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ごぉおおおっ……
籠もった重い音が耳に雪崩れ込む。
身体に、何か纏わりついている。重い。それに、温い。目も、その何かが触れたら染みるように痛くて、思わずぎゅっと閉じていた。
遅れて声を出そうとしたら、ごぼり、という音が代わりに耳を打った。
それで分かった。
同時に、「殺す気か!」と怒りとも焦りともつかない激情が腹から込み上げる。
何かは風呂の湯だった。
声は大きな泡の塊になって出ていく。つまり助けも制止も叫べない訳で、そうなると明崎は死ぬ気で藻掻いて水面を目指すしかない。
――ところが、実際に行動しようとしたら、あっさりと顔が水面に出た。しかし息を吸おうと口を開いたら、また湯に沈んだ。
湯を喉に引っ掛けた。
「うぇっほ! げほっ、げほっ……」
慌てて浮上し噎せながら、明崎は一気に時間感覚を取り戻す。非常に長く感じていたが、風呂の湯に呑まれてから何秒も経っていなかった。
ってか人使った後の風呂の湯とか……ぅえ、飲んでもうた。
「……馬鹿だな。深入りしなければ、こんな目にも遭わずに済んだのに」
その時、すっかり忘れていた笠原の声がした。さっきより幾分かは落ち着いている。
瞼に貼り付く前髪を除けながら、辺りにざっと目を走らせる。
明崎はどうやら湯の大玉に拘束されているらしかった。足は地に着かない。もしかしたら、湯自体が宙に浮いているのかもしれない。
そして正面では、笠原が感情の欠片も見えない顔で明崎を見据えていた。
「これ以上、俺に関わらないというなら放してやってもいいが……誰かに話すつもりなら、指一本折るぐらいの覚悟はしてもらおう。もちろん一人につき、だ」
ざわっと戦慄が背中を走る。冗談を言っている雰囲気ではなかった。思わず標的であろう両手を強張らせた――
「……いぃいてててっ!」
その瞬間、物凄い力で握り込まれたような激痛が明崎を襲った。ミシミシと上がる嫌な軋み。しかし標的になったのは手ではなく、なんと足の親指だった。
「足の指は一本でも駄目にすると、まともに歩けなくなるらしいな」
「ちょ、お前っ……」
なにを平然と恐ろしいことを抜かしている。しかも話が違う。明崎はまだ誰にも言っていない。
「クソかふざけんなっ……」
明崎が痛みに歯を食いしばったまま悪態を吐くと、笠原はふっと微かに自嘲的な笑みを浮かべた。
「俺が転学すれば早い話だが、こんなことが起こる度にでは身体がいくらあっても足りない。……どうだ?」
問われると同時に痛みがスッと引く。明崎の親指が圧力から解放された。これだけで息も絶え絶えな状態である。
「約束してくれ。今後一切、俺と関わりを持たないと」
「だから、なんでそうなるんや」
「……これはアンタの為に言っているのだが」
「自分何様のつもりやねん! そして答えはノーや!」
叫んだ瞬間、全身に水圧が掛かった。




