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「そんなことない」
急に抱き締められ目を大きく見開いた笠原は、肩越しに明崎のはっきりした声を聞いた。
「君は死なんでええし、化けモンちゃう」
笠原の後頭部を包む掌と肩に回った腕に、ほんの一瞬強く力が籠った。そうしてこぼれそうになった怒りを飲み込むように、手の力は引き、明崎は身体を離した。
明崎は真剣な眼差しで笠原の瞳を覗いていたが、やがて小さく溜め息を吐いた。
「……君が自分のこと化けモンや思うなら、俺も化けモンになってまうよ?」
俺も化けモンに。その言葉に笠原は過敏に反応した。
「ち、ちが……アンタ、は」
そんなの屁理屈だ。明崎の切り返しに、笠原は彼が何を言おうとしているのか分からない。困惑したままでいると、明崎は言った。
「俺は、君のこと化けモンやなんて思ったことないよ」
「………なぜ」
誤魔化すように笑うことも無かった。
ただ平静な口調できっぱりと言われ、困惑はいよいよ深まる。
笠原は、明崎に対しても水を暴発させて襲った。それどころか暴発を利用して、彼を脅したのである。最低な行為をした自覚は充分にあったし、結局許してくれたが、もう普通の人間としては見てくれない。
表面では笑ってくれていても、きっと自分は怖がられている。
ずっと……そんな思いを抱えていたのだ。
そんな笠原の問いに、明崎はこう答えた。
「考えてることは普通の高校生と一緒やん。水を動かせて鱗がある以外は、よく分からん力持って戸惑ってるただの高校生」
そんな風に言われたことは無かった。思わず面食らって明崎を凝視する。最初は真面目な顔で見返していた明崎だったが、やがて困ったように笑った。
「……もう、我慢しやんでええよ。それじゃ君の心が可哀想や」
「………」
「知ってる? 自分がちょっと楽になる方法」
小さな子供が内緒話をするみたいに、明崎は声の音量を少し落とした。
「自分に向かって言うねん。今までよく頑張りました、辛い思いさせてごめんなって」
自分に向かって……? 考えてみたことも無かった。
「ちゃんと言ってみて。口に出して」
優しい口調で促され、笠原は言われるままに言おうとした。
「――ほら。そんだけ泣くんやから、君めっちゃ頑張ったんや」
言葉は声になる前に、喉の奥で引き攣れてしまった。
堰を切ったように、熱くて哀しいものが一気に押し寄せてきた。どうすることもできなかった。
自制が働く前に、灼けつくような熱い涙が頬を伝った。
「……ぅ、ぁ……あ、」
それは幾筋にもなって、冷たいコンクリートへ黒い染みを作って吸い込まれていく。
怖かった。
痛かった。
辛かった。
苦しかった。
笠原の中で今まで抑え込んでいたものが、一気に溢れ出した。




