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「離せっ……!」

 そうしている間にドアが閉められ、車は発進した。

 尚も暴れようとすれば、のしかかっている男が「うるせぇな」と目の前にナイフをちらつかせた。

「口ん中突っ込むぞ? ん? ほらよ」

 にたりと笑ってナイフの切っ先を口元まで近づけてくる。ぞっとして抵抗をやめると、男たちは可笑しそうに笑い出した。

「やめてやれよ。俺のムスコ血まみれにしたくねぇし」

「ったくよー。お前がこいつ連れてくとか言い出したんだろーが。お前押さえろよ」

「本番で一番暴れるだろーから体力温存」

「……お前ホントに男とヤんの?」

「女と間違えた。でもキレーな顔してっし、いいや」

「おいおいホントにヤんのかよ。マジウケんだけど!」

「お前ら車ン中で盛んなよ」

 呆然として呼吸が止まる。そんな、有り得ない。

 どうして男のこいつらが、男の俺を犯すような発言をしている。ただ暴行に走るとか、身代金要求するとか、そういうことではないのか。

「ホントに男かよ? モノ付いてるようには見えねーわ」

 車がスピードを上げるのを、モーター音が大きくなったことで知る。

 口の中が血なまぐさい。殴られた拍子に舌を噛んだのだ。

 ――そうだ、水。

 何故思いつかなかったのだろう。海水を思い切りぶつければ、車を止めて逃げられる。まだ海は近いはず。

 笠原はゆっくり息を吐いて、海に意識を飛ばした。場所は大方見当がついているし、笠原の気配を恐らく追って来られるはず。

 落ち着いて、思い浮かべて――


 コォオオオ……


 水の中の音。頭の中で響く音。

 ……見えてきた。海の中だ。

 水が強烈な引力に引かれて動く。海中から大きな水玉が飛び出した。

 大砲のように放たれたそれは、まっすぐに、真っ黒い車へ向かってきた――

 ドオン!!

「うわっ!」

「何だ! 水がっ……!」

 海水の大玉は車に激しい音を立ててぶつかった。車内が大きく揺れた。

 男たちが一斉に喚き出した。それで聞こえたが、車の側面が浅くヘコんだらしい。何度かぶつければ、確実に逃げられる。

 二度目をぶつけたところで、運転していた男が叫んだ。

「おい! そいつセカンド・チャイルドじゃねぇのか!?」

 氷水を浴びせられたように、心臓がぎゅっと縮む。セカンド・チャイルドを知っているのか。

 殺されるかもしれない、早く逃げなければ。急いで三度目をぶつけようとしたところで、布で鼻と口を押さえられた。ツンと鼻を突く薬品の匂い。

 冗談じゃない――!

 得体の知れないものを嗅がされ藻掻こうとしたが、

 ふっと意識が遠ざかった。


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