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「ってかさぁ、こいつ会長様に生意気な口聞いてくれるじゃん」
「余所者の分際でさ、ちょっとは礼儀をわきまえろっつの」
「そもそも挨拶すらできてないじゃん。親から何教わった訳?」
「………」
「ふはっ、なーんも教わってないんだって〜」
ふつふつと湧き出ようとする怒り。そもそも自分への罵倒を聞いていながら、黙りこくっているしかないのだ。堪ったものではない。
「なんで会長様もこんな奴に声かけたんだか……」
「顔はやたら綺麗だしな。色目でも使ったんじゃねぇの」
聞くな。こんな奴ら、やり合っても無駄だ。
所詮、俺をやり込めたいだけなのだから。今の自分を抑える言葉を思いつく限り浮かべる。
「ね、どこでだったらヤらせてくれんの」
取り巻きたちが迫ってくる。
その時、笠原の頭の中がざわりと不穏にさざめいた。
――まずい。
笠原の心臓の中でドクン、と恐怖が弾けた。みるみるうちに青ざめていく笠原の顔を見て、五人は互いに顔を見合わせ、ほくそ笑んだ。
何か勘違いをされたようだが、笠原は決して彼らが怖い訳ではない。それよりもここから離れなければ、という思いで頭は一杯になる。
でなければ、水が――
足を一歩引く。すると、逃がさないように取り巻きたちがドドッと距離を詰めた。
「ちょっと。まだ話終わってないけど」
「そーゆーのも頭に入れた上で近づいたんだろ。逃げんじゃねぇよ!」
「……っ」
ずっと握り締めていた手が、汗ばんできた。
やっと、やっと居場所を見つけられそうだったというのに。
「なにかなぁ。さっきからだんまり決め込んじゃって」
「イエスってことでいいのかよ」
「―――」
怒り自体はまだ抑えられる。
けれど水は、怒りよりも低い沸点で暴発しようとするのだ。明崎の時も、そうだった。
決壊まで秒読み。押し寄せる。
もうすぐそこで、頭の中で「水」が蠢いている。
いつでも飛び出せるように。
水道の蛇口から、貯水タンクから、裏庭の溜池から――
浅くなる呼吸。
嫌だ。ここで壊したくない。
傷つけたくない――
笠原の思考がついに真っ白になりかかった――その時。
………?
……何か、見える。
ドドドドドッ……!
何か、来る。
こちらへ爆走している。まっしぐらに。
明 崎 が。




