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「転校生」
明崎が生徒会室を訪れた頃には、池上が既に笠原とコンタクトを取っていた。呼び止められた笠原は無言で池上を見上げる。
むぅ。……見れば見るほど綺麗な顔だ。
その綺麗な顔にちょっと驚いた色が広がる。
「……生徒会長?」
「ほぅ、俺の顔が分かるか」
ここは学校の南に位置する図書室。図書委員は現在留守にしており、いるのは笠原と池上だけだ。ちなみに笠原は本を見にきただけなのだが、池上はわざわざ教室から跡をつけて偶然を装った接触を図っている。
スリル満点の尾行であった(でも周りがガヤガヤ煩かった)。
「なら話が早い。お前、生徒会に入れ」
単刀直入な誘い。というか、命令。彼の辞書に「拒否」の言葉は存在しない。
池上は笠原を生徒会補佐に就けるつもりでいた。
そもそも生徒会補佐は会長の指名で決まる役職。生徒会のスケジュール管理から書類整理、お茶汲みまで実に細々とした仕事を任されるマネージャー的存在だ。親衛隊にしてみたら全校公認で会長のおそばにいられるポジションなので唾涎物である。
特に池上は某大手会社の御曹司で、恐らく補佐になった生徒が、そのまま池上の会社に引き抜かれるだろうという話が、専ら生徒たちの間で噂になっている。それは本当のことだ。高校にいるうちに、信用の置ける人材を確保したいのである。
池上家の企業や今後強くなるであろう池上自身の権力に取り入りたい者としても、喉から手が出るほど補佐は有利な立場のはずだ。それにこの学校にいる間、補佐もまた憧れの一人として羨望の眼差しを浴びることになる。
つまり、この学校の顔となり光となるのだ。これほどに素晴らしい地位、欲しくない訳がない。池上は確信していた。
――しかし、
「断る」
笠原は間髪を入れずバッサリと斬り捨てた。
「何……?」
池上も唖然とするほどの潔さである。
……いや待て、笠原が転校してきてまだ三週間しか経っていない。この学校のことはほとんど知らないはずなのだ。
生徒会のことも、親衛隊に取り巻かれるほどの俺の魅力というのも。ふっ、そうだ。そういうことだ。よくよく思えば、全く考えた素振りを見せなかった。
まずは、いかに惹きつけるかが肝心なのだ……
ここまで考えたら池上の立ち直りは早い。
「そう言うな。俺はお前を生徒会補佐として就けるつもりでいる。この学校の顔となり、模範となるんだ。聞く限りでは成績も優秀で顔もいい。メンバーとするには実に申し分ない器量だ。それにな――」
池上が大きく足を踏み出す。手を伸ばしたら触れる距離にまで近づいた。
「俺は、お前に興味がある」
また一歩、とうとうギリギリで触れ合えそうな距離になった。笠原は表情一つ変えず、池上を見つめている。
「補佐になればいい。お前の好きなように動ける。生徒たちの羨望の的にだって――」
「悪いが、」
と池上の言葉を遮って、ついに笠原は言った。
「人とは極力関わりたくない。他を当たってはもらえないか」
これ以上言いようがない「拒否」を突き立てた。
さらに、それ以上聞く気はないと言わんばかりに笠原はその場を去ろうとする。慌てて池上は呼びかけた。
「俺と組めば道なんか幾らでも開くぞ! 俺には遠からず力が備わる。お前、欲しくないか」
笠原は全く反応しない。
「その頭と顔なら生徒会に入るべきだ。転校生、俺は諦めんぞ」
尚も畳み掛けるが、やはり最後まで笠原が振り返ることはなかった。




