(15)
漁船を飛び出したジェットスキーは、突き進んで数十メートル。
グレンはゴーグルを上げ、後方を振り返った。
海面からは、飛沫に紛れて人魚が絶え間なく接近し続けている。
レックスもまた速く、互いになんとか人魚から距離は取れているものの、今にも鋭利な爪を持つ手が届いてしまいそうだ。
グレンは焦燥混じりに舌打ちすると、間もなく届きそうになるそれに、銃弾を1発掠めてやる。
耳を劈く程の金切り声が上がった時、それを上回る程の亀裂音を聞きつけ、辺りを見渡した。
「上だ!」
合流したレックスが指差すそこを仰ぎ見ると、巨大なヒビ割れを起こした歪な風景が広がっている。
ガラスにでも覆われているのかと、レックスが1発、亀裂に向けてライフルを撃った。
しかし壊れない。
この僅かな間に減速してしまった事で、後方から攻め寄せる群の手が届きかける。
脱出の術を編み出せないまま、2人は方向転換し、海面に弧を描いていく。
グレンは、追手と宙の亀裂に視線を向け続けた。
よく見ると、点々と細かなヒビ割れも観測できる。
これまでの攻撃によるものならばと考えた時、彼は並走するレックスを振り返る。
「殺れば砕けるだろう!いつまでも埒が明かねぇ!
こいつ等ちっともお帰りにならないぜ!」
また、生じる割れ目の程度が、群が受けた被害と比例するならばと、早口に放った。
「ああだが、俺等の島も西みたくおじゃんになっちまうかもな!」
レックスが懸念する、以前に沈んだ西の島の一件。
それもまた、魔女が空島に昇った事で招いた最悪の事態だった。
グレンはゴーグルを装着し直して言う。
「魔女だの人魚だの竜だの!勘弁しろ!
地球はどこへ向かってる!」
「偉いさんの考える事なんざ知るか!」
そうこうぼやいている内に、レックスのジェットスキーの後部に2体の人魚が掴みかかった。
激しく揺れ動いた事でバランスを崩し、彼の姿勢は一時崩れる。
限界の速度を保ったまま、2人は声が届く距離まで漁船に接近した。
「止まるな!攻撃すりゃ直に壁が砕ける!」
レックスの叫びに、マージェスは合図した。
既に漁船は動きだし、帆を失いながらも進み始めていた。
シェナとビクターも展望台から合流しており、皆で碇を上げた後、仕掛けていた網を手早く取り込んでいる。
そして、漁船内の柱に留まる人魚の悲鳴が甲高く上がり、それに全員が怯んだ。
「なぁカイル…まさかあれ、食うのか?」
皆が碇と網を上げ切り、再び上のフロアに戻る中、ジェドがぽろっと訊ねる。
「何言ってんの!?臭いし美味しくないわ!
魚の内臓と一緒よ!」
シェナのそれに、ビクターが少々吹き出すが
「ねぇねぇ…」
僅かに距離を取ったところで、フィオが声をかけた。
先へ進む皆は、それにふと足を止める。
「……泣いてない?
……早く外して、海へ戻してあげましょ」
皆は互いに顔を見合わせる。
確かに悲鳴を上げているが、彼女が意味するそれとは違うように感じるのだ。
フィオは僅かに俯き、不安になっている。
このような気持ちになる理由は全く分からないが、自分の事のように悲しくなっていた。
目は潤み、瞳は震えている。
まるで人魚が感じているものが、そのまま伝わっているかのように。
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月上旬完結予定
後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
シリーズ完全閉幕します




