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「あっぶな!」
済んでの所で屈んで躱したが、ただで避けてはやらない。ナイフ男に足払いを掛けてやった。
「うおっ」
バランスを崩してすっ転ぶ。もう一人の男には手首と襟首を掴んで、股間を力一杯蹴った。
「おぁっ……あああ……!」
強烈な衝撃に男の身体が浮いて、次いで内股になった。
自業自得だ。加えて容赦無く頭を一発殴り、復活しかかっているバット男へ向かう。バット男は慌てて体勢を立て直そうとしていたが、その前に走った勢いで思い切り蹴飛ばした。
肩でゼーゼー息を吐きながら、明崎は後ろを振り返る。
ナイフ男以下三人が、呻きながらも立ち上がって復活していた。
「キリねーわっ……」
とにかく笠原から遠ざけないと。明崎は男たちに突進した。
――その時だった。車の走ってくる音が聞こえてきた。と、気づいた時には突然白い電気自動車が猛スピードで倉庫に乱入してきていた。
て、あれ伊里塚君の車なんちゃうんっ!?
キィーキキキキキィッ!
無理矢理ブレーキをかけて、地面とタイヤが擦れる耳障りな音。車は鋭くターンを切りながら、轢き殺す勢いで明崎の元に突っ込んでくる。
「わぁあああああっ」
本日何度目かの悲鳴を上げて飛びすさると、ちょうど居たその場所で車はようやく停まった。肝を潰して尻餅を着いた明崎は、心臓をバクバク言わせながら呆然と車を見上げる。
まず後部座席のドアが開いて、転げるように須藤が出てきた。
「あっっぶねーよバカ! アンタ明崎殺す気か!」
まだ開いてもいない運転席に向かって喚く須藤を、チンピラたちも唖然と凝視している。一拍遅れて運転席のドアが開き、ゆらっ……と伊里塚が降りてきた。
「大丈夫かよ、明崎」
須藤が明崎の元へ駆け寄ってくる。
「いや、俺大丈夫やけど……伊里塚、君?」
伊里塚の様子がおかしい。何というか……とにかく近寄りがたいオーラを放っている。
「……おい明崎。怪我ねぇか?」
「え……や、無いけど」
「車入っとけ」
そんな伊里塚に声をかけられ戸惑っていると、伊里塚は親指で背後の車を指した。
「いや、でも! 一人はアカンて! 俺も一緒に――」
「二度は言わねぇぞ。とっとと入れ。課題増やすぞコラ」
何を言っても聞かない状態だ。
あー……これは、俺も止められへん。
須藤の促しもあって、明崎は大人しく言うことを聞くことにする。
「……さて、」
伊里塚は車のドアが閉まる音を聞いてから歩き出した。
チンピラたちが身構える。
……その途中、伊里塚は足元に転がるコンクリートの塊を拾い上げた。リンゴ大の大きさである。それをお手玉でも扱うように、手の上でぽーん、ぽーんと飛ばした。
「お前らやってくれたなぁ」
伊里塚は白けた笑みを浮かべて近づいていく。
「寄りによって侍君攫ってくれるわ、明崎には遠慮なく襲ってくれるわ。……まぁいつもならこんな怒ったりしねぇんだけどさー、ついさっきまで俺が胸糞悪い目に遭ってた訳。分かる?」
伊里塚の足が止まる。
「要は今俺がもう激烈にムカついてて、とにかく誰かに当たりたいのよ。……ねぇ?」
つ、と小首を傾げた――瞬間。
ガキィッ!
掌のコンクリートが握り潰されていた。紛れもなく伊里塚の握力だけで粉砕されたのである。嘘のような光景にチンピラたちは、あんぐりと口を開けた。
明崎と須藤も、うわぁー……と慄きながら車から眺めている。
普段あまり表情の動かない伊里塚が、まさかこんな迫力満点のブチ切れ方をするとは思いもしなかったのだ。口元に形ばかりの笑みは浮かんでいるものの、目は異様にぎらついていて怖い。
本当に怖い。
伊里塚はさらに一歩、二歩と距離を詰める。そこでチンピラたちは我に返り、自分たちの置かれた状況に気づいた。誰もが恐れをなした様子で慌てて後ずさった。
伊里塚はセカンド・チャイルドであり観察員である。普段面倒臭そうにしていても、明崎たちのことを誰よりも気にかけていることは、研究所でも明崎たちの中でも周知されている。
だから明崎たちの身に何かあろうものなら、真っ先に駆けつけるし――後はご覧の通り。つまり、これだけ怒らせた伊里塚を最早チンピラ共如きでは止められないのである。
明崎はそっと両手を合わせた。
……チンピラ共に、合掌。(チーン)
「さて。俺は優しいからな。お前らに二択の選択肢を与えてやろう」
じりじりと迫り、ついにチンピラたちを壁際まで追い詰めた伊里塚。チンピラたちは「ひぃいいい」と成す術もなく悲鳴を上げながら、お互いに身を寄せた。
「今すぐ俺にひれ伏すか……それとも、」
頭を潰されるか。
……冗談を言っている雰囲気ではなかった。
手の中の破片をにぎにぎして、砂にしながら伊里塚は微笑んだ。
「どっち?」
――チンピラたちは、すぐさまひれ伏したのだった。




