登校初日・明崎の昼休み
「――へぶしっ」
誰かが噂した。きっとそうだ。
「笠原さーん、どこ行ったー」
ここは学校の裏手にある園芸部のスペース。花壇はもちろん、温室やビニールハウスも備え付けられている。この時期になると虫が段々多くなってきて、昼休みをここで丸々過ごすような生徒は冬に比べて少なくなる。
明崎は笠原がここに歩いて行くのを見たので追ったのだが、角を曲がった瞬間見失った。たたらを踏んだ明崎は辺りをぐるりと見回した。その辺の木陰や花壇に隠れている様子はない。
温室やビニールハウスはカギがかけられているし、中は丸見えなのでいないことは確認できる。溜池もあるが……まぁ、そこにいるはずがない。
試しに足元の落ち葉を一枚裏返したが、そこに小さくなった笠原が引っ付いている訳もなく……
「……えー」
撒かれた。完全に撒かれた。
何あいつ木の葉隠れ的テクを用いて俺を撹乱するとか。
忍者か。武士じゃなくて忍者なんか。
「……やーめーた」
帰ろ。ええ加減飯食わんと。
花壇近くの溜池の水面が揺れる。明崎は捜索をあっさり打ち切って踵を返した。授業終わる頃には帰ってくるやろ。
「出た」
「出たな」
「出た出た」
「『出た』って何やねん。ゴキブリみたいやんやめてよ」
トレーを持った明崎が須藤たちのテーブルに合流して、丸テーブルの四人席がちょうど埋まった。
ちなみに明崎の昼食は焼き鯖定食である。
「ちょうど明崎の話してたんだよなぁ?」
柳田がケラケラと笑う。
「見つかった? 笠原君」
「撒かれた。角曲がられた瞬間消えた」
「逃げ足パネェな」
「いいなそのスキル。僕もあらゆることから逃げたい」
「キリオ君はあかんで。学校回らんくなるわ」
「だって傀儡政権まで道のり長いし、仕事ばっか来るし。好きにできなきゃ意味無いもん」
とんでもないことを言う霧ヶ原は、それでもにこにことスタンバイ・スマイルを崩さない。
「かいらい政権……?」
「お前は分からなくていいぞ柳田」
「あー……うん、ほんじゃあ逃げてもええんちゃうかな」
「明崎ってば……冗談だよ」
うん。決して冗談には聞こえんかった。よう隠してるわ皆に。
「そういえばさっき……」
ふっと真顔に戻った霧ヶ原が、こんなことを告げた。
「伊里塚先生が話してるのをチラッと聞いたんだけど、笠原君……前の学校じゃ相当評判が悪いみたいなんだ」
「マジでぇ?」
「えー嘘やーん……。絶対何かあるってー」
柳田と明崎が声を上げる。
「でもあんな真面目な性格してて、あの顔でって考えると……なかなか理由が浮かばないっていうか」
何にしても明崎にとっては嫌な予感しかしない。




