後日談:明崎の名前
そういえば……
笠原は気づいた。
気づいて愕然とする。転校してからもう一ヶ月経った。
それなのに、俺はまだ、
明崎の下の名前を知らない――
◎後日談 明崎の名前
霧ヶ原 楠臣、須藤 和成、柳田 圭太……。
他の人たちの名前はちゃんとフルネームを言える。スマホにだってフルネームで入れてある。
それなのに、寄りにもよって隣人で――しかも俺を一番気にかけてくれる人の名前を知らないなんて、失礼にもほどがある。
切腹ものだ……いや、そんな名誉な死に方で済まされまい、打ち首ものだ!
そんな訳で、笠原の明崎の下の名前調査がひっそり始まった。
きっと霧ヶ原や須藤に聞いたら早いのだろうが、「え、今さら」となるには違いなくて。そこで、朝にまず学校の昇降口で明崎の内履きの名前を盗み見る。
「A・D」とあった。
D……ダイスケとかダイキとか?
午前中はそれしか収穫が無かった。
明崎は自分の持ち物にも「2‐A 明崎」としか書いていなかったのだ。調べられる物がもう他には見当たらない。
やっぱりここは須藤に聞くべきなのか。いや、それは最後の最後にしておきたい。
でも、他に方法なんて……
「笠原くーん。お腹空いたー」
「!」
とか悶々と考えていた昼休み。霧ヶ原が不意打ちで後ろから肩を組んできた。驚いて肩を飛び上がらせた。
そして、あ! と固まる。何故なら笠原の手には、明崎の筆箱が――
霧ヶ原は目敏く気づいた。
「あれ? 明崎の筆箱……どしたの?」
「いや……俺が筆箱を忘れてしまって」
まさか明崎の下の名前を探していて、と言えるはずもなく。しかし霧ヶ原はちらっと後ろを振り返って「笠原君の机の筆箱は誰の?」と聞いてきた。
……忘れていた。自分の筆箱を置きっ放しだった。
「ええと、その……」
「………」
「………」
「………………」
霧ヶ原が無言で続きを待っている。纏っている空気も心なしか硬くなったような。
……ちょっと怖い、怖い。
「筆箱がどうしたのかな? 笠原君」
完全に疑われている。
「……すまん。実は、」
笠原は早々に降参した。泥棒の濡れ衣なんかごめんだ。




