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「ぐぁっ……あ、」
ひゅっ、と息が詰まる。呼吸ができない。
「本当に迷惑なヤツだな、アンタ」
笠原はせせら笑った。
「好きでこんな身体をしているのではない。……俺を辱めたいのか? だろうな。珍しいし醜い。見世物で小遣い稼ぎができるかもしれないな」
辛辣な言葉が吐き捨てられる。
「だが俺は、こうして水を操れる。いくらでもアンタらなど黙らせてやる。……ああ、今ここで一人殺すぐらいなら造作も無いだろうな」
「ぅ……」
圧迫される苦しみで明崎からは呻き声しか返って来ない。
「難しいことは何も要求していないはずだ」
「………」
「答えろ。これ以上俺の手を煩わせる気なら、もう容赦はしない」
どこまでも平淡な口調。全くもって感情のかけらも浮かばない顔。
慣れている、と明崎は真っ先に思った。
どう攻撃して、どう威圧したら相手が怯えて屈するかをこいつは知っている。
必死で打開策を探る明崎は、自身を捕らえる水に注意を向けた。水はまるで笠原の意思が乗り移ったかのように動く。彼が操る仕組みはなんとなく分かったが、少しでも抵抗しようものなら、この身体など笠原の言う通り簡単に握り潰されてしまうだろう。
隙が見えない……いや、見つけなければ。
明崎はさらに水に対して意識を潜り込ませて、なんとか逃げ出すタイミングを図ろうとした――
「………?」
その時、声が聞こえた。それは今にも周りの雑音にかき消されてしまいそうなほど、小さく掠れた声だったが、不思議と明崎は聞き取っていた。
――やめてくれ
悲痛さを滲ませた訴えだった。驚いたことにそれは笠原本人の声で、明崎は圧迫される苦しさも忘れて思わず目を見開いた。
けれど目の前にいる笠原がそんなことを言い出した気配は全くない。聞き間違いかと思ったが、やはり声は聞こえてきて、再び明崎の元に届く。
こんなこと、誰も……
違う、と明崎は気づく。声は笠原自身から発せられたものではなかった。
……水から聞こえてきている?
明崎はそんな奇妙な感覚に捉われた。それも直接音として聞こえてくる訳ではなく、心の声を聞いているかのようで。
まさか本当に笠原の心の声が聞こえてきているのだろうか。
確かに思えば、笠原がこれまで口にしていた言葉は明崎だけでなく自身をも刺すように蔑む発言ばかりだった。
本当はこんなことをしたくない――だとすれば。
そこで不意に「牽制」という言葉が思い浮かんだ。
明崎が近づこうとすればするほど、犬が唸るように笠原も威嚇する。相手を近寄らせないように、少し痛みを与えて怖がらせて、嫌わせる。今の状況はまさにそういうことなのではないだろうか。
でも……何故。そう言われると分からない。ここまでして他人を遠ざける理由は――
「分、からへんなぁ……!」
とにもかくにも、この理不尽な扱いに明崎は腹が立ってきていた。明崎の唇が片方だけ吊り上がる。苦痛と闘いながら浮かんだものだから、歪な笑みになった。
笠原は訝しげに眉をひそめた。
「何……?」
「何で、君……そんな攻撃的なんや……?」
「……攻撃的?」
笠原の声が、一段と低くなる。
「分からないか? ……この身体で、こんな力を持って。どれだけの人に忌み嫌われると思う? どれだけ敵意に晒されてきたと思う? 俺が身を守るにはこうするしか……」
矢継ぎ早に言葉を発して口調が激しくなりかけた笠原だったが、途中で諦めたように言葉を飲み込んでしまった。
「……アンタには分からんだろうな。どの人間も、俺にとっては皆敵だ」
「ほんで? 君は……前の学校でも、こんなことしたんか?」
明崎が聞いた瞬間、笠原の顔にほんの一瞬、怒気が走り抜けた。
「皆嫌い、やねんやろ? そらぁ君、嫌われるに決まってるわなぁ……!」
半ば吐き捨てるように言った明崎に、ついにカッとした表情を見せた笠原。黙らせようと、湯の圧力がさらに明崎を締めつける。
んにゃろ……、させるかっ!!
「お前ばっか……特別だとか、思いなや!」
明崎が叫んだ直後だった。
笠原は水が強い反発を受ける感触を捉えた。
何だ――!?
今まで有り得なかった事態に驚いて、一瞬呆然としてしまう。その僅かな間に二人の形勢が一気に逆転した。




