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第三話 鋒(1)
あらゆる者や景色を映し出していた双眼は、ふと、元の濃い灰色に返る。
漸く、意を決した。陸に上がる。
ビクターは、急に独り静かに慌てるフィオが心配になった。
「どうした」
彼女の咄嗟の動きに、後方で木に凭れて座っていたジェドや、隣で地面に座り込んでいたシェナも、同じ方角を見ながら立ち上がる。
「………何か来るんじゃないかしら…」
3人は、フィオの言葉に目を合わせた。
漁船では人魚を気にかける発言をしたり、返してやろうと慌てたりと、彼女は今日、やけに気になる事ばかり言う。
足元の子ども達もまた同じように海を振り返るが、傍に立つ背の高い4人の様子を、そう真剣に捉えてはいない。
「どーこーだーよー?」
「なにがくるの?」
ケビンとウィルは彼等よりも前に出ると、浜に向かっていく。
「おい待て!」
ジェドは2人に反射的に放つが、そんな声など聞く様子など微塵も無く、そのまま木陰の間を抜け、波打ち際の方にまで行ってしまう。
ケビンとウィルは行き着いた先で、何も無いではないかと身振り手振りで訴えると、ここまで追い掛けてみろと悪戯な顔をした。
2人はそのまま、明るい陽射しの中で真っ白な砂を激しく蹴り、コロコロとした笑い声を上げる。
残るクロイとリサも、ついついはしゃぎながら彼等の元に向かってしまった。
空は微かにオレンジに染まり始め、鋭い陽光が目を容赦なく刺激する。
後から合流したクロイとリサは、小さな手で目に影を作って振り向いた。
「なんにもいないわよ、フィオ?」
クロイが言う横でリサも頷く。
本当に何も無い事を証明してやると、ケビンは石を幾度となく海に投げ始めた。
重さに左右される様々な水の音が、打ち上がる波の音に楽し気に合わさる。
水切りを教えてと言う彼等の大声が、未だ林の入り口で立ち尽くす4人に飛んできた。
「さっきから、あんま瞬きしないのな…」
不安気にフィオを見ていたビクターが訊ねる。
「目を閉じたくない…」
彼女は目を擦り、振り向いた。
「でも目ぇ赤いわよ?
瞬きなんて、閉じる内に入りやしないじゃない」
その時、シェナの声に覆い被さるように子ども達の悲鳴が上がった。
「「なんかきたーーーーーーー!」」
「「!?」」
先程までの穏やかな波とは打って変わり、唐突に打ち上がる大きな波から、彼等は一目散に引き返してくる。
皆は何事かと目を見張り、そこに釘付けだ。
淡い夕陽の光を受ける水面は、白銀の細やかな光を波に乗せて押し寄せる。
激しい潮の音はまるで、岩を打ち砕くようだ。
それと共に、水中からぼんやりとした影が浮かび上がると、浜に力強く何かが放り出され、転がった。
「「人魚!?」」
「「きゃあああああ!!!」」
子ども達は4人に飛びつき大慌てするも、恐る恐る打ち上がったそれに注目する。
「ここにいろ!」
ジェドは子ども達の肩を掴んで聞かせると、真っ先に走った。
3人も、その後を追う。
波打ち際で激しい飛沫を上げながら、4人が人魚を囲んだ。
俯せになっており、息をしているのが背中の上下の動きで分かる。
真っ黒な長髪は浜に広がり、顔の殆どを覆っていた。
体まで包み隠している隙間からは、真っ白な肌が垣間見える。
だがそれよりも目を奪われたのは、銀の鱗だ。
ビクターはそっとしゃがむと、その下半身に自分の顔が小さく大量に映るのを捉える。
「鏡…」
それを聞いたジェドが同じように膝を付くと、人差し指で鱗を突いてやる。
硬い感触はガラスと同じで冷たく、陽光を反射させて目が眩む。
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月上旬完結予定
後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
シリーズ完全閉幕します




