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「後ろ崖っぷちでびっくりせんかった?」
「……あれで大丈夫なのか?」
「それが大丈夫やねんな」
明崎の答えに、笠原は再び胡乱な視線を背中に投げて寄越した。居間に入ると、笠原からこんな質問が飛んで来た。
「この黒い木は……?」
珍しそうに部屋を見回しているので、明崎も一緒になって目を走らせた。廊下もそうだが、家の中は壁も床も天井も、外壁と同じ真っ黒い木でできている。
明崎もどうしてこんな色になったかは知らない。去年入った時からこうだった。
「腐ってる訳とちゃうねんで。何の木かは知らんけど」
とはいえ居間には大きな掃き出し窓があり、そこから日が差し込むお陰で部屋は明るい。
……そして、部屋が汚い。
住んでいるのが男子高校生なだけに、室内がとっ散らかっている。カラーボックスに物がごちゃごちゃ突っ込まれていたり、食べ終わった後の菓子袋がテーブルに放りっぱなしだったり、使用済みのティッシュが転がっていたり。
その有様を見て、笠原が一瞬だけ眉根を寄せたことを明崎は知らない。
「笠原さんの部屋は左な」
部屋の前まで来たので言うと、「え」と拍子抜けした声が後ろから上がった。
目の前には、壁を挟んで襖が二枚ずつ設置されている。
そう、この襖を嵌められた部屋こそが笠原の住処になるのだ。
「俺の部屋、隣やから」
「鍵は?」
「……ついてへん」
……せやんな? 君そういうの気にしそうや思っとったもん。
泥棒とか隣人の明崎が不法侵入してこないか心配になったらしい。確かに、明崎も考えたことはある。
けどっ……けど!
「や、人の部屋勝手に入ったりせぇへんて」
ここまであからさまに警戒されると、苦笑いを浮かべるしかない。
襖を開けて、部屋の内装を見せる。中は六畳一間で、畳まれた布団や机と椅子、カラーボックスに押入れも備えられている。
「キッチンもあるけど、俺ら食堂しか使わへんから好きなように使ってや」
「キッチン……」
その時、笠原の目が一瞬輝いたように見えた。
この後荷物を全て運び入れてから、荷解きの手伝いを申し入れた明崎だったが、案の定素っ気なく断られた。
「何かあったら呼んでや。上おるから」
無難にそれだけ言って笠原の部屋を後にした。




