵は時に船体を叩いていた。
シャンディアが耳をすませば、小さな小さな鼻歌が聞こえる。
「……ん?どしたの?」
シャンディアの視線に気付いたシェナは目を瞬く。
短い金髪は、時季外れの温い潮風に細かく靡いていた。
「……それ……何?」
「どれ?……ああ、さっきの?知らない。
もう消えちゃった」
一度歌えばそれっきりだと言う。
シャンディアはそれを遮ってしまった気持ちになった。
未だシェナの細い両手首や首に残る、日焼けのような跡。
靴を脱げば足首にもある事を、シャンディアも知っている。
長期的に何かを付けていた。
そして今、シェナがその事を綺麗に忘れて思い出せないでいる事も。
安定して吹く不思議な風によって、思いの外早く南に辿り着こうとしている。
帆は靡く事なく常に張ったまま、漁船を押し続けていた。
灯るランタンを床に放ったらかしているシェナの姿は、暗い。
賑やかに話したり、真っ直ぐな質問を投げかける彼女だが、独りになると別の顔をする。
反対側にいる3人のように、彼女もまた、何かと向き合っている。
「別に、そんなに怖いわけじゃないよ」
軽く弾む声が、シャンディアの耳に飛び込んだ。
シェナは体ごと彼女に向き、船縁を跨ぐ。
「知る事は別に、そう怖くない。
でも、自分で見つけてみたいのよ。自分の事を。
案外それが楽しかったりするの。
わくわくしたりするの。
だから……まだ黙っててよ」
間を置いた瞬間の顔を見れば、恐怖心を誤魔化している事など、シャンディアには分かってしまう。
だがシェナの、自分が誰なのかを前向きな気持ちで探したい心は嘘ではない。
彼女はやっと楽しさを見つけたのだ。
似た友達と、自分探しの旅をしながら生きる事に。
小半時: 現在の30分。1時間足らずとも。
本編では30分程としています。
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月上旬完結予定
後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
シリーズ完全閉幕します




