(3)
「さぁここに!海水よ!しっかりして!」
事情は知らないが、とにかく元が人魚ならば魚と同じ扱いをするべきだろう。
そう判断したアリーやケビンの母、フィオは、塩にする予定だった海水を広い桶に張り、人魚の傍に重い音を立てながら置いた。
この様子から気付いた子ども達は、小さな両手で水を掬い上げ、地面にぐったり座り込む人魚に懸命に浴びせていく。
しかしそれだと、見ていてちまちまとまどろこしい。
未だ熱そうにうだる様子を見せる人魚を眺めるビクターは、ジェドの腕をトンと弾くと、運び出された桶を顎で指し示す。
互いの目が合うと、2人は皆が群がるそこに割って入り、なみなみと海水を張った桶を持ち上げるではないか。
大人達はそれに目を剥き
「ちょちょちょちょっと!」
「何してるの!止めなさい!」
騒ぎ立てるも、これが最も手っ取り早いと、2人は桶を一気に傾ける。
「「わーーーーーー!」」
その場は、子ども達の甲高い声と激しい流水の音に埋もれていった。
岩をも打ち砕く大波のように返された桶。
高さもあり、泥と化した足元の砂までが弾け飛び、子ども達は騒ぎ立てるばかりだ。
「馬鹿!何てことするの!」
人魚といっても客人であり患者だと、アリーの怒号が飛ぶのだが、それを他所に子ども達は地面の彼女に注目する。
咳込んでいるが、何とも言えない快楽を覚えたのか。
顔色が変わり、潤ったであろう様子が犇々と伝わってくる。
「ねぇ…大丈夫?」
そっと声をかけるシェナに向く、大きな灰色の眼。
目覚める前に耳にしたその声は彼女だったのかと、人魚は口をパクパクさせる。
上手く言葉が出ないのだろうか。
シェナは数秒その光景を見て、過去と重ねる。
自分もこの島に漂流して目覚めた時、同じような感覚だったと。
「ねぇねぇ、だーれ?」
「にんぎょでしょ?」
「どっからきたんだ?」
「うちに おいでよ!」
何を言いだすのやらと、大人は子ども達を落ち着かせようと忙しない。
多くの声が人魚の耳を刺激し、そのまま頭で巡り巡る。
湿った黒い長髪を肌に引っ付けた彼女は、周囲に立つ人間を順に見て、捉えた。
「………あ……貴方……そう…?貴方が…そう…?」
震える真っ白な右手を伸ばす先に、フィオが立っていた。
「知り合いなの!?」
フィオはシェナに激しく首を振る。
そんな筈がないだろうと言わんばかりに驚き、焦った。
そんなフィオを横に、人魚はシェナを再び見る。
興奮する彼女をじっと探る内に、じわじわと大きな灰色の眼が震え始めた。
その双眼の異変に、皆が息を吞む。
「……何だ?その目…俺達が映ってる!」
ビクターの不思議がる声に、大人達も呆気に取られていた。
ただ単に瞳に自分達が映っているなんてものではない。
人魚の眼は今、完全な鏡に変化しているではないか。
「貴方………流れてた…子……?」
「あたしを知ってるの!?」
シェナの大きくひっくり返った声の次に、人魚に静かに驚きながら、警戒するような低い声を漏らしたのは長老だった。
「お前さん…一体……」
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月上旬完結予定
後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
シリーズ完全閉幕します




