(12)
フィオが船室の窓を覗き込んだ先には、カイルとマージェス、ジェドが目にも留まらぬ速さで人魚を叩きのめしている。
マージェスの苛立つ怒号が再び聞こえた時、それに合わさるように、ジェドが1体を彼に滑らせると、人魚はそのまま投げ出される。
中でもジェドの身の熟しが、この上なく素早い気がした。
しかし、南から来た老人が言う彼の目の変化は、この位置からでは捉えられない。
フィオはじっとジェドを見つめながら、微かに頬に付着した人魚の血を拭う。
彼は今、ナイフから槍に持ち替えている。
人魚が剥き出す爪や牙を、誰よりも余裕を持って、華麗に躱し続けていた。
体力が落ちている様子は全く無く、ただ只管武器を操り、時に手足の攻撃が加わる。
隙をほぼ確実に突く動きはまるで、相手の次の出方を予測できているように見えた。
その動きに、フィオはハッとする。
空島で、魔女の下部を倒す際にも見られたものではないか。
ただ倒すのではなく、殺意が滾る獰猛な動き。
あの時ビクターが彼を殴り、動きを止めていなければ、何が起きていたのだろう。
フィオはふらふらと首を振り、ドアノブに手を掛けた。
その時と同じ状態ならば、このままだと彼が何かに呑まれてしまうのではないかと、怖くなる。
「嬢ちゃん止めとけ!中にいろ!喰われちまう!」
「でも友達が危ない!」
老人の気にかける声も他所に、彼女はドアを開けてジェドを呼ぶ。
船首の傍まで攻めている彼は遠く、顔の様子が見えない。
更に名を呼んでみても、真横から飛び込む人魚の騒音や、武器が宙を掻く音に消されてしまう。
フィオに更なる不安が襲い始めた。
この状況だからではなく、もし彼にあの時と同じ異変が起きているならば、こちらの声が届きにくくなっているのではいか。
1人ここにいる訳にはいかないと、彼女は船室にあった予備の槍とナイフを取る。
「嬢ちゃん無茶だ!」
「私だって戦える!出てきちゃダメよ!」
そう言って飛び出した時、足元に大きな影が揺らぐ。
見上げたそこには、まだ風に靡くシェナがいた。
フィオは迷いを見せ、ジェドと彼女に視線を往復させる。
しかし、機会を捉えたビクターが即座に武器を仕舞い、展望台の柱の麓にきて周辺を素早く確かめ始めた。
ビクターは遥か高い頭上に揺れるシェナを見ながら、別のロープを探し当てる。
それは、其々の帆と帆桁を固定しているものだ。
切れば、それらと入れ替わりにロープが上昇するだろう。
「放すな!」
彼はシェナに吠え飛ばすと、ロープの高い位置に飛び付き、刃を光らせる。
「止せビクター!」
咄嗟に戸惑いの声を上げるマージェス。
それにはカイルも目を剥いた。
「後で直す!全員頭引っ込めろ!」
ビクターは周囲一帯に怒鳴ると同時に、掴んだロープの根元を切断。
マージェスやカイル、後からジェドの叫び声まで混ざる中、ビクターは風を切るように展望台まで急上昇。
入れ替わりに、真下には一部の帆と木材が激しく落下。
強い衝撃に新船の床は凹み、船体が急激に傾くと、船縁や船室の端まで皆が転がる。
「この阿保!」
しかしマージェスは、落下した帆や帆桁に更に度肝を抜かれた。
数体の人魚が下敷きになり、唸り声を上げている。
船縁まで激しく転がっていたジェドがそれを目撃し
「やり。纏めておじゃんだ」
だがマージェスは、焦燥混じりの怒号を放つ。
「壊すなっつったろう!」
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月上旬完結予定
後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
シリーズ完全閉幕します




