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鳥潟のボキャブラリー

「あ、あのっ……明崎、くん」

「えー?」

「髪、セットしてもらってるから……」

「あら〜、ごめーん。ほんじゃあえっと……この辺を、こう」

 どんどん滅茶苦茶になっていく髪を手で押さえて鳥潟が逃げようとすると、すかさず明崎がさらに手を伸ばし、今度は手櫛で適当なスタイリングを始めた。

「こうしたらイケる? なぁなぁカメラ君。これどんなもんやろ?」

「う〜ん……」

「……アカン?」

「ちょっとNGかなぁ……」

「あー……さいですかー……」

「まぁ、奈緒君もう撮影無いからいいけどね」

「無いんかい! もぅーめっちゃ罪悪感持ってもうたやないか! 数秒前の俺返してー」

「ハハハ」

 ちょっと話しただけで、すぐにカメラ担当とノリツッコミ劇を始めた明崎。明るく笑う彼は、本人も言っていた通り鳥潟にとって兄のような存在だ。



 鳥潟は人見知りが激しく、人と話すのも目を合わせるのも怖くて、いつも俯いているような性分だが、明崎は入学した時から鳥潟のことを色々と気にかけて、根気よく関わってくれた。セカンド・チャイルドだから、というのもあるかもしれないが、本当によくこんな自分の為に付き合ってくれたと思う。

 その明崎が、ここ最近よく一緒にいる人というのが噂の「美貌の転校生」と名高い、笠原 紫己だ。

 鳥潟も時々見かけることはあったが、間近で見たら本当に綺麗な人で本当に驚いた。……確かに女装したらこの人もとても男に見えなくなりそうだ。

 ただ、表情があまり変わらなくて無愛想な人なのかと最初は怖かった。

 それが急に片膝をついて、鳥潟に向かって柔らかく微笑んでくれたものだから、本当にびっくりしてしまった。絵本の王子様にされたみたいなシチュエーションで――それに、ふわっと浮かべた笑顔がとても綺麗で思わず見惚れてしまった。

 それから手を差し出したまま待っている笠原に我に返って、慌てて手を握ったのである。笠原は、優しく握り返してくれた。

 自分でも顔が真っ赤に染まったのが分かった。笠原はすごく気を遣ったのだと思う。鳥潟と初めて会う人は皆そうだ。本当に申し訳なく思っている。

 ……これって、どうにもならないのかな。

 明崎に滅茶苦茶にされた髪を手櫛で整えながら、鳥潟は笠原をそっと窺った。

 笠原は明崎とカメラ君の様子を見ていたけれど、鳥潟の視線に気づいたのかこちらに目を向けた。

 思いがけず目が合ってしまって、咄嗟に目を伏せる。

 ああ、やっぱり駄目。人の目を見るのが、怖い。

「………」

 しばらく笠原の視線を感じたが、やがて離れていった。それを見計らってもう一度、彼を見てみる。

 人形めいた造りの整った顔立ちは、最初の時みたいに無表情に戻っていた。本来はこれがデフォルトなのだろうか。

 落ち着いていて、物静かで、大人びていて。話してみたい、と思った。何となくだけれど、この人なら安心して話せそうな気がした。

 でも、何て話したらいいんだろう……

「笠原さーん」

 長野がホールに戻ってきた。

「鐘代さん呼んでる。服選ぶって」

「分かった」

 応じた笠原は、明崎をチラリと見る。目が合った明崎はちょっと渋い顔をしたが、「はいはい、一緒に行きますよーっと」と笠原を連れて、長野の所へ行ってしまった。

 ……結局話せなかった。

 いつものパターン。こうやって毎回、人と関われない。

 きゅっと胸が痛んで、鳥潟はどうしようもなくただ目を伏せた。


「鳥潟」


 その時、柔らかくて優しい声が聞こえた。はっとして顔を上げると霧ヶ原が(おパンツスパイラルから無事復活して)こちらに歩いてくるところだった。



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