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「楠臣、君……」
「恥ずかしい?」
一拍置いてシャツの胸部分が擦れる感触。頷かれてしまった。
あーあぁ。これだけ分かりやすくアピールしても気づいてくれないなんて。
……まぁ、それも込みでこの子は可愛い訳だけど。
離してやると、鳥潟が赤い顔のままこちらを見上げた。長い睫毛に縁取られた大きな瞳は、少し潤んでいる。めちゃくちゃ愛でたい衝動に駆られた。
「ごめんね。鳥潟を久し振りに見たらつい襲……抱きしめたくなっちゃって」
おおおい副会長っ、今何言いかけた!?
見守るしかないギャラリー陣(特にスタッフ)が霧ヶ原の危うい言動に緊張を走らせるが、その後の会話は無事に持ち直された。
「そうだ。先日はありがとうね、すごく楽しかった。次行くなら鳥潟の行きたい所がいいんだけど、どう?」
「ぼ……僕は、どこでも」
「そう言わずにさ。僕は鳥潟と一緒ならどこでも楽しいから」
「……いいの?」
「もちろん」
「じゃ……じゃあ、美術館に」
「美術館ね。何の展覧会行くの?」
「今、東京で印象派の展覧会やってるから、それに」
「分かった。いっそ明日行っちゃう?」
「えっ!?」
デートに誘う時も大体こんな感じのごり押しだ。ちなみに鳥潟は清楚な見た目に違わず、絵画鑑賞という高校生にしては中々ハイソサエティな趣味を持っている。
……あ、追体験情報。鳥潟は明日暇みたい。
「……でも、楠臣君。用事とか」
「むしろ行くなら早い方がいいかなぁ。僕もいつ予定が入るか分かんないし」
ごり押しごり押し。
「……それじゃあ、明日」
「オッケー、楽しみにしてる」
コクコクと頷く鳥潟。霧ヶ原がにっこりと笑ってみせると、そっと微笑み返してくれた。
こういうごり押しは鳥潟に嫌な思いをさせない前提で発動する技である。鳥潟の笑顔を見られたので、霧ヶ原はひとまずホッとした。
まだまだぎこちない感じはあるけれど、こうして目を見て微笑んでくれるのは霧ヶ原と奏に対してぐらいであろう。それぐらいに、鳥潟は引っ込み思案だ。
カメラでは大胆に、時には挑発的な笑みさえ浮かべる癖に、人前ではたちまちはにかんで顔を真っ赤にする。若干、対人恐怖症みたいなところがあるのだ。
それでも霧ヶ原相手なら、鳥潟はつっかえつっかえながら、色んなことを話してくれる。普段口数の少ない、他人に怯えた目しか向けない鳥潟が、霧ヶ原の前では少し安心してくれる。もちろん不安げな瞳で見上げられることもあるけれど、鳥潟が霧ヶ原と話そうとするのは、きっと距離を縮めようとしている気持ちの現れで、霧ヶ原にはそれが可愛く思えて堪らない。
それに――霧ヶ原は鳥潟の「秘密」を知っている。
これが重要。知らなかったら、鳥潟をここまで素直に好きにはなれなかった。結局追体験で知った話だから、少し卑怯かもしれないが……知っちゃったからには、ね。
興味持っちゃって。放っとけなくなっちゃって。ついには惚れちゃって。
そういう訳で、僕は今日も今日とて鳥潟に恋をしているのです。うん、綺麗にまとまったね。よーし、鳥潟と明日の約束も取り付けたことだし、後は、
屈辱のパンツを越えるだけ……(遠い目)
あーやだなー。
「霧ヶ原さーん、そろそろ更衣室来てくださーい!」
あーもうやだなぁあああっ!




