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益田の観察日記A


 同じ頃、学校の渡り廊下では。

「おい益田」

 足早に昇降口へ向かっていた益田敬介は、うっと顔をしかめて足を止めた。振り返ると会長の池上がいた。よりによって、急いでいる時に限って呼び止められる。

 ……そういう時ほどムカつくことってない。

「……何」

「文化部の仕訳表はどうなってる」

「まだ手つけてないけど」

「できればすぐ欲しい」

「はぁ?」

 ちょっと急過ぎやしないか。益田の苛つきボルテージが一段階上がって、甘い顔立ちへさらに苦味が走る。

 ここで言う仕訳表とは、各部活動内での部費の徴収や物品の購入などのお金の流れを記録したもののこと。領収書や各部から提出された記録を元に作成していくのが、今益田に任された仕事なのだが……それは昨日の放課後にいきなり決まった話である。

「昨日の今日で?」

「ああ」

「月曜じゃ駄目なの?」

「今すぐ欲しい」

 え、馬鹿じゃない?

「それ正確には月曜の朝までに、なんじゃないの? 本来の提出期限がまさかそんな早い訳ないよね?」

「俺がファイルまとめるのに必要だ。次が押してる」

 口ではそう言っているが。益田は去年のスケジュール表と見比べて、今回はやたら仕事が前倒しに進んでいることに気づいている。

 会長が実家の会社の仕事も請け負っているのも知っているが、きっとそれだけではない。動機は恐らくアレだ。最近日課と化しためくるめく転校生ストーキングタイムを少しでも確保したいため。それで仕事を前倒しにしているのだろう。

 分かっているだけに余計頭に来る。

 ……ホンット、いい迷惑。

 こっちはそれどころじゃないっつーの。

「今日は無理だから。もし本当に今日だったとしても、前もって言わなかったアンタが悪い」

「おい、」

「あー分かった、家で作って送るから。明日の朝までならいい? それでいいね? うん分かったそうしよう」

「聞けっ!」

「じゃ」

 益田は強引に話を打ち切って、池上を振り切った。

「益田っ!」と怒鳴り声が追いかけてきたけど、無視。今日はそんな余裕無い。相手にしてらんないわ。

 益田は昇降口で手早く靴を履き替えて、学校を出た。駐輪場で自転車の鍵を外していると、ちょうど通りかかった遊び仲間から声をかけられる。

「敬介ー! 今日暇?」

「ごめーん! 今日バイトー!」

「ありゃー残念」

「また今度!」

 益田はにこやかに断って、バイバイと手を振る。

 ――バイトが入っているというのは嘘だ。正確に言えば、今日は休んだ。

 自転車を走らせて、途中スーパーに立ち寄る。

 ゼリー、スポーツ飲料、レトルトのお粥、冷えピタシートなどなどをカゴに入れていく。同居人が風邪を引いたのだ。消化に良い物と、刺激物の少ない当たり障りのない物を探して、ついつい成分や原材料名をじぃっと見てしまう。

 ……あの子、梅食べさせても大丈夫かな。


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