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伊里塚君の個人授業


「――って感じで、結局笠原があっさり丸め込まれてんけど、どないしたらいい?」

「俺に聞くな」

 次の日の放課後。五時きっかりに学校から出てきた伊里塚と待ち合わせていた明崎は、彼の車に乗った。

 買い出しに付き合う約束をしていた。

 荷物を後ろの席に投げて、明崎は助手席でシートベルトを掛ける。

「明日もう撮影やで。どうしようこれ。まさかここまで早く決まるとは……」

「鐘代もあれで次期社長だしな。力入ってるんだろ」

 運転席に乗るやすぐにスーツの背広を脱いで、ネクタイを緩めた伊里塚はあっという間にいつもの気怠い伊里塚に戻った。全身から「あ〜だり〜」オーラが放たれている。

 その気怠い感じがセクシーでカッコいい! なんて一部の生徒の間では人気のようだが、明崎には今一つその魅力が分からない。

 面倒臭がりと付き合うって、結構めんどいねんで。

「やりたいようにさせとけ」

「う〜ん……笠原が困らんかったらええねんけど」

 結局奏女王の思う壺になったし。

 それに……まぁ、笠原は前からお菓子作りをしてみたかったらしく。どうもこの前の家庭科の時に、明崎は笠原からそんな話を聞かされていたらしいのだが全く覚えていなかった。

 けれど、どういうルートを辿ってか奏女王の耳にはしっかり届いている訳である。

 ああ、恐るべし女王ネットワーク。どないなってるん、ホンマ。

 ……確かに道具高いもんな。一式揃えるってなったら馬鹿にならんやろし。多分あの人のことやから、自分じゃ「無駄遣い……」とか言って買えなかったやろうなぁ。

 大丈夫なんかな。奏女王が関わってる時点で、ホンマ悪い予感しかせぇへん。

 武力行使も厭わない人やし……。

「……そういやお前さ。何か聞きたいことあるって言ってなかったか?」

 あ。せや。

 伊里塚に話を振られて思い出す。

「あのさ」

「何?」

「セカンド・チャイルドの定義って、何なん?」

 こうして伊里塚と過ごすときには、恒例行事として彼の特別講義が行われる。

 明崎が将来、保護観察員を志しているからだ。

 保護観察員というのは、いわばセカンド・チャイルドの里親のこと。何らかの事情で親元を離れたセカンド・チャイルドを保護し、成年するまで養育する仕事だ。

 言うまでもなく、彼の保護観察を担当していた槇に惚れ込んでのことである。

「定義? ……お前そんな難しい言葉知ってたのか」

「待ってそんなマジレスいらんし、知ってるし!」

「いやぁ、俺としてはお前から『定義』なんて言葉が飛び出すことに感動しかない。偉いぞ〜明崎〜」

「あー超馬鹿にされとるぅー、全然嬉しないわー」

 俺これでも学力テストは平均十〜二十位やで……

「でもまぁ……『定義』ねぇ」

 伊里塚はカバンから煙草とライターを取り出して、火を点けた。

 それと同時に明崎は窓を開けた。タバコ臭いの嫌いや。

 伊里塚は咥えタバコで車のエンジンを掛け、発進させた。

「セカンド・チャイルドとは言いつつ、実際は大人子ども関係なく、通常の人間では持ち得ない特殊な能力を持った人間について指す総称だからな」

「うん」


「そんだけ。以上」


「……え? …………えっ?」

 まさかの、説明終了。一分も経ってない。

「……それだけ?」

「大まかに言ったらな」

「……あ、そんなもん?」

 伊里塚は運転席の窓からフーッと煙を吐き出す。

 ……そうなんや。知らんかった。もっと難しい話が待ってると思っててんけど。

 確かにそのぐらいしか無いわな、条件なんて。

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