霧ヶ原の追体験
――その人物は街の中を歩いていた。時間は……ちょうど今ぐらいの夕方。
よく知っている風景が広がっていた。
駅前近くにあるデパートが右手にあって、左手には繁華街に続く大通りがある。正面を進んで行ったら駅だ。
この人物は雑踏の中、真っ直ぐ駅に向かっているようだった。
笠原を連れ去った奴?
いや、違う。この人物からは、笠原に関する記憶が一切感じられない。それに、誰か分からない。
全く接点も無く、存在すら知らなかった人の記憶が流れ込んでくるなんて……こんなの初めてだ。
どうして今、このタイミングで。
霧ヶ原はじっとその人物の動向を注視する。
ちょっと覚束無い足取りだ。何度も人にぶつかりかけたり、足の運びが躊躇いがちになったり。実際、この人物からは戸惑いの感情が流れてくる。
霧ヶ原は見える範囲でこの人物の特徴を捉えようと試みた。
あくまで記憶を遅れて体験しているので、視界などを霧ヶ原が動かすことはできない。視界の高さから見て、背はそんなに無いらしかった。それにフードを被っている。
………バンダナも被っている? 何でだろう。
まぁ、いいか。
それ以外に特別変わった点は見られず、服装は薄い水色のパーカーにきなり色の膝丈の短パン、それにスニーカーと少年っぽい格好だ。
パーカーは、この人物には少し大きいらしい。それに垣間見えた腕や脚は細かった。加えて白い。
男なのか、ボーイッシュな女の子なのか。ぱっと見で決めるには難しいラインだった。
ふと、その人物の視界が動いた。左手に視線をやったのだが、そこで霧ヶ原はやっと気づいた。この人物は隣を歩く人の服の裾をずっと握っていたのだ。
そして隣を歩く人が視界に映った途端、霧ヶ原の思考は石化した。
「どうしたの?」
そこには柔らかく微笑む……「イケメン王子」がいた。
知ってる。
知ってる以前に、同じ学校だし。
クラスメイトだし。
生徒会のメンバーだし。
明るい色で癖の無い髪をミディアムショートにカットして、どこぞのアイドルのように爽やかな笑顔をいつも生徒会でもどこでも振りまいているイケメン。
爽やかながら甘いマスクをしたイケメン。
霧ヶ原が月ならこいつは太陽、でも腹黒さも同レベルで張り合える王子キャラなイケメン。
益田敬介――だ。




