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「うぁっ――」
湯の大玉が跳ね返り、なんと笠原を呑み込んだ。
「……っ…」
驚く間もなく顔が水面に上がる。笠原は顔の水を振り払って目を開けた。――愕然とした。
自分が、水に捕らえられている。
何故――
「もぉー……ホ〜ンマびっくりした。めっちゃビビったって……」
そこへ半ば脱力した関西弁の独り言。はっとして正面を見ると、明崎はもう水に取り込まれておらず、床にへたぁ……っと座り込んでいた。ただし別に身体がどうという訳でもないようで、すぐにけろっとした様子で立ち上がった。
「アンタッ……一体」
「笠原さん全然話聞いてくれへんからさぁ。そんな攻撃してくることないやんか」
「だからアンタ、一体なんなのだ!」
くそっ……と毒づきながら、水の拘束から逃れようとする笠原だが、全く思うようにいかない。
しかし次の言葉を聞いて、笠原はピタリと抵抗をやめることになった。
「そもそも君だけちゃうねんで、そーゆー体質」
「……え」
「見せたろか」
と言って、明崎は突然Tシャツを肩まで大きく捲り、こちらに背中を向けた。
笠原の表情が凍りつく。
なんと明崎の背中にも全く同じ鱗が、肩から肩甲骨にかけて広がっていたのだ――
「……や、そんな深刻なモンちゃうで。離れたら消えるし」
向き直った明崎は、笠原の表情を見て苦笑した。
「笠原さんと俺は同類っちゅーこと。ただ形が違うだけ」
言いながら水の大玉から笠原を解放してやる。するりと床に降ろされた笠原は膝を着き、呆然として明崎を見ている。
水は従順な飼い犬のように大人しく浴室へ帰って行った。
「……ひとまず向こうで話す? その方が落ち着いて聞けるやろ」
Tシャツを着直しながら明崎は「服着ぃや」と笠原を促す。
「風邪引くで。パンツ一丁とか」
言われて笠原は自分の格好を思い出した。だが……どうでもよくなってきている。一体何なのだ、これは。言葉が浮かばない。
しかし服を着なければ何も始まらないので、のろのろと床に落ちた服を拾い上げた。
「笠原さん」
顔を上げると、明崎はまたTシャツを捲り上げて、鏡に写った背中を見ていた。彼の動きに合わせて、銀翠色の鱗がチラチラとさざ波の如く輝いた。
「これ、綺麗やと思うで」
思いがけない言葉に面食らった笠原は、すぐに返事ができなかった。
明崎は軽快な足取りでリビングへ行ってしまう。残された笠原も今度は慌てて服を着て、後を追った。




