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「え、明崎の名前?」

 霧ヶ原はやはり驚いた顔を見せた。

「ははぁ……なるほど」

 霧ヶ原は納得した様子で頷いた。笠原はホッと胸を撫で下ろす。良かった。誤解は免れたようだ。

「おろ。キリオ君何してんのー?」

 そこで明崎が教室に帰ってきた。

 すると振り返った霧ヶ原はにこやかに大声で返した。

「あ、ちょうどよかった。あのね! 笠原君が明崎の下の名前教えて欲しいってー!」

「あっ……霧ヶ原!?」

 それを言うか!? 本人に向かってそれを……!

「……はい?」

 明崎は――とにかく、びっくりした顔をしている。

「俺の……名前?」

「あ……あ、」

 酷すぎる……どうしたらいいのだ……。

 笠原は居た堪れなくなって、顔を俯けてしまった。顔が火照っていくのが自分でも分かる。

 恥ずかしい。穴があったら入りたい。

「す、すまん……明崎。その、」

「記録更新や……」

「え……?」

 今、何……何て? と、思ったら。

「ヤバい感動の瞬間やねんけど! 一ヶ月で! 一ヶ月で気づいてくれた! まぁ俺も忘れててんけどさぁ」

「ああそうね。はいはい」

「あーめっちゃ嬉しいわー。……でも……こんなことで喜ぶ俺…………あ、悲しくなってきた……」

 目をキラキラさせたと思ったらしょんぼりした笑みに変わった明崎と、にこやかに且つどうでもよさそうにあしらう霧ヶ原。

 状況を飲み込めない笠原はただただ突っ立つのみである。

「笠原くん置いてきぼり食らってるけど」

「あ、ホンマや。ごめん」

 霧ヶ原が声を掛けると、明崎は思い出したように笠原へ向き直った。

「よいですか笠原くん。一回だけやで。一ッッッ回しか言わへんで」

 もう、何が何だか……

 そして明崎は酷くもったいぶって、笠原に告げた。



「団之介言うねん、俺」



 ……ダンノスケ?



「……ほら見てみぃもうっ! 『つまらんし似合わん』って顔してるわ! もう絶対スベるって分かってたもん俺!」

 その通りなのだ。もったいぶっていた割りには「つまらない」し……「似合わない」。

 それに尽きた。

 横で霧ヶ原が、ぷはっと笑った。

「このキャラでさー、団之介とか似合わなくない? 似合わないよねー、どこぞの歌舞伎役者だっての! 僕最初冗談かと思って何回も聞き直したもん」

「ホンマ失礼やでもう。生徒手帳出してやっと信用したからな」

「笠原君も全然気にしなくていいよ。僕だって明崎の下の名前知ったのつい最近なんだ」

「え?」

 つい最近って……

「明崎が下の名前言わないから、つい〈明崎〉で連絡先の登録とか済ませちゃってさ。後からそういや下の名前何だっけ? みたいな」

「キリオ君とは入学してすぐ仲良うなったもんな〜。それでコレやもんなぁ〜。須藤かて一緒に住んでて「お前……下の名前団之介って言うのか」とか言ってきよったんが半年後やし? 笠原の爪の垢煎じて飲めホンマに」

 あぁ……それで一ヶ月。そこで納得した笠原。

「ってか明崎って下の名前持ち物に書いてる?」

「書いてへん。めんどいねん」

「言うほど画数無くない?」

「めんどいもんはめんどいの」

「まぁ、そういうことだよ笠原君。全てはこの人が下の名前を言わなかったせいだから。良かったね、するっとまるっと解決!」

「いや、それ俺のせいとか言う問題じゃなくない?」

「今日のお弁当何ー?」

「もしもしーっ!」

 霧ヶ原はさっさと話を終わらせると、明崎の前の席に座った。

「ねーお腹すいたー。ご飯まだー? まだまだまだー?」

「キリオ君そのキャラうざいわー……笠原?」

「明崎……団之介」

 声をかけてきた明崎に、笠原は確かめるように名前を呟く。

 あ……言ってみると、案外しっくりくるかもしれない。

 明崎 団之介。

「うん、そうそう。団之介。……覚えた?」

「うむ」

「忘れやんといてやーホンマに! ってかさぁ、」

 喋りながら二人連れ立って笠原のバッグを取りに行くのを見送りながら、霧ヶ原はにやけそうになるのを我慢する。

 面白そうなウォッチング物件が出てきたなぁ……なんて。


 明崎 団之介――


 笠原の中で、明崎が確かな輪郭を持った瞬間だった。



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