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買い物を終えて寮の部屋に戻ると、まず手を洗い、それから奥の部屋に向かった。1Kの八畳。元々二人部屋なので二段ベッドと二人分の机がある。
益田は一段目のベッドのそばに屈んで声をかけた。
「ただいまぁ。……具合どう?」
頭から毛布にくるまっていた同居人は、ピクリと反応して器用に顔だけ見せた。目がとろんとしている。眠りから覚めたばかりというのもあるが、昨日から熱を出しているせいでもある。
「ごめんね、一人にしちゃって。明日から休みで、ずっといられるから。……ご飯食べれそう?」
布団を被ったままの同居人は少ししてからコクリと頷いた。
「すぐ支度するね」
毛布の中に手を潜り込ませて頭を撫でると、心地よさそうに擦り寄せてくる。
……ああ、可愛い。
益田は台所に行って、レトルトのお粥を器に半分あけた。彼は食が細い。
――誰にも知られちゃいけない秘密。
そもそもこの部屋には益田しか住んでいないことになっている。益田自身、まさかこんな形で秘密を抱えるとは思わなかったし、今でも戸惑いと漠然とした不安が胸の中で渦巻いていた。
きっとこれは、隠し通さなくてはならない。
「起きてー。ご飯だよー」
レンジで温めたお粥とスポーツ飲料の注がれたコップを持って、再びベッドへ戻る。布団の主が、もぞりと起き上がった。毛布が頭からずり落ちる。
すると、ぴょんと立ち上がった、
猫耳。
――猫耳である。銀髪から生えた、滑らかな毛並みのこれまた銀色の猫耳である。
…………これを見る度に、「俺の頭はおかしくなったんだろうか」と毎回思う。
思わざるを得ないと思う。だって。
猫耳。
おかしい。有り得ない。
何度となく頬を抓った。痛かったから夢じゃないんだと思う。偽物じゃないことも何十回と確かめた。触ったら温かいし、毛並みの下には皮膚があったし……それに、ピョコピョコ動いた。
猫耳と、尻尾。それ以外は人間だ。
あどけなさを残した少女のような可憐な顔立ちに、華奢な身体。益田の身長は一七六センチぐらいあったと思うが、彼はそれより頭一つ小さい。ただ、髪は銀髪だし目に至っては綺麗な翠色。
まるでコスプレか、遺伝子操作か何かしてカスタマイズされたみたいな、整い過ぎて不自然さえ感じる容貌だ。年齢は益田達と同じくらいかもしれない。
……しかし猫耳少年は会った当初、自分の年齢はおろか名前すらも答えられなかった。ここに来るまでのことについても、堅く口を閉ざしたままだ。
そんな状態で一緒に住み始めて四ヶ月。分かったことは、
未来の猫型ロボットでは無いこと。
自分の基本的な情報を何一つ持ってないこと。
家族すら存在自体が定かでないということ。
とても大人しい……けど、好奇心は旺盛なこと。
「教育」というものを、あまり受けていないらしいこと。
どうも、未来が見えるらしいこと――
「シイナ、ご飯の前に冷えピタ貼ろっかぁ」
一度テーブルに物を置いて、冷えピタシートを箱から取り出す。おでこに貼ってやると、ぴくんっと彼は身体を震わせた。猫耳少年には、間に合わせで「シイナ」と名付けた。単純に「白」から連想していって浮かんだ名前である。




