エピローグ:伊里塚の予感
「ねーもうホンットムカつくんだけどー」
『ははは、ゴシューショーサマ』
「心籠ってねぇよー。冗談じゃねぇっつーの」
伊里塚は電話先の相手に唇を尖らせた。
笠原が病院に収容されるのを見送った帰りのことである。
眠る須藤と、何か考え込んでいる明崎を乗せて車を走らせていると、電話がかかってきたのだ。
「……ちょっと止めるぞー」
車を車道の脇に停める。今は真夜中だ。車通りは少ないし、大丈夫だろう。
「誰から?」と明崎が聞いてきた。
槇からである。
この槇というのは、同じ研究所所属で現在関西に赴任している伊里塚の親友であり、明崎の「保護者」である。槇絡みになると明崎が、とにかく槇さん槇さんうるさいので、無視してそのまま車を出た。
案の定、向こうは知らせを受けたらしく、明崎や笠原の身を案じての電話だった。伊里塚は状況を軽く説明して、ついでに愚痴った。
『まぁ、それは本当に気の毒に思うよ。……それより』
「きな臭ぇよな……」
伊里塚は忌々しさにギリ、と奥歯を噛み締めた。
チンピラたちの証言の中で、セカンド・チャイルドの研究所を名乗る団体が出てきたと聞いた。電話番号も吐いたが、その団体は既に連絡先を変えていた。
確かに、セカンド・チャイルドを研究する団体は伊里塚の所属する所を含めて、幾つか存在している。国認定の所から、非公認の所まで。
伊里塚が所属するのは国認定の研究所だが、国認定の研究所は二ヵ所のみ。今回の事件に関わったのは間違いなく非公式の研究所だ。
どこの馬の骨ともしれないチンピラを使ってきて、しかも暴行を加えた後の能力の発現をデータに取ろうとしていたと聞く。
虫唾が走る。
セカンド・チャイルド自体は認知度が極めて低い。一般世間でも超能力は未だに半信半疑のレベルだ。
それに能力が恐怖心や痛みで発現しにくくなると知っているということは――設立してある程度経っているには違いないのだ。まだどこかで、セカンド・チャイルドの子供が犠牲になっている。
苦しんでいる。
――ふざけるな。
俺の時のような思いは、これ以上誰にもさせたくはない。
『……伊里塚君。今はあの子たちを守ることが先だよ』
「分かってるっつの」
槇はちゃんと分かっている。伊里塚が何を考えているかも知っているし、何を志してこの仕事に就いたのかも知っている。
さらに言えば伊里塚の扱いをよく知っている……ちょっとムカつくが。
しかしさすが親友だ。伊里塚が今すぐにでもその研究所を突き止めて、何もかもぶっ壊して回りたいというこの衝動にも、当然のように気づいている。
『まぁ何はともあれ、その子無事で良かったよ。笠原君だっけ? 一安心一安心。じゃあ、僕はこれで』
「まだ起きんの?」
『うん。仕事残ってるから』
「あっそ。じゃあ」
それを最後に二秒後、通話が切れた。
「伊里塚君ホンマに怒られとったん?」
車に戻ると、明崎がいきなり聞いてきた。
「は?」
「厳重注意」
聞こえていたのか。
「だからホントに決まってんだろうが」
「……何か、ごめん」
少し顔を曇らせて謝る明崎。
言い方まで槇に似てやがんな、ホント。
明崎は何というか、所々で槇の影響を受けているのだ。もちろん、あのやかましい性格は明崎本来の素質に違いないが。
ちなみに「伊里塚君」と呼ぶのも、槇の真似である。
「んな顔すんな」
ガキに心配されて堪るか。腕を伸ばしてデコピンしてやると「イッタ!」と明崎は飛び上がった。
伊里塚はちょっと笑って発車させたのだった。




