(7)
悲しみに震えるシャンディアの背中に、フィオがそっと手を添える。
助けたい。今は、それに尽きる。
シャンディアは、柔らかに広がりゆく温もりを感じると振り返った。
フィオが気にかけてくる顔は不安に満ちていながらも、優しい。
真っ直ぐ見つめる黒い目は彼女の心そのもののようで、シャンディアはつい、その瞳の奥まで吸い込まれそうになる。
「治る…?」
フィオの声に慌てて気を取り直したシャンディアは、再びレックスの足の傷を振り返った。
周囲もまた、黙り込む彼女の返答を待ち構えている。
そして漸く、長い静寂が昏い声と共に解かれた。
「………痛みは少し拭える…でも……
今はそれまで…」
「やって!」
そこへ矢の如く被せてきたのは、レックスのパートナーだ。
「それでいい!そんな顔しないで!
貴方ができる事をして…お願い…」
力強い懇願にシャンディアは間を置いて頷くと、レックスの足に両手を添えて患部を覆い、眼を閉じた。
何が起こるのかと、皆は急に彼女の周りに寄って集る。
添えられた手元からは、白銀の光が淡く灯り始めた。
細かな銀色の光がチラチラと生じ、傷口に沁み込むように体内へ入り込む。
後方からその様子を見ていたウィルは、大事に手にしていた拾った鱗を眺めた。
今見える光の粒や輝きがまるで、これにそっくりだと見比べる。
誰もがシャンディアの魔法に目を奪われていた。
レックスは一切の苦しみを感じず、ただ、瞼を失っている。
大きな切り傷は銀色の光の筋のように美しく、そのまま完治してしまうのではないかと思わせる程だ。
だが、シャンディアの手は震えている。
見ると顔に汗を滲ませているが、熱さ故のものだけではないだろう。
上陸してから使える限られた力を懸命に絞り出し、加減している事など、周囲が知る由もない。
フィオは備えていたバケツの海水に布を浸し、彼女を湿らせてやると、それを見たシェナやビクターも手伝った。
ジェドはレックスの寝床の足元に回り込み、魔法の様子を無言でじっと観察している。
その中でも特に、フィオとシャンディアに目を往復させていた。
2人とも、長い黒髪をしていて確かに似ているのだが、それだけではない気がするのは何故か。
形にならない、ぼんやりとした不可解なものが胸に痞え、体が自然と緊張している。
フィオの誰かを想って心配する様子や、その面持ちは自然なもの。
何の変りも無い彼女にどうして、そのままでいて欲しいなどと思ってしまうのだろうか。
ジェドは、ほんの僅かに開いていた唇を閉じると、シャンディアに目を這わせながら手元の掛け布団を握った。
「………治まった…」
皆の視線がレックスの声に集まる。
それと同時に力尽きたか、シャンディアはぐわんと寝床へ上体を崩した。
彼女を意識していたジェドは真っ先に、しっかりしろと肩を揺さぶっては隣にいたアイザックを押し退け、バケツに浸っていた布を取ると頭から海水を絞って垂らしてやる。
「ベットべちゃべちゃ…」
クロイは小さく呟いた。
寝床でそのような事をしようものなら、母さんに叱られるだろうと想像している。
シャンディアは顔を突っ伏していたところ、再びレックスに向く。
痛みが拭われた彼は、短く礼を言うと気さくに笑った。
すっかり楽になったようだが、安心してはいられない。
「でもまだ…貴方の中には毒が残ってる……
痛みはまた戻る…」
不安に静まり返るその場は一時、火の粉が立つ音だけになる。
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月上旬完結予定
後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
シリーズ完全閉幕します




