という訳で。
「……今にも転学届け貰いに行きそう。やめてや?」
「何故」
「転校断固反対」
「答えになっていない。それに、アンタには関係ないことのはずだ」
「だから関係あんねんて」
お風呂事件から数分。幾らか落ち着いた様子で風呂場から出てきた笠原をソファーに座らせ、明崎は後ろのキッチンで冷蔵庫の前にしゃがんでいる。
ウーロンしかないねんな〜。酒なら須藤の部屋にごろごろ転がってんねんけど。
「たった三週間かそこらだろう、ここにいたのは。俺が出て行くことがさして重要とは思えない。……頼むから放っといてくれ」
「俺だってな、こんだけ拒否られてたら、よう関わらんで」
特に君みたいなやつ、と明崎が言った途端、笠原の顔が険しくなる。
「他人に知られたくないだけだ。知らなければそれで終わる。……だから、」
「他人と極力関わらんってか。それ一生する気なん? ただのアホやで」
「……簡単に言ってくれるな」
「だってそんなん、全然楽しくないやんか。逆に何が楽しくて生きてるんか聞きたいぐらいやねんけど」
グラスを二つ取り出して、ウーロン茶を注ぎながら明崎が聞くと、笠原は黙り込んでしまった。案の定の反応に、やんな~……と明崎は何とも言えない表情を浮かべた。
そりゃあぼっちで楽しい訳がない。病気になる。
「無理してるやん」
「……別に、無理をしている訳では」
「でもホンマは嫌やねんやろ? それでなんで、そんな他人のこと遠ざけてるん?」
「それは……」
笠原の手がどこか心許なさげな仕草で、自分を抱いた。
「背中、見られたくないから」
「それだけとちゃうやろ?」
明崎はさらに畳みかける。
「笠原さん、体育の時は普通に着替えてなかった? ちゃんと見えへんようにしてたやん。それなら普通に人と関われる。……さっきの水は? あれはどうなん?」
「―――」
そこから笠原は黙りこくってしまった。しばらく間が空いて、明崎が黙って待っていると、笠原は小さな声でようやく言った。
「……暴発、するのだ」
まるで自分の罪を告白するような、か細い声。……いや、笠原にとってこれは生まれながらに背負ってきた罪そのものだった。
「暴発? ……どゆこと」
「一瞬コントロールが効かなくなって、水が……他人を襲ってしまうのだ。さっきの、あれだって」
「え。……あれ暴発やったん?」
笠原はそっと頷いた。
「最初は、な」
「そらぁ……危ないな」
明崎の感想はもっともである。今まで殺人事件にまでは幸い発展したことはないが――水の暴走が止まらず人を怪我させたことが何度もあった。
きっかけは感情の昂ぶり。とても簡単なスイッチだ。いつ暴発してしまうか分からない。
先ほど明崎の命を奪えると脅したのだって、決して嘘ではなかった。自分の感情の動き一つで人を殺してしまうかもしれない。
……考えるだけで恐ろしい。
俺は、恐ろしくて醜い化け物なのだ。
「暴発ねぇ……」
明崎は顎を撫でて考え込む。
だから他人を遠ざけていたのか。間違っても傷つけないように。……その為に、ずっと孤独を貫いてきたというのだろうか。
あんな風に、無理やり他人の干渉を拒んできたのか。自分の気持ちを差し置いて。
……なんて可哀想な人だろう。
「けど今んトコは落ち着いてるやろ?」
「まぁ……な」
「ほんじゃあええやん。ところで笠原さん、君何で俺んトコ来たと思う?」
「まさか……理由があるのか?」
「ほい。取ってや」
「あ……どうも」
キッチンから戻った明崎に背後から冷えたグラスを差し出され、笠原はおずおずと受け取った。明崎は隣に腰を下ろす。
「ちゃんと理由はあんねんで。俺らんトコに普通の生徒は来うへんし、普通の寮に行ってたはずやで。そーゆー決まりやもん」
「ならアンタは……一体何だというのだ」
「それも今から説明するわな」
明崎はウーロン茶を一口飲んだ。




