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「鳥潟ー」
明崎が呼びかけると、その華奢な体がビクッと跳ねた。鳥潟は驚きと少し不安が入り混じった表情でこちらを見た。
「あっ……」
明崎の姿を認めて一瞬気を緩めかけた鳥潟だったが……後ろの笠原を見つけた瞬間、顔を強張らせた。そこからなんとも言えない沈黙が落ちた。
視線が交差する。
怯えた小動物のような鳥潟。怯えられて何となく罪悪感を覚え、戸惑う笠原。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「………………………………」
「………………なぁ、明崎……俺はどうしたらいいのだ」
「あれが基本仕様やから……気長に待ったげて」
笠原は途方に暮れた様子で明崎に聞いてきた。
そうなのである。鳥潟と奏の美少女コンビは、性格が全く真逆。あの奏女王とつるんでおいて、鳥潟はまさかの超内気で臆病な性格なのだ。本当になんでモデルやれるんだろう? と思うくらいに恥ずかしがり屋でもある。
俺かてこの人の心開かせるの結構苦労したからな……
「鳥潟ー、この人が噂の笠原君やねん……はい。はーい、柱の影に隠れなーい!」
「………」
「とりあえず挨拶しよ?」
「………」
「んー……笠原、女装する?」
「はっ!?」
笠原はぎょっとして明崎を見た。何だその無茶振りは!
「何故!?」
「女装したらちょっとは怖なくなるやろ?」
「だから何故そこに女装が結びつくのだ!」
「うん、まぁ~今後の経過次第では女装するかもってだけやから? 大丈夫大丈夫」
全然良くない。大丈夫ではない。冗談とも本気ともつかぬ物言いにため息を吐きつつ、笠原は鳥潟の元へゆっくり近づいた。
「……こんにちは」
「……こ、こんにち、わ」
柱を挟んで恐々挨拶を返す鳥潟は、不安げに笠原を見上げる。
何故そんなに怖がるのだろう。……見下ろされると、やはり怖いものだろうか。ちなみに鳥潟よりも笠原の方が頭一つ分は高い。
それに自他共に認める愛想の無さが顔に出ていて、より威圧的に見えているというのもあるかもしれない。
そこで笠原は、思いつくままにその場で片膝を付いた。これで鳥潟が見下ろす側に回るし、笠原に悪意が無いことのアピールはできると思う。見守っていた明崎とギャラリー陣はちょっと驚いた表情を浮かべる。
「笠原と言います。これからどうぞよろしく」
手を差し出し、そして微笑んでみせた。
――ギャラリーからは背中しか見えないので分からないが、鳥潟には抜群の効果をもたらした。まず、顔が真っ赤に染まった。
「あ……え、と……」
小さな声でもごもご呟くと……躊躇いがちに手を伸ばした。笠原はその嫋やかな手が重なって握るまでは、こちらも握らなかった。握手をする時は、包み込むように優しく扱う。
「よ……よろしく、お願いします。……笠原君」
その言葉を聞いてひとまずホッとした笠原。女装はまだしなくてよさそうだ。ギャラリー陣では「……意外に王子様キャラなんだ。……いいなぁ」という呟きもあったが、それは笠原の耳に届かなかった。
「鳥潟偉いやーん!」
「わっ」
「よくできましたっ、お兄ちゃんめっちゃ褒めたろ!」
すぐそばにいた明崎は、すかさず鳥潟の頭を撫で回しにかかった。




